Chapter.3 プリン

 分からない。セシリアのことが分からない……。妹が関係している気はするが、じゃあなんだ? 嫉妬?

 直接聞くのは野暮になりそうだが……。


「ちなみにあれは妹だよ」

「……………あ、なるほど……」


 納得はしたらしい。なんなんだ。お前は俺のなんなんだ。別に嫌なわけじゃないけどさ。

 相手にするのもやや疲れ、必要以上には突っ掛からずにセシリアを手招きで寄せる。


「とりあえず靴はこのスペースで脱いでくれ」

「? 何故ですか?」

「そういうもんだからここでは。……詳しい話はまたするけど、帰る帰れないは置いといて、こっちの世界にいる限りは俺に従ってほしい。こっちの世界はややこしいから、勝手にされると俺は守れない」

「……はい」


 これは本当に分かってる顔だな、安心出来る。

 よし、と頷き、玄関先で装備を外すのに手間取るセシリアを横目に廊下を見る。


 ……汚れすぎだな。これは、拭くのけっこう面倒くさいぞ……。


 現実世界に帰ったことで色々なことも思い出せた。大学もバイトもそれなりに予定がある。食料の備蓄も少ないんじゃなかったか? だから当時の俺が寝込んだ時、妹が来ることに繋がったのだと思うし。


 現実世界に帰還したら、真っ先に風呂入ってなんか美味いもん食って、寝て、しばらく惰性的に過ごしたら、折を見て社会復帰しようと思っていた。とりあえず、セシリアをどうする? 放っておくことは出来ないから、面倒は見る。俺は同世代より貯金があるほうだと思う。セシリアのために使うのは惜しくない。

 だけどそこからどうする? セシリアは帰れるのか?

 ……難しいな。いまは考えたくないな。


「脱げました」

「ありがとう」


 とりあえず、セシリアを嫌な気持ちにはさせないようにしたい。


「せっかくだからこれでも食うか」

「?」

「ちょっと待ってろ」


 俺は台所へと行き、コンビニ袋から取り出した三個パックのプリンとスプーンを二つ手にして戻る。セシリアに声をかけてリビングへ移動し、ローテーブルに着かせると俺も対面に座った。


「こちらは?」

「プリンだよ。知らないだろ」


 得意げになって俺は言う。

 プリンは俺の好物なのだ。


「あ!」

「え?」

「随分前に話してましたよね?『コッチにはない俺の好物』って」

「そうだっけ……」

「覚えてないんですか?」

「俺記憶力そんなに良くないからな」

「ふふん、ダメですね!」


 な、なんだこいつ……。

 セシリアにやれやれとされる日が来るとは。

 イラっと半分、ちょっと面白くてにやけ面半分でプリンを取り分けて開け方を教える。


「私も食べてみたいと思ってました」

「俺も食べさせたいと思ってたよ」


 セシリアの反応を楽しみに思いながら、掬われたスプーンの先にあるプリンが口へ運ばれるのを見届ける。


「……!」


 ファーストインプレッションは良好。目をキラキラさせてる。味わってくれているみたいだ。好感触か? 苦手ではないようで、ホッとする。良かった。

 ゆっくりと、口の中でとろけるプリンを舌で転がしている様子のセシリアが、頬に手を当てて至福そうにする。


「美味しすぎませんか……?」


 うん。だろう? 一個あたり百円もしないのに。異世界で言えば銅貨一枚なのに(嬉しい)。

 セシリアが期待通りの反応をしてくれるもんだから、俺も嬉しくなってくる。


「あまい……甘いです、頭領」

「うむ」


 俺も久々に食べるけど美味しい。一人で食べても十分味わえるものだが、やはり目の前にセシリアがいる分か、絶賛してくれているのもあって記憶以上に美味しく感じられる。正直に言うと、楽しかった。


