第二話 女騎士、服を買う
Chapter.4 車
後から気付いた話だが、召喚される前の時間軸に戻るということは、俺の肉体だけ三年分若返るということのようだ。服装やら記憶はそのままなわけだが。
異世界では一個年下のセシリア。いまは俺の二個上になったのか。
……………。
いや、だからってくん付けは許さねえよ。
「こちら綺麗になりました! タクヤ殿」
「ご苦労。こっちももう終わるよ」
方針が決まると俺たちの行動は早い。異世界から持ち帰ってしまった土汚れを簡単に掃いたところで、ついでに部屋片付けも済ませると、ふぅ、とようやく休憩した。
「時間はまだあるな」
時計を見る。午後三時前か。旅の頃は無精髭を撫でる癖が付いていたが、いまの俺の顎はつるつるで、意外とセシリアもすぐ気付くぐらいには俺の面構えもだいぶ変わっていたんだろうなと思った。
収納棚を開け、衣装ケースからパーカーを取り出す。
「このあと出掛けるから、セシリアは上脱いでこれ着てくれ」
ぽいっと投げ渡すとパシッと的確に受け取る。
地味に女騎士の素養を見せてくる。
「出掛けるなら鎧は装備していたほうがいいのでは?」
「むしろそれで出歩かれると困る。大丈夫だよ、剣もこっちで預かるから」
手渡されたセシリアの長剣を収納棚のなかに立て掛ける。雰囲気が物々しいなコレ。
冷静に、犯罪だ。銃刀法違反。所持が認められるのは登録された日本刀だけで、西洋剣に近い見た目をしている異世界産の剣は当然ながら認められない。バレたら罰金か捕まるか、だよな。
セシリアの大切なものである以上、手放すことも出来ないわけだし。
異世界に俺がいたのとはまるで訳が違う。
ここでは不都合が多すぎる……。
とりあえず、彼女の装備品などはここに隠しておくことにした。考えても仕方ないのは事実。法律的にグレーな発言だが、バレなければ、問題を起こさなければいい。
目下、買い物に出るため、セシリアには鎧を外してもらう。
上着は俺の洗濯済みのパーカー。腰から下は庇えないが、もともとセシリアはショートスカートになった腰当て。パーカーの裾で隠せばそれほど目立つような姿にもならない。
「……………。すん」
セシリアが怪しい動きを見せたので容赦なく消臭剤を追い討ちする。
「つめたっ」
「人の服の匂い気にすんなよ」
「いや、仕方ないじゃないですか……!」
恥ずかしそうにもじもじしないでくれ。
……洋服買い揃えるのが最優先だな。
それと、セシリアは気にすることもないだろうが(※気にする文化がない)、俺はパーカーしか持っていないので自然とペアルックみたいな形になる。別のブランドの別の色のパーカーをわざわざ引っ張り出したけど、なんかな、なんだかな。
複雑な心境だ。別に嫌なわけじゃないんだが、良いと肯定しても俺がキモい奴になる。まるで自分からセシリアにペアルックさせたみたいな……。
いややめろやめろ。
気にしなきゃいい話だとは思うが、なんかな、なんだかな!
……なんでこんな苦労してんだ?
シュッ。
「いまそれ必要ありました!?」
「これは腹いせのリ○ッシュ」
しかし水飛沫を完璧にかわした女騎士のせいでフラストレーションは下がらなかった。
♢
その後、アパートをあとにする。玄関から外に出た時点で感動するセシリアを見て俺はつい苦笑してしまいながら、全てが見るも初めてな彼女の手を引くように駐車場へと向かった。
なお地方は車がないと色々厳しい。俺のプライドのなさを象徴するような中古車の軽を大事に使っている。
「お前そんな鼻良いほうだったか?」
「なんかこっちは匂いが強いんですよ」
助手席に案内すると、すんと鼻を動かすセシリアに俺は弱る。他人の車に初めて乗った時のうっと感じる独特の匂いは俺も馴染みがある感覚なので、いざその役回りが自分に来たかと思うと不安になってしまうところだ。
セシリアの顔色を心配そうに見る。
「慣れました」
「そうか?」
とは言っても無理されたところで気分良くはない。手元のスイッチを操作して窓を全開にすると、今度は突然開いた窓ガラスに面食らうセシリアの姿があった。
「まあ、じゃあ、発進するぞ」
シートベルトを付けさせてエンジンを入れる。「ぉぉおっ」と小さな声で驚き続けるセシリアが面白くて、景色を見る姿は大型犬か幼女で、同時に暴れたりしないかと怖くなってしまいながら、俺は車を運転した。
向かう先は大型ショッピングセンター。
『マークイズ静岡』を目的地とする。
……――と、道中はカットしようとしたが、
「き、気持ち悪いですタクヤ殿……なぜ止まったり走ったり……」
「頼むから吐かないでほしい。遠く見つめろ。あと止まるタイミングは信号機を見て覚えてくれ。そうしたらだいたい分かるから」
「へぇっ? しんごうき……? ウプ」
「分かったコンビニに一回止める」
「こんびに……? うぅ、ここはどこれしょぉ……」
車はまだ早かったみたいで、慣れない景色の移り変わりと発進、停止、カーブの感覚を掴めていないうちに酔ってしまったようだ。
幸いにも乗れないわけではなく、気分が上がりすぎていてのようだが。
「ふう……落ち着きました。すみません」
「いや、俺も悪かった」
オレンジジュースのペットボトルにすら温度と飲み口と味に新鮮な反応を見せるセシリアだ。
自分が当たり前に思っていることをそれ以上に噛み砕いて丁寧に説明してやらないと、『ヤバイ』ということを再確認した。
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