第6章 第112話

「偉大なる『マイゴウ』、『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』は、その英智をもってこの『都』を整え、自らは地下深くの採掘場と、ごくたまにこの『都』の深層に現れて、必要に応じ、外科的手法によって遺体の処置やその他人間ではとうていかなわないいくつもの偉業を成すのです。今もまさに、私の脳をケシュカル少年の中枢神経に繋ぐ処置を施したところでしたが、あなた方が近づくのを察した『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』は、お隠れになってしまいました。彼らは大変に臆病で、人見知りで、恥ずかしがり屋なのです」

 ケシュカルの口と声で、貴き宝珠マニ・リンポチェは言う。その声はよろこびに満ちているように思えるが、どこか空虚さも感じる。

「お隠れになったとは言え、彼らはここで何が起こるか、誰が来たのか、そういったことには非常に敏感で、また強い興味を持っています。今も、我々の計り知れぬ方法で、この部屋の様子をうかがっているはずです」

 なるほど、それか。雪風は、『処置室』及び今居る部屋の中に充満する放射閃オドの正体はそれなのだと、ストンと腑に落ちた。

「つまり、あたし達は監視されてる、って事ね」

 雪風の声は、固い。

「監視とは、穏やかではない物言いですね。彼らは臆病で、しかし好奇心旺盛で、興味を抑えきれていないだけです」

「この縦穴は、その彼らとやらの鉱山で、この『都』ってのはその鉱山をカモフラージュするためにでっち上げた、野次馬を煙に巻くための欺瞞のための施設だって聞いたけど?」

 一瞬、貴き宝珠マニ・リンポチェの表情が固まった。

「……どこで、それを……」

「どこでもいいじゃん」

 雪風の声も、固いままだ。

「別にあたしは、その事を咎めようとかは思ってないわ。あたし達のあずかり知らぬ目的で、あたし達に毒にも薬にもならない範囲で穴掘ってる分にはどうでもいいって思ってる。その上で、そこに興味本位で邪魔する奴が行くとしたら、穴掘ってる方としては邪魔されちゃかなわないから排除しようとしてもそりゃ当たり前だって思うし、その野次馬がどうなっても、それは自己責任だから、あたしは知ったこっちゃないわ」

「……それは、大変に……」

「でもね」

 元の笑顔を取りもどした貴き宝珠マニ・リンポチェが何か言おうとした、恐らくは賛辞を述べようとしたのだろう言葉を遮って、雪風は続ける。

「あたしはね、あたしに縁のある誰かが傷つくようなら、それは絶対に許さない。もちろん、こっちに非がありゃ話は別だけど、だとしても、よ」

 雪風の目に、強い光が灯る。

「あたしの友達が傷つけられたら、それはそれで、絶対に許さないわ」


「……そういう、『人間』のふるまいが、『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』には大変に興味深く、また理解に苦しむのだそうです」

 貴き宝珠マニ・リンポチェは、ゆっくりと話す。

「この『都』の目的の一つは、そういった『人間』のふるまいを研究することだとも聞いています」

「お、恐れながら、王子」

 いくらかマシになったとは言え、まだ青い顔のままのダワが、話に割り込む。

「『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』とは、一体……」

「それは、もしや、我々がまだ知らされていない神の名でありましょうか?」

 ペマも、ダワの言葉を引き継ぐ形で、貴き宝珠マニ・リンポチェに質問する。

「良い質問です」

 ペマとダワに向き直った、ケシュカルの頭の上に載る貴き宝珠マニ・リンポチェの頭部の目元が、にんまりと笑う。

「『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』、あるいは『マイゴウ』とは、この星の外から来た、偉大なる存在。星々を渡る力と、それによって得た英智を持つ、崇高なる存在」

 夢見るような視線を宙に泳がせ、貴き宝珠マニ・リンポチェが言う。

あなたがた・・・・・人類とは決して交わらない発生と発達、進化を遂げた、人類を遙かに上回る知的生命体。あなたがた・・・・・人類が妄想した、人の姿でありながら人を超えた存在である神あるいは仏といった『形なき偶像』とは違う、現にそこにり、目に見え、手で触れ得る、しかしながら全てにおいてあなたがた・・・・・とは違う、異質な存在。人類が未だ存在に気付いてすらいない、遠き惑星ユッグゴットフに住まい、ユッグゴットフから来訪する異邦人」

