Chapter.7 水瀬
体感三年ぶりでも彼女の声だと真っ先に気付いた自分の感情に辟易する。反射的に振り返ったところには、同じく買い物に来ていたのだろう、紙袋を手にした
「もしかして彼女さん? お邪魔しちゃったかな」
ふふっと口元に手を当てて上目遣いをしてくる水瀬。サロン帰りでもあるのか、記憶よりも明るい茶髪にゆるふわな印象のあるパーマをかけたミディアムボブで登場され、ショップの店員さんよりもキラキラした姿に圧倒される。
水瀬と俺はやや特殊な関係性で、恋人でもないし女友達と呼ぶほど親しいわけでもない。というか、遊んだり疎遠になったり、お互いの交友関係の二軍か三軍にいるくらいの、だけど付き合いはかなり長いような、そんな絶妙な関係性でいる。
大学に入ってからは疎遠なほうだ。高校卒業時に転機があって、それが非常に後ろめたいことなので、俺は水瀬を避けていた。
苦手、というほどではないが、水瀬は考えていることが分からないな、と感じるようなことが多い相手だ。
「いや……彼女ではないんだけど……。奇遇だな」
「あ、それハンマーヘッドマンのサメ太でしょ〜! お好きなんですか?」
「な、なんでしょうそれは。この子はガブリガーです」
「え……が、がぶ、がぶりがー?」
「ちょっと待てちょっと待て」
ややこしくなるので強引に割って入る。二人で会話されるのは困る。ちなみに、ガブリガーに関しては俺もサメ太と思っている。
……しかしまずい。まさか知り合いと遭遇するなんて思いもしていなかったので、口裏合わせや上手い言い訳はまだ用意出来ていないのだ。
「わたしは水瀬結といいます」水瀬がぺこりとお辞儀すると、自己紹介の流れが作られる。慌ててセシリアのほうを振り返った時には手遅れで、
「私はセシリア・ミストリタと申します。アベリア王国聖教騎士団所属、つい二時間ほど前までは英雄サクマムゴゴッ」
「とりあえずいまの全部忘れてくれるか水瀬?」
おまえ! おまえ……! 喋りすぎだろ……!
俺が慌てて口を抑えなかったら、異世界でパーティを組んで三年間旅してきたことまで全部言うような勢いだったぞ!?
やめてくれ。冷や汗がどっと出た。
ニコニコと佇む水瀬は詮索してくる様子はないが、忘れてくれないんだろうなと思う。
……………。
どうすんだこれ。
はあ、とため息を吐いて切り替え(※きれてない)、俺が代わりに紹介を努める。
「こいつはセシリア。ちょっと訳アリでいま静岡に来てて、俺が面倒見てる、友人だ」
「ふぅーん。そうなんだ。タクヤくんにこんな綺麗なお友達、いたんだね」
「……で、セシリア、水瀬は俺の同級生で、昔からの知り合い。腐れ縁みたいな関係で、まあ、仲良くしてくれると助かる」
「腐れ縁って、ちょっとひどい」
「別に間違いではないだろ」
「ふふっ。えーと、どれくらいの付き合いになるのかな。三年?」
「いや四年……」
「私もタクヤ殿とは三年の付き合いになりますね!」
「ふぅーん。そうなんだ」
なんか、なんだろう、ここの化学反応はあまりよくない気がしてきた。
別にダメなわけじゃないのだが、妹のことを下手に勘繰るようなセシリアだから不安になる。張り合ってるし。水瀬も俺の目をじっと見てくるし。
こめかみに手を当てる俺に、首を傾げた水瀬が雫型のイヤリングをチラつかせて聞いてくる。
「二人は今日何してたのかな?」
妙に食い下がる水瀬に思わぬ足止めとなっているが、俺は正直に答えた。
「服買いに来たんだよ、セシリアの。こっちに来る時、忘れたみたいだから」
「奢り? いいなあ羨ましい。わたしにも買ってよ」
「バカ言うなよ」
「ふふ。……それで、そこのお店にはなかったんだ?」
俺はセシリアのほうを見る。回答をパス。
「どれも素敵だとは思うのですが、あまり着たことのないような服ばかりで、私には何が何やらサッパリ……」
肩を落としながら答えるセシリアの全身を上から下へ、下から上へ、じっくり見た水瀬が「そっかぁ〜」と軽く相槌を打つ。
目を細めて何かを考えているようで、おっとりとした、天然のような印象があった水瀬にしては珍しい態度に思えた。
それから一転、今度はにこやかに胸元で両手を合わせると、『これぞ名案!』とばかりに言う。
「じゃあさじゃあさ! わたしが手伝ってあげよっか!」
「はあ!?」
……思わず大きな声を出してしまった。
いや、そんな結論になるか? 普通。
俺が困惑している合間にも、水瀬は話を進めようとする。
「いいじゃんいいじゃん! わたしもセシリアちゃんとお友達になりたいし! 服のこともすっごく詳しいよ!」
と、言って、数歩後ろに離れた水瀬が両手を広げて片足を浮かせる。そのポーズはまるでインスタ写真やモデル撮影のような『ラフに決めた』ポーズで、自然と彼女の服装に注目する。
梅雨場にはまだ肌寒そうに思うが水色のリブニットに同系色のキャミワンピを重ね、レザーのショルダーポーチを掛けた姿。もともと小柄でひかえめな体つきの水瀬にはぴったりな少女らしさと清純さを感じさせる、夏のコーディネートをしていて、大学生となりますます自分磨きをしている水瀬は俺と同郷のようには思えない。
なお、俺がここまでつぶさに見れるのも先程までレディース服を見ていた経験があるからだ。
夏場の俺はTシャツ基本、アウターをたまに羽織るようなぷちおしゃれぐらいの戦闘力では、セシリアに見せられないような景色を見せてくれそうな説得力はある。
「それともわたしがいると邪魔かな?」
「別にそういうわけじゃないが……というか認めたらお前、誤解するだろ」
「何のこと?」
水瀬は本当に分からない。気があるのかと思ったらぜんぜんそんなことなかったり、俺に興味なさそうなくせしてこうやって食い付いてきたり。セシリアとは正反対。俺の手には負えない。
クエスチョンマークを浮かべる水瀬に俺は弱り、チラリとセシリアを見る。
こいつもこいつで何を考えているのか、ごくりと生唾を呑み込みながら水瀬の全身を食い入るように見つめたかと思うと、「クッ」と苦々しそうに呻いていた。
「それはミナセ殿が自分で組み合わせたものですか……?」
「まあ、雑誌の受け売りもあるけどね! セシリアちゃん、美人だからもったいないなーと思って。スタイルもいいし、モデルさんみたいだから、ちゃんとおしゃれしたらすごいと思うな〜〜〜」
セシリアが俺のことをチラ見し、葛藤するような表情を見せると、もう一度水瀬に向き直る。
「教えてくださいミナセ殿!」
あっという間に取り込まれてる……。
かくして、水瀬の乱入により、セシリアの本格的コーディネートが始まった。
♢―――――――――――――――――――――――♢
近況ノートのほうにバレンタインSSを上げています!
そちらも併せて、ぜひお楽しみください。
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