「余りの一個も食べていいぞ」


 ぱあっと笑顔で喜ぶセシリアは、やはりシベリアンハスキーみたい。ぶんぶんと振り回される尻尾が見える気がする。

 ……………。

 意外と、悪くないのかもしれない。

 セシリアにこの世界のことを教えるのも。



 俺が、セシリアの好意に応えられない理由は複数あってだな。

 第一に離れ離れになると思ってたこと。まあ、何故かいまも一緒にいるわけだが。

 次に、セシリアが俺に抱いている理想があまりにも『英雄的』すぎること。俺はそんなに立派な人間じゃない。それが露呈するのも怖い、っていう、ヘタレ心は正直ある。

 最後に、どれだけ美人でも、セシリアとは良き友人でいたい。そんな仲間意識が俺のなかで大きい。


 それは、きっと変わらない気がする。我ながらつまらない性格だ。だからそんな男と一緒にいて、セシリアが楽しいのかも謎なんだが。


「……とりあえず、帰る手段は探してみるよ」


 空になったプリンの容器を重ねて、使い終わった二振りのスプーンをそのなかに。

 糖分で脳を養った俺は、折を見てそう切り出した。


「だけど正直に言うと可能性はない。考えられるのが王国側で転移魔法陣を再起動してくれるとか、トーキマスが転移魔法陣を発明するとか……まあ、待ちの状態になる」


 転移魔法陣の起動は膨大なコストが掛かるはずだから、正直望み薄ではあるのだが、セシリアの転移はいわば事故で、英雄崇拝に舵を取った王国がその仲間の不慮の事故に動かないわけにもいかない。


 トーキマス……は俺のパーティメンバーの一人、至高の大魔術師なのだが、別れの立ち会いで本物の転移魔法陣を見たあいつなら自力で開発する可能性がある。仲間が困っているんだから、それくらいはやってほしいもんだ。

 まあ、結局、他力本願。それはあまりにも歯痒い。


「はい」


 セシリアが頷く。お前はどうする、とかどうしたい、は聞いたところで彼女にとっての異世界だ。俺が召喚された当時のように、ある程度決められてしまったほうがいい。


「だからセシリアにはここで生活してもらう」

「この部屋ですか?」

「うん。そうなる」


 室内を見渡す。俺の家は八畳の洋室と廊下、キッチン、風呂トイレ別の物件。それなりに生活感はあるが、汚れているわけでもないし物も少ない。少し整理すれば二人でも住める。

 きょろきょろと部屋中を見渡すようなセシリアに、俺は不満げな目を送る。


「いまさら同室なんて気にしないだろお前」

「それはそうですけど……はあ、まあ」


 調子を崩される。なんでちょっと顔赤いんだよ。意識するんじゃない。似たようなことは別に旅の間もあったただろ。

 深くため息を吐きながら。


「頭領はそれでいいのですか?」

「俺のことは気にしないでいいよ」

「それは無理です」

「んん……まあそうか。セシリアなら大歓迎だよ、俺は」


 頬を掻いて少し照れる。実際、複雑な話を全部置いておいて、現実世界にセシリアが来てくれた、と思うなら楽しみになる気持ちも強い。


 プリンの話もしたことがあるように、セシリアにはこの世界の話を何度かした覚えがある。その時のセシリアの食い付きっぷりは妙に記憶しているので、自慢した覚えのある食べ物や施設には全部触れさせてやりたいとも思う。

 そうか……気休めにしかならないが、


「待ってる間、ぱあっと遊ぼうぜ、セシリア」


 どうせ考えても解決しないのなら、こっちのほうが随分と俺たちに合ってる気がする。

 今後の憂いを吹き飛ばすように、俺が笑顔でセシリアにそう言葉を掛けると。


「はい! 分かりました! 頭領!」


 見るからに嬉しそうな顔をして答えるセシリアに、俺も自然と口許が綻ぶ。


 この人生、一生異世界での思い出に縋り付いて灰色に過ごす覚悟もしていたが……。


 正直、本当に素直に言うと、いまの状況は少しだけ嬉しくもあった。

 本当は寂しかったのだ。まあ、俺の言葉のせいで巻き込んでしまったようなものでもあり、この感情を正直に伝えることは、きっと、ないと思うのだが。



「――とりあえず、頭領って言うのこの世界では辞めるか。不自然だし」

「そうですか? そうですね……」


 考える素振りを見せるセシリアが、俺の顔をじっと見つめる。


「え……じゃ、じゃあ、タクヤくん……?」


 ……………。

 それは、なんでだよセシリア。




(第二話 女騎士、服を買う へ)

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