第5章 第73話

「あたしも、ちょっと聞いていいかしら?」

 ユモが、軽く手を上げて、聞く。

 鷹揚おうように頷いたモーセスを見てから、ユモは続ける。

「いくつか聞きたいんだけど……まず、『奉仕種族』って奴のこと。あんたも説明出来ないって、それはまあいいわ。聞きたいのは、その細胞とやらをどこから持って来てるのかってのと、『この都の中枢』って言ってたわよね、その意味。まずはそこから教えてくれない?」

 段階を追って、ユモは説明を求める。

 もう一度、鷹揚に頷いてから、モーセスは語り始める。

「『奉仕種族』というのは、ある意味で総称です。個体によって特徴に差がありますし、拙僧も全てを知るわけではありませんし、その成り立ちなども詳しくは知りません……」

 何かを決意するかのように、一度目を閉じたモーセスは、改めて目を開く。

「……ここまでお話しするつもりは無かったのですが……『奉仕種族』は、この『都』と言いますか、本来は『研究兼採掘目的の坑道』のようなものだと聞きますが、これの建設を計画した『造物主』が、文字通り自らに奉仕させる目的で作った、万能の人工生命体なのだそうです。大地に深く穴を穿ち、網目のように横穴を掘り、地の底から湧き出るエナジーを利用可能な性質に転換し、空調、動力、照明、その他の供給と排出など全てを任せる為に、この星に芽生えた原始生命を元に作り出したのが『奉仕種族』であり、それら雑事は全て『奉仕種族』に任せ、自らは研究に没頭したのが偉大なる『造物主』……今はもう、全ての『造物主』は活動を停止していらっしゃいますが……」

 モーセスは、一同を見まわす。

「『造物主』、ですって?」

 モーセスがあえて話の区切りを付けたのを読み取って、ユモが聞いた。

「そうです。『造物主』です」

「『神』ではなく?」

 オーガストも、自分の信仰とのせめぎ合いもあって、質問を重ねる。

 ゆっくりと、モーセス・グースは頷き、答えた。

「ペーター少尉殿が発掘された、正体不明の化石。あれこそが『造物主』そのものです」


「……え?」

「……それって……」

 ユモと雪風が、小さく驚きの声を漏らす。

「どういう事ですか?」

 ナチス発掘隊の監視が目的とは言え、発掘物の内容までは把握出来ていなかったオーガストが、ユモと雪風に聞く。

「キャンプから盗み出された荷物の事です、棺桶くらいのサイズの奴。あれ、中身、正体不明の、ウミユリなんだかウミウシなんだかよくわからない生き物の化石、だった、んだけど……」

「ああ……」

 オーガストは、思い出す。確かに、チベット人の人足が担いでいたのは、そのような大きさと形状の木箱であった、と。

「化石ではなく、仮死状態の、『造物主』、『いにしえの支配者』です」

 モーセスの声に、オーガストは振り向く。

「人類よりも遙か昔、この星に降り立ち、この星を支配した高度に知的な、偉大なる生命体。その英智は留まるところを知らず、しかし、異星環境の為か種としての衰退には逆らえず肉体は弱体化し、予想し得なかった『奉仕種族』の反抗と、外敵である『ユゴスキノコFungi from Yuggoth』の来襲もあって絶滅に瀕した、それが『古の支配者』です」

「『ユゴスキノコ』?」

「『奉仕種族』の反抗?」

 ユモと雪風が、それぞれに聞き返す。

「この太陽系の外縁部に属する、人類が未だ未発見の惑星『ユゴス』。そこに前進基地を置き駐屯する、『造物主』とは相容れない別種の知的生命体、発達し、社会性を持つに至った菌類、それが『ユゴスキノコ』。彼らは、一部の『奉仕種族』が反抗し、この影響もあって勢力の弱まっていた『造物主』を駆逐し、この星にいくつかの拠点を設けました。この『都』も、その一つです」

「待って、ユゴスって……」

「え、ちょ、ま、理解が……」

「『ユゴスキノコ』……もしかして『ミ=ゴ』の事でしょうか?」

「知っているの?オーガスト?」

「ええ、イタクァに連れられて、ほんの短い間ですが、ユゴスは見聞しましたので……『ミ=ゴ』と接触こそしませんでしたが……薄桃色の体を持つ、甲殻類にも似た有翼の生命体、ですか?」

