Chapter.8 コーディネート

「セシリアちゃんって身長高いよね」

「そうですね。けっこう怖がられたりもします」

「サメ太抱えてたからぜんぜん怖くなかったよ?」

「ほんとですか? 嬉しいです。あと、ガブリガー」

「はいはい、ガブリガーね。元ネタあるのに自分で名前を付ける人、初めて見たな〜」


 ……………。

 二人のやり取りを一歩引いたところで見てると、はらはらした気分になってくる。


 場所は移動して完全なレディース専門店。こちらでは一気に華やかなムードが俺たちを出迎え、店員さんの可愛らしい呼び込みも聞こえる。セシリアは水瀬に集中しており、これでは先ほどと打って変わって、俺のほうがぎこちない状況だ。


 店員さんと目が合い軽く会釈される。女子二人に連れられている男って。

 誰にする言い訳でもないが、これはそう、セシリアへの恩返し……仲間孝行? プレゼントをするため、女友達に協力してもらっているだけ。

 そうやっていまの状況を見つめ直し、なんとか自分を律している。


 だから俺も話の輪には加わる。


「セシリアはジーンズとか似合うんじゃないか?」

「そうだね〜。足長いもん、素敵」

「そ、そうですか? 足長い……。そうですか」


 慣れていない褒め言葉に嬉しそうにはにかむセシリアを見る。

 初めて見る横顔だった。


「ジーンズはスキニーがすごくおすすめだよ。すらっとしてて、美脚に見えるんだ。セシリアちゃんにはよく似合うと思う」

「覚えておきます」


 そう言って彼女なら忘れかねないので、一応俺も覚えておく。スキニーなら二階の店舗のものが履きやすいと有名なはずなので、帰りに寄る理由も出来たか。


 そんなわけで、水瀬が洋服を手に取りながらおすすめのコーデや注意点を教えてくれる。


「セシリアちゃんは胸が大きいから、こういうお洋服とは相性悪いかも。スタイルいいからそんなに気にならないかもしれないけど、だぼっとしたシルエットになる服は太ってるように見えちゃう原因になるし、」

「太っ……!?」

「こういう感じで、首元がつまりすぎちゃう服は上半身が大きく強調されて見え方が悪くなっちゃうから、デコルテを出すようにするか、いっそのことハイネックですっきりした印象になるようにまとめたほうがいいと思うんだよね」


「でこるて……」と小さく呟いていたので「鎖骨辺りのこと」と簡単に注釈する。俺も詳しいわけじゃないが。


「あとわたしみたいなIラインのワンピースは、一枚で着ないで、アウターを重ねて腰から下の細さを見せるような組み合わせがいいかも。セシリアちゃんはお尻も出てないしすらっとしてるからスカートのほうが美しく見えるかなあ。ワンピースだと胸で浮いちゃってせっかくのスタイルが悪く見えそうだし、ウエストで引き締めてメリハリのある色合いを上下で付ける組み合わせがベスト。これ参考にしてね」

「ふむふむ……?」

「それからアウターはね〜。ジャケットとかカーディガンを着る時は、スマートに決めるのがかっこいいと思うなあ。例えば白シャツとジーンズを合わせてビジネス風スタイルにすると似合うと思うし、セシリアちゃん、髪が長いから、そういう時はヘアアレンジもしたいね。そのメッシュ、おしゃれだね」


 セシリアは、ベースが濃灰色のストレートヘアだが、側頭部のみ白のハネ毛となっている。生まれつき、異世界独特の身体的特徴になるんだが、くるんと横にハネているので犬耳のような印象があった。

 狼、もといシベリアンハスキー扱いされる所以でもある。実際似合うので違和感はない。


「……なるほど!」


 ここまでの説明お前絶対分かってないだろ。


 頷き方だけは殊勝なので、水瀬も気持ちよくなっているが、俺には分かる。間接的に俺が水瀬の説明を聞いておかないと、後々「???」になりそうだ。


 そんな感じで一通り、セシリアなら何が着れるか、何が似合うかの講座を受けたあと、今度は実際に水瀬が選んだ洋服を試着室で着替えることになった。


 待っている間、特に水瀬とは会話せず。

 程なくして、セシリアが試着室から出てくる。


「どうですか!?」


 お前もうちょっと格好よく決めろよ……。

 興奮冷めやらぬ様子で、一刻も早く見せたい!と熱意を感じる笑顔を浮かべたセシリアが、俺たち二人の前に飛び出してくる。


 てっきり水瀬に評価を聞いたものかと思ったが、水瀬は俺をじっと見つめていた。

 どうやら俺が答えなきゃいけないらしい。

 水瀬に見守られるのはむず痒いが、俺は正直に、……あまり、目は合わせられず答える。


「似合うよ」

「ほんとですか!? 嬉しいです!!」


 ぱあっと笑顔を浮かべるセシリアの服装はスマートに。大人の女性といった雰囲気を感じるコーデだ。

 休日は駅前のカフェで、窓の外を見つめながらコーヒーを嗜んでいそうな美人である。


 ちょっと出来る大人感が強すぎて複雑だが、実際セシリアのビジュアルに合わせるならこういう路線だろうなとも思う。

 表情や仕草にギャップが生まれる感じ。これはこれで、セシリア(現代装備)としてはめちゃくちゃいいのではなかろうか。


 ニマニマと満足げでいるセシリアが、自分の体を見下ろしながら「それではこれを……」と決めようとしたところ、水瀬はすぐに次のコーデを提案した。


「色々試さない?」

「……試します!」


 それから。

 ぱっ。ぱっ。ぱっ。――と、着せ替え人形のように様々なコーディネートをしたセシリアが試着室のカーテンを開けている。その姿は、いままで騎士としての姿ばかり見慣れてしまっていたのもあって、とても新鮮で、すごく面白く感じた。