 貴き宝珠マニ・リンポチェの視線が、ペマとダワに戻る。

「それが、そのようなものが、『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』です」

「え……」

「いや、その……」

 立て板に水の貴き宝珠マニ・リンポチェの説明に、ペマもダワも理解が追いつかない。

「要するに、この地球を含む太陽系の外、外宇宙から来た異星人、地球人類とは出自も生態も全く別にする、異性生命体。そういう事でしょ?」

 21世紀の最新の科学知識に裏打ちされた雪風の理解力は、貴き宝珠マニ・リンポチェの説明を簡潔にそうまとめる。

「その通りです。流石は『福音の少女』、聡明でいらっしゃいますね」

「分かんないのは」

 貴き宝珠マニ・リンポチェのおべっかを無視して、雪風が続ける。

「『菌類Fungi』って一言よ。『ユゴスキノコ』とも言うんでしょ?もしかしてなんだけど、粘菌か何かの一種なの?」

 『ユゴスキノコ』の一言に、一瞬だが明らかに気分を害した眼差しを示した貴き宝珠マニ・リンポチェは、しかし、すぐに元の調子で答える。

「……さてはモーセスですね?なるほど、先ほどの件も……ええ、おおやけの場でこそ言いませんが、彼が個人的には『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』をそう呼んでいることは承知しています。そして、その通り、『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』は、その名の通り、この地球上で一番近いのは菌類、カビ、キノコ、粘菌、どれも多少なりとも他の動植物よりも近いというだけですが、そうです、体を構成する組織としては、そういったものが一番近い、それは間違いありません」

「興味深いわね」

 雪風の片頬の口角が、少しだけ、上がる。

「カビやキノコの類いが知性を持っちゃいけないとは言わないし、実際に粘菌はビックリするくらい頭いいらしいけど、実に興味深いわ」

「彼らからすれば、この地球上にはびこる数多あまたの生き物に、同様の興味を感じているのだそうです」

 両手を広げ、満面の笑みで、貴き宝珠マニ・リンポチェは頷き、答える。

「独立した脳を持ち、個としての意識も独立し、それでありながらその多くは集団を構成し、統一された思考もなしに、ある程度まで統制された社会行動を行う。『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』から見れば、その究極形態たる人類は、大変に興味深く、理解しがたく、そしてまたそれが故に大変に怖ろしい存在なのだそうです」

「光栄なことだわ」

 雪風の口角が、さらに上がる、皮肉そうに。

「外宇宙からの高度に知的な訪問者に、正しく恐れられるとは、土着の原始生命体としては光栄の極みだわ」

「その通りです」

 貴き宝珠マニ・リンポチェは、漫然と頷く。

「土着の、生命体としては決して強靱でも強固でもない、しかしながら拡張性、言い換えれば応用に長け、道具を使うことに長け、アンバランスなほどに戦闘力も高い、そのような生物は、あらゆる意味で正反対の『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』からすれば脅威であり、また驚嘆に値するものなのです」

――こいつ、これっぽっちも皮肉が通じてねぇな……――

 雪風は、内心そう思いつつも、そろそろ頃合いだと、聞かなければいけない質問を二つ、切り出す。

「じゃあ、その驚異的な土着生物に免じて、教えてほしいんだけど?」

 貴き宝珠マニ・リンポチェは、ほんのわずかに首を傾げて、先を促す。

「まず、さっきからの物言い、まるであんたは『地球人類』じゃないみたいな口ぶりだけど。『ユッグゴットフ由来の菌類Fungi from Yuggoth』があんたを造ったって、言葉通りの意味だって事?それと、もう一つ」

 雪風の目が、わずかに細くなる。

「今、ケシュカルは、どういう状態?生きてるって言えるの?無事なの?」



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本年最初の更新であります。

書き始めた時は、年を越すとは夢にも思いませんでした。

話、佳境に入ってます。もうしばらく、お付き合いいただければ幸甚です。

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