第五話 お留守番犬・女騎士
Chapter.21 暇
一日目は正直、充実していた。
残されたあともやりたいことがあったし、この世界のものに興味津々だったからだ。
「これは非常にいい感じですね」
むふー、と満足げになりながら鎧に貼り付けたメンダコステッカーを見てセシリアは大きく頷く。
ステッカーは幅三センチくらいの小さなものではあるのだが、胸部の一番目立つところに貼られているため存在感は一際。なんというか、色々台無し感はある。
その後、暇を持て余して部屋を吟味する。
タクヤの家はシンプルな内装をしており、生活雑貨の数々はあれど趣味のものはあまり見受けられない。唯一、デスクの上には焼肉屋で見たような、あるいは車で見せてくれたもののような液晶画面をしている大型のモニターがあった。その真下にはつぶつぶとした触り心地のよいスイッチのようなものがいくつも並んでいる。
セシリアはそれを興味本位で撫でる。
「あ」
――デスクトップPCがスリープ状態から復帰する。ここでタクヤに同情をするなら、幸いにもホーム画面であったのでブラウザを見られるなどの被害はない。加えて注釈をするならば、これは妹に覗かれることもあるのでいじられて困るものも入ってはない。
そこには一般的なブラウザや動画視聴サイト、大学で使うオフィスソフトから、MMORPG、建築系ゲーム、バトロワ系FPSなどのアイコンがある。それらは過去、一時的に熱中していたゲームのデータが残されているだけで、いまではFPSゲームのみ友人との付き合いで遊ぶぐらいだった。
無論、セシリアにはそれらのアイコンが何を意味するのか全く分かっていないが、既に現代日本で培っている知識により、試しに液晶をタップしてみる。
「動きませんね」
残念ながらデスクトップPCはタッチパネルではない。首を捻るセシリアがトントンと液晶を突き、やがて興味を移してしまった。
次に気になったのは引き出しだ。
雑多に勉強雑貨がある。
(わあー、どれも読めない)と素直に思いながら次々と開けていく。モラルがないのかな。
しかし、基本的に気になるものはなくて、
「つまらないですね……」
本音をぽつりと吐き出したセシリアは早々に探索をやめたのだった。
ガラリ、とベランダに出る窓を開けて、セシリアは部屋の外に出る。出歩くなとは言われているものの、下界に対しての興味はあった。
タクヤの家はアパートの三階に位置し、民家の屋根がずらりと立ち並ぶさまを見られる住宅街のまなかにある。手前の道路は交通量が多く、駅からは離れている立地。小学校がやや近い。一人暮らしの学生よりも子育て世代のほうが多く、移動手段を持っているタクヤは物価や家賃などを優先した形である。
なので、見通しが抜群というわけではない。電線が視界を遮ってもいた。
だけどセシリアにはそんなただの風景がとても面白いものに見える。異国に来たどころではない、全く文化も何もかもが違う異世界の土地に自らがいるのだ。
そんな景色でも眺めているだけで、十分楽しいものだった。
しかし残念ながら空模様はどんよりとしており、未だ残る梅雨の気配を感じさせる。白けた空は昨日とはまるで違って見えて、セシリアとしては晴空が好きだが、これはこれでまた面白いと思えた。
千本浜でタクヤが話してくれた、夏への期待を思い返す。
楽しみだ。まるで夢みたい。元の世界にいた頃が嘘のように、バカンスのような日々を送ってしまっている。
「……………」
これは良くないと自覚した。手持ち無沙汰を紛らわすようにセシリアは筋トレをはじめる。梅雨場は汗が出ず、体はすぐに熱を持つ。長くトレーニングすることは出来ず、ベランダに出ては外の景色の細やかな変化を楽しみつつ、涼しんでは、運動する。そんなローテーションを幾度か繰り返して今日という一日を過ごした。
かくて、今日一日のところは、それなりに充実していたのだった。
「ただいま」
「おかえりです! タクヤ殿!」
夕方。かちゃかちゃと鍵を開ける音がして玄関まで迎えにいくと、そんなやり取りのあと、ジトっとしたような、恥じらうような、そんな曖昧な目をしたタクヤを見る。しばらく無言で顔を見つめられたので小首を傾げて疑問に思っていると、「……まあ」とタクヤが言葉を繋ぐ。
「うん、ただいま」
改めて笑みを浮かべながらそう言葉にしてくれるので、セシリアは「はい!」と喜んで答えた。
夕食はタクヤが持ち帰ってきたハンバーガーを食べることになり、セシリアは今日一日をどう過ごしたのか報告するように話した。
「え、じゃあ今日はずっとベランダにいたのか?」
「ずっとというわけではないですが、なかなか、楽しかったです」
……まあ、それならいいけど……。とでも言いたげな表情でタクヤは話を聞いていた。
二日目は、わりと飽きてきた。
「ひーまーでーすーひーまーでーすー」
自堕落にも床に寝そべったセシリアがすることもなくうぎゃうぎゃと暴れている。何もすることがないとは言わない。別に筋トレは習慣だ。だがそれだけで半日は持たない。
これが見知った訓練場であればまた違うのかもしれないが、環境の違うタクヤ宅で、となるといよいよ身が入らなかった。
ならば寝るかとも思ったけれど、セシリアはこの元気さと体力が取り柄なのでお昼寝は難しい選択肢だった。しかも、タクヤの気遣いのおかげで毎晩布団で眠らせてもらっている。睡眠は充分に取れていた。
つまり、二日目にして退屈を極めた。
♢
……――部屋の鍵を開けようとすると、かちゃかちゃという音に気付いてか、家のなかからどたばたどたばたとセシリアの足音が聞こえ、なんだなんだと嫌な予感を覚えながら俺は帰宅する。
ガチャリと扉を開ける。
「タクヤ殿ぉ……!!」
「……………昨日の今日でそうはならんだろ」
抱きついて来そうな勢いなのでチョップを下した。
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