 何より、楽しそうにしているセシリアを見るのは素直にこちらも元気が出る。


「似合いますか?」

「めちゃくちゃ似合ってるよ」


 と、不安げなセシリアに俺が肯定する。そんな似たくだりを何度か繰り返したところ、


「タクヤ殿はどれが一番お好きでしたか?」

「んん……俺に託すのか……」


 両手にハンガーをぶら下げたセシリアが小首を傾げて尋ねてくる。「えぇ……? うぅん……そうだな……」と、我ながら珍しく、もにょもにょと悩んでしまった。


「お前はどうなんだよ」

「私はどれも好きです!」


 んんすごくおばか……。いや素直なのか? いやでも全部と答えるのはおばかよ。

 やれやれと俺は首を振る。


 とはいえ、本当に一任されているみたいで、何パターンもあったセシリアのコーデを思い返しながらたった一つを選ぶことになった。


「まあ、じゃあ……。これが、似合うなと思ったよ」


 かわいい系からクールに決めたものまで。やはりパンツスタイルが似合うセシリアだったが、スカートだってもちろん似合う。水瀬のセンスは疑いようなく、セシリアを素晴らしい現代コーデにしてくれた。


 俺が最終的に選んだのは、ノースリーブの灰色のトップスに白の光沢あるロングプリーツスカートを合わせる形で、足元はかかとの高い黒のサンダル。アウターとして、差し色になるようなニットカーディガンを羽織ってもおしゃれだと教えてもらったコーデで、なんとなく、一番似合うなと……異世界ではまず見られなかったセシリアだなと、感じたものを選択した。


 本当に良いなと思ったものを選んだので、微妙に照れくさくて居心地が悪い。


 セシリアにそれでいいかの確認をしつこく取ってしまったあと、おずおずと購入に踏み切る。

 今後、遠出する時などは、きっと今日決めた服を着て、一緒に歩いてくれるのだろうと思う。


「タグ切ってもらう?」


 水瀬の提案には、


「あー……。この後匂いが付く場所に行くから、今日はやめておいてくれ」と言い、


「そうなんだ?」

「そうなのですか?」


 と、二人に首を傾げられる形でこのショッピングを終えることになった。


 ♢


「……悪い、ちょっと席を外す」


 水瀬とも別れようかというところ、電話が掛かってきたので俺はその場から離れる。

 電話の相手は俺が長らく続けているバイト先の特別仲がいい友人であり、電話の理由は風邪の心配であった。妹に引き続きだな。

 こうするとまるで俺が人望の厚い奴みたいに見えるが、実際は異世界に転移する前、俺はバイトのない暇な日をこの友人とゲームで過ごすことがあり、確かこの前日は寝込んでドタキャンした覚えがある。

 丸一日経って、生存確認を取ってくれたのだろう。

 申し訳ないな。


 体調が戻っていることは伝えたが、セシリアのこともあり、しばらく一緒には遊べないというのも同時に伝えさせてもらった。


 現実世界に帰ってみると、自分が如何に突然呼び出された人間であったかを思い出す。

 セシリアのことも大事だが、俺の私生活も戻ってくる。徐々に感覚を取り戻さなければならない。



 その後、セシリアたちと合流し、改めて水瀬と別れる。心なしか思い詰めたような表情をする水瀬が気になりセシリアを見たが、セシリアはむしろご機嫌な様子で、ゆらりゆらりと横に振れている尻尾が見えるかのようだった。試着の余韻だろうか。


「帰りはちょっとあそこに寄るぞ」


 そう言って普段着になるものも適当に最低限だけ買っていく。

 そんなこんなでそれなりに荷物も嵩張ってきたところ、マークイズ静岡をあとにしたのは、時刻が夜六時を過ぎた頃だった。


 まだ助手席への乗り方が不慣れなセシリアの苦戦する姿に軽く微笑み、腹の具合を確認しようと声を掛けようとしたのだが、


 間髪入れずにググゥと鳴いた。

 どこが? 腹が。誰の? セシリアの。


「………!」


 恥ずかしそうにガブリガーを抱き寄せるな。


 やれやれと苦笑してしまったところで、現実世界に帰る前から決めていた『帰ってきたら絶対に食べたいもの』を求め、俺は車を走らせたのだった。

 次回、女騎士、飯を食う、である。




(第三話 女騎士とごはん へ)

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