「なんと……」

 オーガストの問い返しに、モーセスは絶句する。

「……『ユゴスキノコ』、『マイ・ゴウ』あるいは『ミルゴン』とも呼ばれます……何故、オーガストさん、貴方はその事を御存知なのですか?それに、イタクァとは……そもそも、貴方は、いや、あなた方は、一体……」

「……私は、オーガスト・モーリー、米陸軍軍医中佐、そして」

 オーガストは、背筋を伸ばし、言った。

「ミスタ・グース、貴方同様に、脅威の深淵を、ほんのわずかですが、覗いた者です」


「ちょっと!オーガスト!」

「うわ、言っちゃった」

 テーブルに両手をついて身を乗り出すユモ、困り顔で体引き気味の雪風。

「何で言っちゃうのよ!」

「言っちゃって良かったんですか?」

「ミスタ・グースがこれだけ胸襟を開かれているのですから」

 オーガストは、凜とした顔で、答える。

「軍人として、医者として、紳士として、これに応えないわけにはいかないでしょう」

「ご立派な心掛け、感服いたします」

 モーセスは、手を合わせて軽く頭を下げる。

「……たくもう、男ってのはほんとにもう……」

「そういうの、嫌いじゃないですけどね」

 ユモは唇を尖らせ、雪風は苦笑する。

「……いいわよ、もう。多分、その方がこの先話し早いだろうし。腹決めたわ……モーセスさん、あたしとユキは、ここに来るまで、いろんな所をそれこそたらい回しに見てきたし、オーガストがそういうものだってのも知ってたし、なんならそうなったところに居合わせたの。その全部を話すわけにはいかないけど……」

「……プライベートの事は、ちょっと、まだ話せない事もいっぱいありますけど。でも、この手の話についてなら、多少の事なら聞いて驚かない程度には色々経験してるって事で」

「私の事も、お話ししておいた方がよろしいのでは?」

 胸元から聞こえた声に、ユモはペンダントを見下ろし、雪風もそちらに振り向く。

「……今の声は……」

 モーセスも、聞き覚えのない声が聞こえた方を見るが、そこにはユモしか居ない。

「あんたねぇ……もう。いいわよもう。モーセスさん、あたし達がいろんなもの見て、知って、体験している証、いろんな所をたらいまわしされてる元凶、あたしの所有物にして時空跳躍タイムリープの元凶、エマノン・ニーマントよ」

 言いながら、ユモはワンピースの胸元からペンダント、まるで自ら輝くかのような水晶球と、全く光を反射しない漆黒の輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロンを引き出し、首にかけたまま指先で少し前に出してアピールして見せる。

「ですから、私は選ばされているだけだと……」

「とはいえ、時空跳躍タイムリープの原因、というか発動システム?である事は間違いないですよね」

 ユモの紹介に抗議するニーマントを、苦笑したまま雪風がやんわりと牽制する。

「……これは……」

「まあ、驚かれるのも無理はありませんな。私も、最初は大変に驚きました。何しろ、しゃべる宝石ですから。」

 オーガストも、苦笑する。

「しかし、彼が立派な紳士である事は、この私も保証します」

「恐縮です、ミスタ・モーリー。改めまして、ミスタ・グース。只今ご紹介にあずかりましたエマノン・ニーマントです」

 ニーマントの、落ち着いた声が、全員の耳に届く。

「私自身が何故、このような形であるかは私自身にも全くもって分からず、ご説明出来ないのが大変心苦しくはありますが、以降、よろしくお見知りおきを」


「……何とも不可思議な。しかし、得心はいきました。ユモさん、ユキさん、あなた方は、拙僧の想像する以上の……」

 身を乗り出して、モーセスは言葉を絞り出し、そして、言葉が見つからず、絶句する。

「今更隠してもしょうがないから言うけど、あたし達は少し前、オーガストと一時期一緒に居たわ。そしてそれは、あたし達には『少し前』だけど、オーガストにとっては『十年前』。あたし達はそれ以外にも、このニーマントに連れられて、ちょいちょいいろんな所に行っては消えてを繰り返してる、それ以外は悪いけど教えられないわ、いい?」

