Chapter.22 同担拒否
とりあえず理由を聞いてみたが、よっぽど暇で仕方ないことが分かった。
「うう……」
俺のご帰宅にちょちょ切れたような涙を見せるセシリアが大人しく正座する。
昨日の時点でよく半日持ったなと感心してしまうくらいだったので、薄々こうなる予感もしていたが、うん。これはろくに時間を過ごす方法を与えなかった俺が悪いか。反省する。
本当は明日が出席しなくても問題ない日で休むつもりだったので、午前中に買い物などをする予定だったが、セシリアの気分転換も込みで前倒しにする。
「じゃあいまから出掛けようぜ、セシリア」
「どこへですか!?」
「買い出しと飯食いに」
「行きます!」
誘ってみると分かりやすく持ち直してくれるのでほっとする。同時にやれやれと首を振りたくなる。呆れるよりはまんざらでもない気持ちのほうがぜんぜん強いけども。
セシリアがこうなのは昔からよく知ってるからな。
「ほら、早く着替えてこい」と急かすようにそう言葉を掛けると思ったよりわちゃわちゃと慌ててしまったので、「あ、焦らないでいいぞー……?」と改めて言葉を掛け直した。
しかしそれほど待たずしていつもの格好になったセシリアが、「準備出来ました!」と元気満々に登場するので、
「髪が」
「あっ」
……………冷静に考えると良くなかったな。
乱れた髪が気になって手を出してしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「ああ、はい」
途端にしおらしくなって照れるセシリアと反射的に業務的な態度を取ってしまう俺。致し方なし、妙な玄関先のやり取りを経て、日没を迎えた頃の時間から買い物に出ることになった。
百均を併設する大型のスーパーマーケットへ足を運ぶ。主な目的はスーパーでの食料調達だが、百均で足りていない生活雑貨を揃えたい。
キョロキョロと店内を見渡すようなセシリアを連れて俺は目的のものを入れていく。
「この雑貨店、すごく面白いですね。お花とかある」
「あれは造花じゃないか?」
「偽物っていうことですか?」
「そう。……ほら、ぜんぜん違うだろ」
セシリアが関心を示したものには出来るだけ寄り道するようにしている。プラスチック製の造花を手に取って見せると「すごーい」と小さくはしゃいでいた。振るな。
「一年中飾れるじゃないですか」
「どうせ飾るなら本物のほうがよくないか?」
「私は枯らしたことがあるので嫌です」
断固拒否。どんだけ嫌な思い出があるんだ。詮索はしないがちょっと気にはなる。
そんな間にセシリアの興味は移り、次のコーナーへ移動する。
「あそこはなんですか? 楽しそう」
「おもちゃか。いいよ、行ってみよう。俺もあんまり見たことない」
子ども向けのおもちゃなどを扱う百均のコーナーでは、分かりやすく男児と女児を対象にした空間が作られている。かたや武器や恐竜など、かたやファンシーな人形などだ。
その他にもパーティーグッズやポータブル将棋、オセロ、人生ゲーム、トランプゲームに簡略版の人狼などもあり、意外と小さな発見になった。いざ見てみると色々なものがあって、セシリアはもちろんのこと、俺も関心を持つ。
「かわいいー! ティアラがありますよタクヤ殿!」
「被るか?」
「いやっ、被りませんよ……!」
そうは否定するが、実際のところ、ちょっとした憧れはあるから言ったんだろう。言葉にはしないけど見透かす。異世界でも度々、セシリアのお姫さまに対する憧れは感じていたし、そういう願望が実はあってもおかしいとは決して思わない。
そういうのが似合わないとも思わないしな。
……まあ、とは言え、女児向けのティアラをセシリアのような美人が付けるのはさすがにあざといものがあるけど。
「タクヤ殿が付けてください」
「んんいや俺が付けるのかよ」
そんな感じでおもちゃコーナーを見て回っていたのだが、一つ、これは便利そうかもというのがあって迷わずカゴのなかに突っ込んだ。これは明日使えるかどうか一緒に試してみようと思う。
「それじゃあ次は食品行くぞ」
「分かりました!」
隣の食品広場に移ると、まずはじめに青果物が出迎える。現代の食品売り場環境としては普通レベルでむしろ売れ残りになりつつあるんだが、やっぱり異世界とは見比べてしまう。
セシリアは思っていた通りの反応をした。
「すごい!」
食品売り場で目をキラキラさせて感動する人ははじめて見た。見渡しながら呆然と立ち尽くすようなセシリアをおいて、俺は野菜の品定めをする。
しばらくして、現実に戻ってきたセシリアは俺を見つけるとまっすぐに駆け寄った。
「食堂の時点ですごいと思ってましたけどなんでこんなに状態のいいお野菜があるんですか!? 島国ですよね!」
「色々育てられる土地らしいからな」
カートを押しながら片手間に。俺の後ろにトコトコと付いてくるセシリアが熱心に質問をくれるが、ちゃんと説明出来ている気はしない。レタスや人参、ブロッコリー、じゃがいもなど安値のものから選んでいくが、どれも国内の品なので間違いではないはずだ。
「納豆……」
「なんですか? それは」
「いや……」
納豆買うかどうしようかな。俺はけっこうな納豆ユーザーで、日本に帰ったんだし食べたい気持ちはあるのだが、セシリアに受け入られるビジョンが見えない。
……………。
やめとこうか……。
「?」
首を傾げるセシリアを連れてそのコーナーから離れて行った。
