第5章 第74話
「それは……」
明らかに落胆しつつも、努めてそれを顔にも声にも出さないようにしながら、モーセスが答えた。
「……致し方ありません。いや、モーリーさんのおっしゃるとおりです。お二人は、帰る家があり、帰りを待つ人が居るのならば、まずは帰られるのが善い、その通りです。無理強いは出来ません、致しません」
「分かってもらえて有り難いわ」
「まあ、帰れなくて苦労してるってのも確かなんですけどね」
申し訳なさそうに言うユモ、その後を引き取って、雪風が軽く愚痴る。
「ニーマントさんが、もっとキチンと行き先指定出来ると良いんですけど」
「ですから……」
「行き先が、随意にならないのですか?」
雪風のぼやきに反応したニーマントを遮るように、モーセスが聞く。
「行き先はニーマントにしか決められないんだけど、自発的に決めるんじゃなくて、お仕着せのリストの決定権だけ与えられてる感じ、なんですって」
雪風に代わり、ユモが答える。
「……どのようにして行き先が選ばれているかは、残念ながら私にも分かりません。選択肢はたいがい複数用意されますが、ほとんどの場合で、特定の一つに強く誘引され、私自身はそれに抗えない、ユモさんとユキさんには大変申し訳ありませんが、これまで、そのような状態の連続なのです」
ニーマントの声には、そう言いつつ、一片の申し訳なさもない。
「なんと……」
「……なるほど、そのような……では、
「ああ、あれね」
ふんす、と、荒く鼻息吐いてから、ユモがオーガストの問いに答える。
「あれ、一番最初の時よ」
「そうそう」
ユモに続き、雪風も半ば吐き捨てるように言う。
「なぁんにもわっかんなくて、大変だったんですから。ねえ?ニーマントさん?」
「いや全くです」
「そーゆーとこですよ、っとにもう……」
「一事が万事この調子なんだもの、ホント、やんなっちゃう」
ペンダントを睨む雪風、ペンダントをかかげて頬杖をつくユモ。その二人を半ばあっけにとられてみていたモーセスは、急に相好を崩し、
「……ふ、ふふ、ふは、ははは!」
大声で、笑い出す。
「これは愉快だ!ははは!拙僧、久しくこれほど愉快になった事は、これほど笑った事はありませんでした」
ひとしきり笑い、そして、モーセスは言う。
「……いや、
「それ、
モーセスの言葉に、雪風が即座に切り返す。
「いやいや、なるほど然り、お二人はそう呼ぶに相応しい、拙僧、納得いたしました」
言いながら、モーセス・グースはゆっくりと立ち上がる。
「あたしも、認識を改めるわ」
立ち上がったモーセスを見上げつつ、ユモも言う。
「ああやって笑う人に悪い人は居ないわ。あなた、いい人ね」
言われて、モーセスはユモを見下ろし、微笑む。
「……場所を変えましょう。もう少し、深い話をさせていただきたく、ここより相応しい場所があります……どういうわけか、拙僧は、お二人に話したくて仕方ないのです」
「わかります。それこそが、彼女たちの魅力なのでしょう」
オーガストが、モーセスの言葉を引き取り、頷きつつ、言う。
「彼女たちは、ブレがない。真剣で、一途で、目的は二人で一つ。その真摯さ、少女であるが故の純粋さに、我々は惹かれるのではないでしょうか」
「……オーガストさん、真顔でよくそんな事言えますね」
「私は、お二人に救われた身、お二人の信奉者のようなものですから」
「止してちょうだい」
眉根を寄せつつ、それでもまんざらでもなさそうに、ユモは言った。
「で、どこに行くのかしら?」
「……いあ・いあ。我、黒き豊穣の女神に拝謁を賜らんと欲す。いあ・ふたぐん……」
注意してみなければ見落としてしまうようなその扉に掌を当てたモーセス・グースは、小さくそう呟いた。
巨大なモーセスの体躯に遮られ、その向こうで何が行われていたのかは他の三人からは全く見えなかったが、体を引いたモーセスの向こうには、先ほどまでは閉じていたその石版とも見間違うような扉が開いていた。