「油断すると色々とめんどくさい逆理パラドックスが発生しちゃうと思うんで、すみません」

 一言釘を挿したユモを引き継いで、雪風が補足し、てへっと頭を下げる。

 その一言で、モーセスは理解し、オーガストも再確認する。

 この『福音の少女』達は、我々が知るはずのない歴史を知っているのだ、それが故に、たまに妙に口が重かったのだ、と。

「……承知しました。では、立ち入った事はお聞き致しますまい。ましてや、ご婦人方のプライバシーにつきましては、拙僧、神にも仏にも誓いまして」

 そういって、モーセス・グースは片目を瞑る。それは、チベット寺院のラマではなく、その人格の奥底に潜む、悪戯好きなイギリス人としての仕草であるように、ユモと雪風には見えた。

 椅子に座り直したモーセスは、ひとつ深く息を吸ってから、話を再開する。

「さて。話を戻しましょう。『造物主』が『ユゴスキノコFungi from Yuggoth』によって絶滅に瀕した、までお話ししましたか。この『都』以外の地は存じ上げないのですが、この『都』に関しては、この地の底で採掘される鉱物が、『ユゴスキノコ』にとって価値があり、そのために『ユゴスキノコ』はここを欲したと聞いています。しかしながら、この『都』は、特に地底に至る『井戸センターシャフト』とその周囲は『奉仕種族』が管理目的で占拠しています。『ユゴスキノコ』はこの『奉仕種族』を突破する事が出来ず、とはいえ『造物主』も『奉仕種族』を使役してなお『ユゴスキノコ』の包囲を押し返す事はもやは叶わず、最終的に、この『都』つまり坑道を『ユゴスキノコ』に明け渡す代わりに、彼らの採掘が終わるまで『造物主』は休眠し、その管理と保護を引き続き『奉仕種族』が行う、『ユゴスキノコ』が『造物主』に害を及ぼさない限り『奉仕種族』は『ユゴスキノコ』に敵対行動をしない、非常におおざっぱな概略ですが、そのような取り引きが成立したのだと聞いています」

「ねえ」

 ユモが、モーセスが一息ついたタイミングで、聞く。

「『奉仕種族』って、強力にして凶暴なんじゃなかった?『造物主』に反抗まで起こしたって。今の話からすると、その『造物主』とやらにはすごく従順な感じなんだけど」

「『奉仕種族』にも、個体差があるのです」

 いいところに目を付けた、そんな感じで微笑しつつ、モーセスが答える。

「この『都』の『井戸センターシャフト』を支配する『奉仕種族』は、『造物主』に対し大変に従順で、その名の通り奉仕する事に悦びを覚える、言い換えれば崇拝していると言ってもよい個性を持っているのです。そもそも本来、『奉仕種族』は高度な適応性を与えられこそすれ、知能は持たない、そのように設計されていたのだそうです。それが、その高度な適応性が故に知能、具体的には人類で言う『脳』にあたる器官を発生させ、発達させ、これがあだとなって一部の『奉仕種族』は一方的に使役される現状に不満を持ち、ついには反抗に至ったという事だそうですが……実にゆゆしき事、恥ずべき事、『造物主』に仕えるために生み出された『奉仕種族』として、実に情けない事です」

――……ん?――

 慙愧ざんきに堪えない。モーセスの口調から、そんな感情を読み取り、ユモは違和感を感じる。

「この地の『奉仕種族』も御多分に漏れず知能を発達させましたが、その知能は『造物主』に奉仕する事をこそ至上の悦びと認識していました。故に、『ユゴスキノコ』の理不尽な暴挙には断固として反抗し、今なお彼らの命令は聞かず、『造物主』から与えられた指令を断固として遂行しています。その指令に、採掘した鉱物を『ユゴスキノコ』に対して引き渡す事が含まれているため、全体としては問題なく機能しているに過ぎないのです。実に誇らしい、『奉仕種族』の鏡とも言える行動です」

――……んん?――

 今度は、実に誇らしい、我が事のように喜ぶ、そんな感情が、モーセスの言葉と表情から読み取れる。

「その『奉仕種族』の脳、あるいは必要に応じ体細胞の一片を取り出し、御遺体に移植し、侵食させる。これが、先ほどお話しした、御遺体から情報を読み録る方法になります。侵食させるのはごく小規模の『奉仕種族』の脳なので、侵食が進まない限りは大きな問題は起こりませんが、御遺体を自由に動かせる位に侵食が進んだ場合、当然、移植した『奉仕種族』の脳もそれなりに肥大化しているわけです。そうなると、肥大化したとはいえまだ原始的かつ未成熟、幼稚な『奉仕種族』の脳としては、周囲が安全ではないと判断して自己防衛の行動を起こす……これが、侵食がある程度進んだ御遺体が『暴走』を起こす原因だと考えられています」