次に肉や魚など、新鮮食品のコーナーへ。
セシリアはそれらを見ると一段と楽しそうにした。
「これは綺麗な赤身ですね」
「残念ながらこれは白身魚なんだな」
冷凍状態の鮭の切り身を購入。「???」と鮭の色味を見ながら困惑した様子で首を傾げるセシリアに苦笑し、ちゃんと説明してやろうと足を止める。
「身が赤く見えるのはエビとかカニを食ってるかららしいぞ。えっと、フラミンゴみたいに」
「ふらみんご……?」
「えー……。赤い、鳥……」
こんな感じで会話のなかに突然ずれが生じると不便に感じる。異世界では俺がそうだったのでお互い様だが、手探り手探りで説明してもらう側の気持ちも分かるのでなるべく丁寧・簡潔に伝えたい。
そこでスマホを取り出せるのが現代の強みだ。
画像検索。フラミンゴ。
「ほら、この鳥も本来は白いけど、甲殻類食べて赤く色付くんだよ」
「面白いですね」
「だからこの魚も分類上は白身」
「へえ!」
どうやら無事に納得してくれたみたいだ。便利。
買い出しはそんな感じで進行する。基本的に、俺が用事を済ませる傍らでキョロキョロとテーマパークにでもきたかのように辺りを見渡すセシリアがいる形になる。
俺はメモを見ながらカートに物を入れていくし、基本的に食品売り場にくるお客さんも品揃えにしか興味がないので、自然とよそ見の多いセシリアが色々なことに気付きやすいわけだが。
「……あちらはミナセ殿では?」
「え、嘘だろ」
「ミナセ殿ー!」
待て待て待て。何故進んでエンカウントしようとする。後ろ髪を引かれる思いがありながら、なし崩し的に俺も付き添う。
本当に水瀬だ。なんでいるんだ。
これは頭が痛くなってくるぞ。
水瀬は前回より大人しめでありながら、やはり彼女の顔立ちに合わせたフェミニンな装いをして俺たちと遭遇することになった。
「あ、セシリアちゃん。奇遇だね〜!」
「その帽子かわいいです!」
「わあ、ありがとう。セシリアちゃんも今日の服装すごく似合ってるよ! 素敵」
「あ、ありがとうございます……!」
第一に服装の会話になるあたり自慢したい思いもあったのか。セシリアにとってははじめての異世界での友人だし、世話にもなっているので積極的に会いたい気持ちは分かるが、俺としては負担があるので気まずいところ。
「すまん水瀬。邪魔したか?」
「ううん、気にしないで。二人とも仲良しだね〜?」
「はい!」
「………まあ、うん」
間髪入れずに首肯するようなセシリアに恥じらいながら俺も続いて肯定した。
しかしこのスーパーは俺の近所にあって、大学に通う連中の生活圏とはそれなりに離れているはずだ。駅には近いほうだけど、水瀬がわざわざ利用しているとは思えない。いままでこんなこともなかったし。
そんな疑問をちょうど思っていると、疑うようにこちらの顔を覗いてきている水瀬の上目遣いに気付く。
これはただ、身長差のせい。
「もしかしてここ、タクヤくんの行きつけだった?」
「別に行きつけって程ではないけど。……水瀬もここによく来るのか?」
「ううん。今日は欲しいものがあって。じゃん」
と、言って、水瀬が俺たちに見せつけたのは女性人気が根強い男性アイドル育成ゲームのコラボ商品の特典クリアファイルだ。
規定数の対象商品の購入で貰える類のやつである。
「わたしはこれを探していたのである〜!」
嬉しそうに自慢された。セシリアは当然ながら、俺も関わることのないゲームになるのでイマイチ価値などが分からない部分がある。そもそも水瀬がこういうの、好きだとも思わなかった。
「見つかったのか」
「うん、見つかった。ここ穴場だねえ、住んでるところの近くのスーパーはみんな売り切れちゃうんだもん」
「そりゃ良かったな」
嬉しそうにはにかまれて目を逸らす。そうすると、今度はセシリアがクリアファイルについて質問した。
「それはなんですか?」
「おっ、気になる? スタフォはねえ、いいよ。楽しいよ。わたしはクローバーズの海都くん推しなんだけど、たぶんセシリアちゃんはライジングサンのメンバーのほうがきっと好きだと思うな。それかエースマイル」
「……なるほど……?」
こちらを見られても悪いが俺も分からん。おそらくスタフォがゲームの名前であとはユニット名とかキャラの名前なんだろうが、うん。俺も困惑する。
水瀬ってオタクだったのか、と意外にも気付いた瞬間になった。
とりあえず『クローバーズの海都』がめちゃくちゃ好きなのは伝わる。うっすらと独占欲みたいなものも感じる。セシリアがスタフォにハマるのは別にいいけど、海都くんには絶対手を出すな、みたいな気迫がある。予想外の一面だ。
こういうオタクの状態は何と言うんだったか。
「……話しすぎちゃった……。ごめんごめん」
「お、面白かったです。?」
「あ、そう? それなら良かった」
いやよく分かってないぞ水瀬。とはいえ、俺も本音のところでは引いてくれるなら助かるので流すが。
「ごめんね。それだけ嬉しくて! セシリアちゃんも興味あったら、やってみてね。いいゲームだから。良かったらね! それじゃあね」
……と、そそくさと退散するような水瀬を見送る。
そんな顛末もあって、本日の買い出しは水瀬の知られざる一面を見たという印象でフィニッシュを迎えたのだった。
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