第6章 第106話
――ユキ!今どこ?――
「うわ!」
突然脳内に響いたユモの声に、めいっぱい急いで階段を駆け下っていた雪風は思わずステップを踏み外しそうになった。
「たあったったったっ、とっ、とぉ!」
「だ、大丈夫?ですか?」
そのまま二段抜かしで次の踊り場までどうにか階段を駆け下り、向かいの壁に両手で壁ドンして行き足を停めた雪風に、少し後ろから付いてきていたドルマが声をかける。
「だ、大丈夫、大丈夫、ってユモ?何よ急に!」
――いいから!今どこ!――
「どこって、階段の途中だけど……」
雪風は、肩で息をしつつ、困り顔で周囲を見まわす。
「ユモさん?」
虚空に向かって大声で独り言を始めた雪風を訝しんでいたドルマは――こちらも相当に息が荒い――、ユモの名前が出たことに気付いた。雪風は、そのドルマに頷く。
「念話、って言うんだっけ?何処に居るって聞いてきてるの……だから!ちょっと待って!ドルマさんにも聞くから!」
「……ああ」
何が起きているのか、ドルマは何となく見当がついた。
「もう数段踊り場を通れば、『控えの間』の前室です」
「聞こえた?え?聞こえるわけない?知らないわよそんな魔法の仕組み!いい?もう少しで『控えの間』、だっけ?着くって!」
怒鳴り返すように、雪風はユモに『念話で』現状を伝えている、らしい。ユモの声が聞こえていないドルマには、雪風が突如
「じゃあ、もう着くのね?ドルマさんも一緒って事ね?」
『謁見の間』で、ユモは、目をつぶって雪風に『念話』で語りかけている。
「……わかった。いい?その階段降りきったところが『控えの間』の入り口だから。そこで落ち合いましょ。あ、まだラモチュンさん達居るかも知れないけど、くれぐれも大立ち回りは控えるのよ?じゃあね!」
「……何?」
「いえ、別に……」
「大したことではありません」
何となく目配せし合った大人二人の胸に去来する、恐らくは同じ思い。
――女性の電話とは、少女であってもかくあるものなのか――
「それはともかく、やはり扉は開きませんでした」
モーセスが、小さな金の鍵を懐に仕舞いながら、言う。
「扉の内側に錠らしきものはありませんが、明らかに扉は施錠されています」
奥の間から『謁見の間』に戻った一同は、『念話』で雪風と連絡を取ると言い出したユモを置いてモーセスは『儀式の間』に繋がる通廊への扉を、オーガストは部屋の調度品を一通り調べに散った。
「外から鍵かけられた、って事?」
ユモが、モーセスに確認する。
「そのようです。とは言え、拙僧の持つ鍵で開けられるかどうか。拙僧はここに来たのは先ほども言いましたとおりほんの数回ほど、扉は常に開いておりましたから、鍵を使ったことはありませんので」
「どっちみち、内側にいるんじゃ意味ないじゃない」
「然り」
「物理的な鍵ではないのかもしれませんね」
モーセスに替わって扉を調べていたオーガストが、言う。
「いや、物理的なものだとしても、『ユゴスキノコ』の技術によるものなのかも知れません」
「
ニーマントが、オーガストの意見に自説を被せる。
「どっちでもいいわよ」
ユモが、肩にかけていた
「力尽くでぶち抜いて、こじ開けてやるんだから」
ぎょっとして、中年男二人は、自分の身の丈程もある旧式ライフルのボルトを引く少女を見た。
「いや、お待ちください」
モーセスは、こんな所で発砲されてはたまらないと、止めにかかる。
「危険です、第一、その銃で抜けるドアとは……」
オーガストは、物理的なあれこれを心配して、やはり止めにかかる。
旧式とはいえ、大口径大重量の弾頭を長銃身から黒色火薬で放つ単発ライフルの反動は並大抵では無く、実際にそれを撃ったユモが尻餅をつくのもオーガストは見ているし、そもそも、その弾丸で抜けるような
「大丈夫よ」
慌てる大人二人を尻目に、ユモは右手で左腰の
「撃つのは実弾だけじゃないもの」
言いながら、ユモは
特徴的な翼型
「見せてあげるわ。特等席のかぶりつきで。『神鳴る剛弓』の呪文を!」
「どっこいしょ、と」
ただでさえ自分の身長とほぼ同じ長さの、しかも刃渡り45センチを超える長大な旧式
「大丈夫ですか?」
オーガストが、元々は自分のものだったプロイセンの小銃を持て余しているように見える小柄な少女に、思わず声をかける。
「大丈夫に決まってるでしょ?見てなさい……」
言って、ユモはもう一度深呼吸し、呪文を、
「
複数の
「……偉大なる魔法使いマーリーンに連なる我、ユモ・タンカ・ツマンスカヤは、今ここに精霊を使役し、我の思いを成し遂げんと欲す。精霊よ、かりそめの大地持ちて遅れる事無く現れ出ちて、我が
言うが早いか、
「なんと……」
「これは……」
「次!」
感嘆の声を漏らすモーセスとオーガストに目もくれず、ユモは呪文を続けて唱える。
「精霊よ、かりそめの大地持ちて、我が
ユモの声に合わせ、小ぶりな光の輪が
「なるほど……」
その光の輪が、よく見れば輪の中に複雑な魔法陣の描かれたそれが何を目的にしたものかを理解して、オーガストは呟いた。
「重量も反動も……」
「そういう事」
ユモが、
「あたしは、同じ失敗は繰り返さないの。あたしの体格と筋力が足りないなら、魔法で補えばいい。あたしなら、それが出来る。だってあたしは、大魔女リュールカの娘、いずれ大魔女になる魔女見習い、ユモ・タンカ・ツマンスカヤだもの!」
「この『かりそめの大地』の
ニーマントが、口をはさむ。
「エーテル場を通じて他次元の『負の質量を持つ精霊』を呼び込み、この次元の『正の質量を持つ精霊』と良い按配に配合して重力を遮断、あるいは吸引、反発する、そういう
「負の質量?」
オーガストが、怪訝そうに聞き返す。
「そんなものが……」
モーセスも、驚きを隠さない。
「相対論とは、矛盾しないのだとユキカゼさんが言っていらっしゃいました」
ニーマントが、付け足す。
「正とか負とか、どうでもいいわ!」
ユモが、ぴしゃりと言い放つ。
「そのうち誰かが、エーテル宇宙論だか物理学だか体系化するでしょうけど!正だろうが負だろうが虚だろうが、魔法使いにとっては……」
何かに気付いて、ユモは言葉を切った。
「……虚?質量が、虚?」
「虚が、どうかしましたか?」
ニーマントに聞かれて、ユモは小さく
「いいわ!後で考える!精霊よ!」
ユモは、気合いを入れ直して、
「
ユモの回りに、今までは明らかに違う、不定形の魔法陣が描かれる。
「……ふぁむ・ある・ふーと……」
その魔法陣は、上へ、あるいは横へ伸びようとして、ユモの四方と頭上の五芒星に遮られ、抗うようにのたうつ。
「……なふるたぐん いあ! くとぅぐあ!」
「精霊よ!『生ける炎』用いて光の弾丸と成し、我が示す的を射抜け!」
バヨネットの先端の光球が、
『謁見の間』の扉に狙いを付け、翼型セイフティを解除し、引き金を引きながら、ユモは呪文の最後の一節を声高に唱えた。
「
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