「待って下さい」

 オーガストが、やや興奮気味に、話を割る。

「原始的な脳、ですか?それでは、もし、そのまま、『奉仕種族』の脳が充分に発達したら?」

「充分に発達した『奉仕種族』の脳は、人の脳を完璧に置き換える事が可能です」

 オーガストの質問に、モーセスは即座に、冷静に、答える。

「充分な時間を与えれば、神経系を経由して全身を『奉仕種族』の細胞で置き換える事も可能です。必要があれば、あるいは『創造主』からそのように命じられれば、元の御遺体の記憶や人格を完璧にコピーし、生前のその方と寸分違わぬ行動をとる事も可能です。『造物主』の為になる、役に立つという理由付けさえあれば、この『都』の中枢たる『奉仕種族』から分化した脳の場合は、この目的に反しない限り、元の人格も性格も、完璧に再現し得るのです」

 薄く微笑むモーセスの、しかし、その目は笑ってはいない。

――……んんん?――

 ユモの中で、違和感と疑問符と、ある疑惑が最高潮に達しようとしている。

 ちらりと見ると、ちょうど同じようにこちらをチラ見した雪風と目が合う。どうやら雪風も同じ事に気付き、同じ気持ちであるようだ。

「つまり」

 オーガストの目が光ったように、ユモと雪風には思えた。

「目的に反した場合、その限りではない。あるいは、未発達の状態では。ケシュカル君のケースは、その過程を忠実に再現している、と?」

「ご名答です」

 真顔で、モーセスも答えた。

「ただし、御遺体の体はともかく、脳に損傷があった場合、記憶や人格のコピーが不完全だったり、復元に時間がかかる場合があります。ケシュカル君の場合、そのためもあって『奉仕種族』としての肉体側の暴走、防御反応が出たのかと思っていたのですが……」

 モーセスの目が、ユモを、そして雪風を、射抜く。

「お二人に出会ってから、驚く程の速度で記憶や人格の復元が成されました。拙僧にはわかります。何がきっかけなのかはわかりませんが、明らかに、お二人と出会った事が彼に善い効果を与えたのです」

 モーセスの目が、熱くうるむ。

「……素晴らしい!まさに、奇跡!正直に申し上げて、拙僧は、その損傷の大きさから、記憶や人格の復旧は限定的なものにならざるを得ないと覚悟していたのです。ですが!今!彼は拙僧の見る限り、殆ど完全に記憶も人格も復旧しています!」

 ぶわっと、モーセス・グースの双眸から、涙が溢れた。

「ああ!これぞ奇跡!拙僧はこのような奇跡を目の当たりに出来た事を神に、御仏に、そしてそのような機会を与えたもうた『元君』に感謝します!そして!」

 感極まったのだろうモーセスの声が、一段と大きくなる。

「かなうならば!このような奇跡をもたらしたお二人、『福音の少女』のお二人にも、深淵の脅威を御存知のオーガストさんにも、末永くこの『都』に留まり、これからもずっと!共に真理を追究していただきたぁい!」


「……悪いけど、無理」

 一瞬の静寂の後、ユモがぼそりと言った。

「あたし達、ママムティパパファティの所に帰らないとだから」

「お誘いとお気遣い、高く買って戴いている事は、とても有難いですけど。あたし達の唯一で最優先の目的は、家に帰る事なんです」

「……」

 意識高揚のほぼ頂点にあったモーセス・グースは、虚を突かれて暫時、固まってしまう。

「ミスタ・グース、無理からぬ事です」

 苦笑し、首を小さく振りながら、オーガストが語る。

「彼女たちは、計り知れない可能性を秘めた、あなた方の言葉を借りるならまさに『福音の少女』ではありますが、その実は、まだいたいけな十代の少女に過ぎないのです」

「そういう事よ」

 ユモは、オーガストの言葉の尻馬に乗る。

「あたし達は、自分達の家に帰るのが最優先。そのためになら何でもするし、協力してもらえるなら有り難いし、出来る限りのお礼もするわ」

「ただし。お天道様に背を向けない範囲で、ですけど」

 ユモの言葉の後を雪風が引き継ぎ、ユモは完爾かんじと笑ってそれを肯定するそぶりを示す。

 そのそぶりは、二人の意思がまったくもって一つにまとまっている事を、言外に、しかし明確に示すものだった。

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