第4話 血となり肉となり生涯を添い遂げる

「日野のおかげで欲しいのがたくさん買えたよ」

「それはよかった」


 会計から戻ってきた夜鶴はほくほくと嬉しそうに報告してくる。一心にはよく分からないが夜鶴にとってはよっぽど嬉しいことなのだろう。


「公開初日だし、人気作品だから完売も覚悟してたけど残っててほんとよかった」

「待ち合わせを昼過ぎに設定しておいた旭の成果じゃないかな」

「ほんと、私は天才美人高校生」


 自画自賛して胸を張る夜鶴。高校生にしては発育のいい二つの膨らみが開放されているコートの奥で強調され一心は視線を注ぐ。

 一心は夜鶴の顔が大好きで告白したが夜鶴のスタイルも大好きである。手足は細くて長く、スラッとしていて身長もかなりある。一心の方が大きいが女子高生の平均は必ずあるだろう。

 おまけに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいてモデルだと夜鶴が嘘を言っても信じてしまうほど完璧だった。


 好きになったのなら、容姿は関係ないと一心は思っているが一目惚れなのだから夜鶴の完璧な容姿には惹かれるのが当然。

 好きな子に下心を抱くのも不思議なことではなく、夜鶴の胸元を注視していれば、夜鶴が不思議そうに首を傾げた。


「そんなに見て、なに?」

「いやあ、今日のファッションめちゃくちゃ可愛いなって。既に可愛い旭をより魅力的に引き上げてて見惚れてた」


 ただ流石に、おっきいなーと思って見てました胸元を、と馬鹿正直に言うほど一心も馬鹿ではない。本心であっても言っていいタイミングも相手を不愉快にさせないかも考えなければ軽はずみな発言は関係に亀裂が生じる行為となる。

 それに、夜鶴のファッションがめちゃくちゃ可愛いというのも事実のこと。


 亜麻色のセーターに桜色のロングスカート。白色のコートを羽織り、首元にはハートのネックレスが輝いている。


「そう? 普通だと思うけど」

「そんなことない。めちゃくちゃ似合ってる。デートのために気合い入れてきてくれたんだと思うと可愛さ倍増だよ」

「倍増しなくていいから。デートじゃないし」


 どうやら、夜鶴はまだデートじゃない認識でいるらしい。でも、どこからどう見てもデートだと一心は認識している。

 周りにはクリスマスイブだからか、老若男女の二人組が存在している。恋人、夫婦は不明だが彼等がデートしていることは確かだろう。

 そんな周りからは一心と夜鶴も一組のカップルとして映画デートをしていると見られていることに違いない。

 ――旭は照れ屋だなあ。そんなところも可愛いけど。


「あ、そろそろ入場時間じゃない?」

「本当だ。どうする? シアターに入る?」

「私、ちょっと行ってくる」


 一心の問い掛けに答えず夜鶴が向かった先は売店だった。


「キャラメルポップコーンのドリンクセットお願いします。日野は何にする?」


 注文を済ませた夜鶴が後を追っていた一心に聞く。家を出る前にカップ麺を腹に入れてきた一心だが美味しそうな匂いを嗅ぐと食欲がそそられた。

 しかし、さっきの夜鶴へのプレゼントで財布の中身はかなり寂しくなってしまった。今月はもう遊ぶ予定などなく、明日からはバイト三昧であるがあまり減らしたくはない。


「俺は大丈夫」

「そうなの? さっきプレゼントくれたし、私もって思ったんだけど」

「それって旭からのクリスマスプレゼントってこと?」

「そうなるかな。食べ物で申し訳ないけど」

「じゃあ、俺もポップコーンとドリンクがいい。味は塩で」

「分かった」


 夜鶴からクリスマスプレゼントを貰えるというのに断るなんて言語道断で一心はすぐにお願いする。


「はい、どうぞ」

「ありがとう。ありがとう」


 ポップコーンを渡してくる夜鶴からまるで天からの恵みでも授かるように大事にして一心は受け取る。


「大袈裟じゃない?」

「そんなことない。旭からの初めて貰ったプレゼントなんだから」

「そんなに大袈裟にされるとお菓子なのが申し訳ないな。ほんとに」


 そう口にする夜鶴だが、一心にとってこのポップコーンは宝石と同じ価値がある。好きな子からプレゼントが貰えたのだ。

 例え、道端に落ちている石であっても、草むらに生えている雑草であったとしてもそれが好きな子からのプレゼントなら一心は大切にする。


「いや、お菓子で十分だよ。だって、このポップコーンはやがて俺の血となり肉となって生涯を添い遂げるんだから。それって、言い換えれば旭と一生を共にするってことになるだろ?」

