第6章 第105話
「いかに
ニーマントの問いに直接答えず、モーセス・グースは『謁見の間』の奥に歩みながら、言う。
「ですから、この『謁見の間』には、
モーセスは、入り口の扉から見て真正面の壁に手を当てる。
「このように、この壁は全くもって奥に部屋がある事など気取られない作りになっています、見える所にドアなどありません」
そのまま、モーセスは右手方向に移動し、壁の左右を飾るカーテンの隙間に手を入れる。
「そのかわり、ここに、入り口があります」
カーテンをまくり上げ、モーセスはその入り口を示す。幅1メートルに満たないその入り口は、なるほどカーテンに巧妙に隠され、知らなければ気付く事は難しい。
モーセスの視線に促され、ユモとオーガスト――と、ニーマント――は、モーセスに歩み寄り、モーセスがまくったカーテンの隙間から先を覗き込む。
「そして、この奥の間には、
ユモとオーガストは、見た。
そこに、年老いた男が一人、微動だにせず立っているのを。
「……ご紹介が遅れました。彼こそは
その名を聞いて、ユモは身を固くし、オーガストの眼光が鋭くなる。
「
「え……?」
ユモは、モーセスの説明を咀嚼しつつ、違和感を覚える。
「先代の、
唐突な紹介に、どう対応したものか戸惑ったオーガストは、とにかく一度脱帽し、軍帽を胸に当てる。
当てて、会釈するが、
「……ミスタ・グース、聞いてもよろしいですか」
「何なりと」
ニーマントの問いかけに、モーセスが頷いて答える。
「この
「……それだわ」
薄気味の悪い違和感の正体を得て、ユモが呟く。
「でも、どういう事?」
ユモも、モーセスに問いかける。
「確かによく似てるけど、どう見てもこの
ユモは、腕を組んで、言う。
「ユキなら、きっとこう言うわ。『加齢臭を除いて、同じ匂いがする』って」
オーガストとモーセスは、思わず苦笑する。
「いやはや。しかし、流石は『福音の少女』とそのお付きのニーマントさんです」
苦笑しつつ、モーセスが答える。
「そう、
「それは、一体……親子、というならまだ分かるのですが」
オーガストが、感想を差し挟む。
「然り、親子と言えなくもないですが、その意味では兄弟と言った方が良いのかも知れません」
「拙僧も、詳しい事は存じ上げないのですが。何しろ、
「要するに、面白がってるのね、『元君』は」
ため息交じりで言ったユモに、モーセスは苦笑で答える。
「……
「……ねえ、この人、これで『生きてる』のかしら?」
微動だにしない
「生きてるなら、今のあたし達の会話も、全部聞いてるはずよね?」
「それは、そうです」
モーセスは、頷いて答える。
「そしたら、さっきみたいに、ここのエーテルをあたしがかき混ぜたら、何か起こるかしら?」
「それは……」
モーセスは、答えに詰まる。
「……この
オーガストが、ユモに聞いた。
「有り得る話、て言うか、あたしが『このシステム』を作ったなら、間違いなくそうすると思う……さっき、下の部屋のエーテルをかき混ぜた時からずっと思ってるの。出来の悪い半自律型
「あたしの
ユモは、くるりと振り向く。
「
ユモは、
「主人と繋がってないと途端にぎこちなくなったり、最悪停まっちゃったり、そういうところが、ね」
「
オーガストが、呟く。
「……
19世紀中盤の人形作家、ピエール・ジュモーは、ビスクドールを芸術の域に引き上げた創始者であり、後年、『オートマータ』と呼ばれるオルゴール仕掛けの『
「あたしの名前の由来のひとつ、らしいわ」
流石ね、よく知ってるわね、そんな目つきで、ユモはオーガストに微笑んでみせる。
「綴りは、違うけどね」
「なるほど、それで納得がいきます」
ニーマントが、言う。
「つまるところ、彼らは皆、どこかの誰かに集中制御されている、半自動の操り人形である、そういう事ですね?」
「そんなところでしょうね」
フンスと鼻息荒く、ユモはニーマントに同意する。
「ある程度の自律性はあるみたいだけど。何の事はない、根本的なところで下男下女の造りと大差ないって事よね。悪趣味だったらありゃしないわ」
「操り人形、ですか」
やや硬い声で、モーセスが呟いた。
「言い得て妙、ですね……なるほど、『ユゴスキノコ』の、操り人形。得心がいきます」
呟いて、視線を
「あくまで『ユゴスキノコ』が安泰である為の、擬装、カモフラージュとしての『都』であるならば。その運営も、意思決定も、『ユゴスキノコ』の意思を反映したものになる……」
ユモとオーガストに振り向いたモーセスの顔は、どこか自嘲的な微笑みを浮かべている。
「……拙僧は、この『都』においては最高位であっても、運営に携わる権はなく、また拙僧も携わる気は毛頭ありませんでした。それは、拙僧はあくまで『元君』の眷属であったが
モーセスの視線は、ユモに注がれる。
「……昨今、この数年、その安泰も揺らいできているようにも、拙僧には感じられました。そう、チェディが、テオドール・イリオンが来たのもその証であったのでしょう、昨今、時代が急速に動くにつれ、『都』の
「止めてちょうだい」
眉根を寄せ、唇をとがらせ、腰に手を当てたユモは下からモーセスを
「あたしは、あたし達は、そんなたいそうなものじゃないわ。あたしとユキは、ただ
「そうでありましょうとも」
ユモの胸元から、相槌を打つ声。
「ユモさんとユキさんに関する限り、まさしく、その通りでありましょう。しかし、当の本人がそう思うことと、周りから見た、感じたその影響力というのは、これまた往々にして大きく違っているもの。そうではありませんか?ミスタ・モーリー?」
「まあ、その通りですな」
オーガストは、ニーマントに同意する。
「お二人がいなければ、私はここには居ないし、そもそもこの十年、文字通り存在してすら居なかったでしょう。このような姿に成れ果てたとしても、今ここにこうして存在する、この
「……ったく、もう……」
ユモは、片手で顔を覆い、横を向く。
「大の大人が
指の間からその大人達に視線を向けるユモの目は、しかし、まんざらでもなさそうでもある。
「で?この魔女、ユモ・タンカ・ツマンスカヤをおだてそやして、一体何をさせようって言うのよ?」
「言うまでもありません」
モーセスが、岩のような顔に柔らかい微笑みを載せて、言った。
「ドルマとケシュカル君を救い、『都』の求道者達を救う、そのお手伝いをしていただきたく、拙僧、切に願う次第です」
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