Chapter.23 牛丼

「……夕飯、米でもいいか?」

「いいですよ!」


 快く了承してくれたセシリアに安堵し、俺は牛丼屋へ向かうことにした。

 買い物帰りで手短かつボリューミーに満腹感を得られる牛丼が食べたくなったのである。


 そんなわけで赤いどんぶりがトレードマークのチェーン店へ。セシリアを連れて座席に移る。


「肉!」

「おすすめは牛丼なんだけど、こっちに牛皿とかもある。気分じゃなきゃ普通に定食もあるな」


 メニューを見せるのもずいぶんと慣れたもので、「ちなみに俺はこれ」と先に教えながら、セシリアにおすすめなどを紹介する。


「これは色々トッピングが異なるのですね」

「そう。そして俺はつゆだくにする」


 ドヤり。わざと得意げにそう伝えると、セシリアは分かりやすく引っかかってくれた。


「え……どういう意味ですか……?」


 いやなんでちょっと引いてんだよ。……いやいやいや、マジでなんでどん引きしてんだよ。


「……つゆだくって別に変な意味じゃないぞ?」


 セシリアに警戒されるのは心臓に悪い。本当に誤解されているらしく、首を落として呻いてしまいながら。


「煮汁を多めに入れた牛丼の盛り付け方の話だよ」

「あ、ああ……なるほど……」


 いったい何だと思ったんだよ。いや聞きたくない。どうせあほな勘違いだろうし。


 いまのやり取りでどっと疲れた。


 妙にぎこちない態度を取るセシリアに影響され、俺も踏み込んだ質問が出来ずにいる。


「じゃあ、その、私も、つゆだくで……」


 なんでこんな言っちゃいけない言葉を言わせてるような気分にならなきゃいけないんだろう。はあ、と重たいため息を隠せずに、俺は注文を取るのだった。



「――早いですね」

「この早さが売りだからな」


 注文内容はセシリアが普通の並、俺はネギ玉牛丼を選択。お客は多いが待たされることはなく、すぐにテーブルへと運ばれた。自主的におしぼりで手を拭うセシリアの馴染み方が異様で、ついつい異世界人なのを忘れる。


 慣れていない場面ではセシリアも挙動不審に映るが、一度物にしてしまえば俺より所作は綺麗なのだ。


 使い終わった手拭いも綺麗に折り畳んでいたり。大元の食事マナーは異世界も変わらないので、その辺りが染み付いているセシリアは本当に細かいところまで行き届いている。

 だから喋らなければ美人、みたいな扱いも受けてしまうんだろうけど、まあ、それも込みでセシリアの良いところだ。


「これが、つゆだく……!」


 レンゲを手に取り興味津々な様子のセシリアがそう呟く。なんかもうさっきの気まずい時間を思い返しちゃうから二度とつゆだくと言わないでほしい。


 そんな俺の勝手にしている気苦労も知らないで、セシリアはレンゲで牛丼をよそう。煮汁を吸い込んでてらてらとしている茶色い米粒と、セシリアが好きだったカルビと同じバラ肉で出来ている牛丼の肉。浅いレンゲでやや浸かるくらいの濃い味が染みるつゆと一緒に、ぱくり、とほおばるように頂く。


「―――」


 珍しくセシリアの反応は静かだった。

 一口味わうと目を閉じ、レンゲをことり、と静かに置くと、鼻から息を目一杯吸い込んで、上体を背もたれに預ける。


「好きです」


 牛丼がだよな。紛らわしいわ。人の目を見ながら言うんじゃねえ。


「えええええこれめちゃくちゃ美味しいんですけど……!」


 と、言って、再度がっつくようなセシリアに苦笑する。所作に対する感想を述べたばかりで反故にされたような気分だけど、それだけハマったのなら嬉しい。


「そんなお前にこれもおすすめ」


 俺のネギ玉牛丼は紅ショウガをトッピングして完成する。セシリアの一連の流れを見ながら俺はその完成に着手していたわけだが、そのままセシリアにもおすすめした。


「まずは一口で。サッパリするから相性がいいけど、クセはあるから好き好きで」

「はい。いやこれも美味しいです」

「よかったね」


 心の底から本当によかったねとしか言えないよもう。今日一日の反動もあるんだろうが、異世界に来てここで一番生き生きしてどうする。牛丼屋なんていつでも来れるぞ。


 ぱくぱくもぐもぐと火がついたようにレンゲを走らせるセシリアに触発され、俺も楽しい気分で食事を進める。


 しばらく経って、物足りなそうな顔を浮かべるセシリアが先に現れるので、


「……おかわりしてもいいけど」

「ううーん……」


 悩ましそうだ。そんな表情をされると、俺なんかはついつい唆すようなことを言いたくなってくる。別にセシリアに遠慮されたいとも思わないので、せっかくなら甘やかしたい。


「量が多いならミニサイズにも出来るよ」

「……!」

「ちなみに俺はもう少し掛かるから」

「……じゃあ食べます!」


 悩みまくった果てに決心が付いたようなので店員さんを呼ぶ。状況的に誰の追加注文か分かりやすいので、セシリアが照れたように身を強張らせているなか、手短に俺が注文した。


「……………私、この世界は太るかもしれないです」

「そういうのは幸せ太りって言うらしいぞ」


 異世界ではそれなりに過酷だった分、別にいいというか、これくらい許されて然るべきだと思うけど。


「幸せ太りですか……確かに私は幸せです」


 そうはっきりと口にしてくれるセシリアを見ていると、もてなして良かったなという気分になれる。


「じゃあ良いじゃん」

「いいですね!」


 俺が口許を綻ばせて言うとセシリアも笑顔を返してきて、今度は憂いも何もない様子で店員さんが運んできた追加注文をセシリアは元気よく受け取る。

 納得してくれたなら何よりである。



 ……………それで終わっておけばいいものを、


「ちなみに話は変わるんですが、タクヤ殿はぽっちゃりしている女の子とすらっとしている女の子、いったいどちらが好みなのでしょうか」


 うん、いや何も変わってなくない?

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