「うん、言ってることさっぱり分かんないし返してもらっていい?」

「やなこった。これはもう、俺のもんだ!」


 子どもみたいに一心が言えば、夜鶴はクスリと笑った。


「子どもだね、日野」

「子ども上等。わがまま言い放題。俺と付き合って」

「さ、そろそろ行くよ」


 一心の告白をあっさりと無視して夜鶴は入場口の方へと歩いていく。その前にドリンクバーで飲み物を補充して。

 一心は慌てて追い掛けて、夜鶴と同じようにドリンクを補充した。


 そのまま入場口へと向かい、係の人に券を切ってもらい中に入る。その際、入場特典として薄い本を貰った。

 シアタールームには公開初日だからか既に大勢の観客が居て、作品の人気度が窺える。

 夜鶴と一緒に席の確認をして、隣同士で座る。ちゃんと隣に夜鶴が居ることに嬉しくなりながら、一心は貰った入場特典を夜鶴に差し出した。


「これ、いる?」

「日野はいらないの?」

「実は俺、この作品見るの初めてなんだ。あらすじの勉強はしてきたけど」

「……嘘、でしょ? あれだけテレビ放送で人気があって、連載中の今も大人気なのに初めてって……日野、流行に遅れてるよ」

「んー、基本バイトばっかりしてるから楽しむ時間がないというか。だから、旭の方がこの作品好きなんだし、欲しいなら遠慮なくどうぞって思ったんだけど」

「勿体ない。損だよ損。映画見てハマるかもしれないし、それは日野が持ってた方が絶対いい」

「旭がそう言うなら」


 そんなことを話していれば部屋の中が徐々に暗くなり始めた。大きなスクリーンにはこれから放送される予定となっている映画の広告が流れ始める。

 あれだけ賑わっていた周囲の喧騒もいつの間にか静かだ。一心も夜鶴と話せないことを飲み込みながらぼーっと広告を眺めていれば隣からポリポリと音が聞こえてきた。


 チラっと視線をやれば夜鶴がポップコーンをポリポリと食べている。かと思えば、補充した飲み物のコーラをストローでチューチュー吸って満足そうな笑みを溢した。


 その笑みは子どもみたいなものでまた違った可愛さがある。一心が視線を奪われていれば夜鶴に気付かれた。


「今の内に食べとかないとね。本編が始まれば手動かせなくなるもん」


 こっそりと周りの迷惑にならないように言う夜鶴に一心は思わず笑みを溢して答える。


「そうなれば俺が食べさせてあげる」

「そうならないように食べきらなきゃ」


 口さえ開けてくれれば夜鶴には映画に集中してもらって構わないというのに、夜鶴はパクパクとポップコーンを食べる。

 残念だな、と一心もポップコーンを一粒口に入れる。程よい塩味が効いていて、美味しい。

 一度食べ始めると指を止められず、一心もパクパクとポップコーンを食べていれば一際大きな音が鳴り、映画が始まった。


 内容は人間の負の感情から生まれた化け物を倒していく、というもの。開幕早々、主人公の幼馴染みである男の子が死んでしまい一心は萎えた。

 どう見てもその男の子は主人公の女の子を好いているように見えた。なのに、もうその恋が成就することはなく、これから先の未来に待っていたであろう楽しいことを体験出来なくなったことを思うと可哀想でならない。


 涙まで出そうになって、一心はグッと堪える。開幕早々、泣きそうになったのを夜鶴には見られなかっただろうかと不安になり視線を向ける。

 夜鶴は画面に釘付けになって見ていた。

 心成しか目をキラキラさせているような気がして、相当のめり込んで楽しんでいることが伝わってくる。


 そんな夜鶴を見ている方が楽しそう、と一心は映画よりも夜鶴に夢中になる。

 一心にとって、今日夜鶴とデート出来たことが全てであり、本音を言えば映画はどうでもよかった。


 しかし、それは映画が進むに連れて覆されていき、後半は一心も息をするのを忘れて映画を楽しんでいた。

 主題歌が終わり、照明が明るくなる。

 興奮しすぎでしばらく一心はその場を動けなかった。それは、夜鶴も同じで余韻に浸っているのか動こうとしない。


「いやあ、最高だったね。日野はどう? 面白かった?」


 言葉が出てこず、一心は頷いて答える。


「その反応だけで分かるよ。じゃ、そろそろ出よっか」


 いつまでも座っていれば次の客の邪魔になる。夜鶴に続いて劇場を出たところでようやく一心は我を取り戻した。


「今日はありがとね、日野。バイバイ」


 あっさり帰ろうとする夜鶴にいつまでも余韻に浸っている場合ではないことに気付く。

 イルミネーションが点灯するまではなんとしても時間を稼がないとならないのだ。


「あ、あのさ。もっと旭と居たいんだ。だから、帰らないで」


 恐らくだけど、ここで夜鶴を帰してしまえば本当に失恋する。

 学校に行けば夜鶴と会える。今生の別れではない。けれども、今日みたいな機会は二度と訪れないだろう。

 どうしてだか一心はそう不安になってしょうがなかった。


「日野はさ、まだ私と付き合おうとしてるの?」

「旭の気持ちを聞いても諦めきれないんだ。でも、旭の気持ちも知ってるから今日だけでいい。後ちょっとだけ、付き合ってほしい」


 告白した日は嫌がらせてまで夜鶴と付き合う気にはなれず、一心は諦めた。けれど、こうして夜鶴とデートすることになって、やっぱり諦めきれなかった。

 その上、厄介なことにこのデートが楽しすぎてその思いは強くなる一方である。

 だから、一心は決意した。


「それでも、どうしても無理なら諦めるから……後数時間だけ、俺にください!」


 後数時間。せめて、イルミネーションの前で最後の告白をするまでは夜鶴と居たい。それでも、夜鶴の気持ちを傾けさせることが出来ないのならその時はきっぱりと諦める。

 その決意を実行したくはないが実行するためにも情けなく縋る一心に夜鶴は呆れたようにため息を漏らした。


「それじゃ、後ちょっとだけね」


 親指と人差し指で一つまみするかのように空を挟む夜鶴に一心は嬉しくなって笑顔を咲かせた。

 まだ続くデートの残された時間は極僅か。


 ――その間に全力を注いで旭を好きにさせてやる!

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