「……どうぞ、お入りください」
手で促してから、モーセスは言って、そしてまず自分が先に扉をくぐる。
「
「……
すぐ後ろに続くユモが、先を行って暗く狭い階段を下るモーセスの背中に問う。
「はい。『古の支配者』と『ユゴスキノコ』の紛争をとりなし、双方から崇拝される神、『黒き豊穣の女神』の力を宿す、この世界に具現化した女神の枝葉の末端。この『都』において、最も神聖な神の依り代。是非、『福音の少女』にご覧いただきたいのです」
天井までせいぜい二メートル強、モーセスの巨体が詰まりそうな、狭く、薄暗いトンネルを下りつつ、モーセスが答える。
「何故、それをあたし達に見せようと思ったの?そもそも、そんな凄いもの、あたし達に見せて良いの?」
ユモが、聞き返す。
「知っておいていただきたい、そう思ったのです」
答えるモーセスの声には、嬉しさのような響きが載っている。
「御神木は女神の依り代であって現実の存在ですが、『黒き豊穣の女神』はその限りではありません。そして、ユモさん、ユキさん、お二人は間違いなく人間の少女でしょうが、お二人を
歩みを止めて、モーセスは振り向く。
「ニーマントさん、貴方もです。言っては何ですが、貴方は明らかに、この世界の
モーセスの視線は、ユモと雪風を通り越し、最後尾のオーガストに移る。
「オーガストさん、貴方もです。イタクァとおっしゃいましたか、拙僧は寡聞にして存じ上げませんが、『
狭い下りトンネルの空気を、モーセス・グースの
「是非!皆様に『
逃げ場の無いトンネルの中耳を聾するその懇願は、危うく天井を崩落させるのではないかとユモと雪風は本気で心配し、とはいえ目の前で耳を塞ぐ失礼をする訳にも行かず、脳そのものを揺するような声に、ひたすら耐える。
「……『
キーンとなって聞こえづらい耳をなんとかごまかしつつ、ユモは聞く。
「それって、『
「『
静かに、そして慎重に聞き返したモーセスに、ユモはゆっくりと頷いて答える。
「御存じっていうか、何かを語れるほどじゃないけど」
「この『奇妙な冒険』の間に、何度かそれっぽい遺跡とか遺物とか、出くわしましたから」
「なんと……」
驚愕し、モーセスは目を見開く。
「……やはり……それでこそ……」
「……もう、やんなっちゃう」
感激しているモーセスに構わず、ユモは毒づく。
「やっぱりここも、そうだったのね!」
「だわね、何なら、この先に『アイツ』が居たって驚きゃしないわよ」
「『彼』の事ですから、充分に有り得ますな」
「確かに」
ユモと雪風の言葉に、ニーマントとオーガストも同意する。
「……一体……『アイツ』とは、『彼』とは……?」
「いけ好かない、
「気障なスーツで気取った
「……は?」
「正体はおろか、名前すら分からないのです」
何一つユモと雪風の辛辣な言葉では伝わらなかったらしいモーセスに、苦笑しながら、オーガストが補足する。
「私にも、分かるのは『黒い男』であるとしか」
「どうやら私と深く関係があるようですが、残念ながら、私自身、ユモさんユキさんと出会う以前の記憶が無く、何とも分かりかねております」
ニーマントが説明を締めくくるが、何の事は無い、皆、何も分からないと言っているに等しい。
「……よく分かりませんが、『黒い男』というのは、拙僧は見た事も聞いた事もありませんが……」
再び階段を下り始めながら、モーセスが言う。
「……もしかしたら、『元君』であれば、『赤の女王』とも呼ばれるあの方であれば、何か御存じかも知れません」
歩きつつ、肩越しにモーセスは振り返り、笑顔で言う。
「運が良ければ、『元君』にもお目にかかれるでしょう。その際に尋ねてみるとよろしいかと存じます」
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