第4章 第45話
「ニーマント、他のみんなの居所はわかる?」
通された個室で、ユモは
「把握出来てます。正確な方位と距離を言いましょうか?」
「お願いします」
ユモではなく、雪風がニーマントに答える。
通された自分用の個室ではなく、ユモの部屋に来ている雪風は、キャンプを出る時についでにもらっておいた紙と鉛筆でなにやら書き物をしている。
「何書いてるの?」
「マッピング」
顔を向けて聞いたユモに、紙から目を離さず雪風は答える。
「
「
ロールプレイゲームで一般的に『地下迷宮』を示す言葉「Dungeon」の語源は、本来は城郭の中央の堅固な区画の事であり、時代が下ってそこが守備兵詰め所から役割が変わった事から、役割そのまま『納骨堂』あるいは『地下牢』、場合によって人間の心理の奥底の暗部を示す隠語ですらある。
「……ま、似たようなもんか」
他の三人の居場所を示すニーマントとそれを紙の上の地図に書き込む雪風を見ながら、ユモはそうつぶやく。
ケシュカルを巡る話が一段落ついたとみたドルマが地下都市への入り口の扉をくぐったのを見届けた一行は、誰言うともなくその後について『神秘の谷』の『都』へと足を踏み入れた。既に個室をあてがわれているペーター少尉は勝手知ったる足取りだが、ユモとユキ、オーガストにとって、下り階段とその先の小さなエントランスの造作は興味をそそりまくりのものだった。
ケシュカルに至っては興味どころか緊張しまくりであったが、モーセスは自分で言ったとおりに、ドルマと、迎えに出て来たラモチュンに命じて一行に個室を用意させた。オーガストとケシュカルの部屋を用意するのに多少時間を要するのでここでお待ちいただきたいと告げてラモチュンは去り、ペーター少尉は一旦自室へ一人で、ユモとユキはドルマに案内されてそれぞれの個室に通された。
それぞれ別の部屋をあてがわれてはいたが、雪風は背負っている
「折角二部屋用意しましたのに」
苦笑しつつその様子を見てそう言ったドルマに、
「だって、この方が合理的でしょ?」
「どうせ一緒に行動するんだし、掃除も片付けも一部屋分で済むし」
ユモと雪風が、交互に御高説をのたまった。
「……ケシュカルとオーガストも、部屋に収まったのね」
雪風の手元を覗き込みながら――固有名詞を日本語で書きかけて、すぐにヘボン式ローマ字表記で書き直してある――、ユモが呟く。
「今のところは、ミスタ・グースは約束を守っているようですね」
「まあ、秒で約束を反故にするとは思わないけど」
鉛筆を筆箱にしまいながら、雪風が言う。
「100%信用するって訳にもいかないし。ニーマントさん、頼りにしてます」
「私の
「目って」
ユモは、苦笑する。
「けど、この場合
「むしろ清潔というか、清浄よね」
顔を上げて、鼻をひくひくさせながら、雪風が同意し、付け足す。
「……不自然なくらい。そもそも、どうやって掘ったのかしらね?ここ」
「掘削機があるような土地じゃないから、手彫りじゃないの?」
「だと思うけど。だとしたら、どれだけの人数が、どれくらいの年月かけて掘ったのかなって」
ツルツルとは言わないまでも、
「そこまで硬い岩盤じゃないのかもだけど、これだけの空間掘るだけで、一人で一年じゃ利かないだろうなって」
「ピラミッドだって人力で作ったんだから、昔の人の情熱と能力って、バカにしたもんじゃないって事じゃないの?」
「だとしてもさ。掘った残土をどこに捨てたとか、色々気になってさ」
胡坐をかいて座っている雪風は、膝頭に肘を置いて頬杖をつく。
「よくもまあ、秘密を維持出来たもんだなって」
「掘った当時は秘密でも何でもなくても、時間が経って忘れられたって事かもよ?」
雪風の向かいにどかりと腰を下ろして、ユモが自説を述べる。
「ああ、それもありか……」
「そんなに簡単に、存在が忘れられてしまうものですか?」
ニーマントが、素朴な疑問を呈する。
「誰も興味を持たず、伝承を維持する努力もしなかったとしたら……五世代くらい?」
「早けりゃ三世代もありゃ。それで神事の類いが途絶えて祟り神になった土地神様なんて、掃いて捨てるほど居るんだってお婆ちゃんが言ってた」
ニーマントの疑問に答えたユモの言葉を継ぐ形で、雪風は自身が教えられた事実を伝える。
「なるほど……難しいものですね、人間というのは」
妙に深い納得の仕方をしたニーマントに、ユモも雪風も苦笑するしかなかった。
「お嬢様方、お食事の用意が調いました」
ノックも無しに部屋の入り口が開けられ、ラモチュン――先ほど、チラリとだけ顔を見た女性――が入り口からユモと雪風に声をかけた。
「え?あ、そう、うん。わかったわ」
「えっと、今行きます」
直前にニーマントから知らされていなければもっと狼狽していただろうユモと雪風は、それでもノック無しにだしぬけに扉が開けられた事に少々驚きつつ、やや引きつった笑顔でラモチェンに答える。
白い、高級そうなシルクの
「ねえ、あなた、ラモチュンさん、だっけ?」
「はい、そのとおりです。何か?」
「ドルマとは、友達なの?」
「ちょ!」
不躾に、雪風が慌てるほどド直球に、ユモは切り出す。
しかし、慌てるでもなく、ラモチュンは答える。
「親しくはありますが、友達、と言うほどは親密ではありません。以前から互いに知ってはいますが、ドルマがこの『都』に出入りするようになったのは、ごく最近の事ですから」
「ふうん……」
「ちょっと、もう……すみません、この子、遠慮がなくて」
雪風が、ユモにかわってラモチュンに詫びる。
「いえ、お気になさらず。お嬢様方は、ドルマと親しいのですか?」
「親しい……のかな?あたしたち?」
「向こうから身の上話する程度には、気安い相手と思われてるんでしょ?」
「そうでしたか、ドルマが、自分から……」
ユモと雪風に部屋を出るように手で促し、先に立って歩き出しながら、ラモチュンは続ける。
「ドルマは、
『あんな事』というのを、ユモも雪風も、ドルマの言われなき醜聞のことだと、思い込んだ。
「……あんな事があって、私達と少し溝が出来てしまったようなのです。心配していたのですが……」
歩きながら軽く振り向いて、ラモチュンは目を細める。
「……話し相手を見つけたのなら、良かったです。仲よくしてあげていただけますでしょうか?」
「そりゃもう」
雪風が、間髪入れず請け合う。
「わりと『本音をぶつけあう』間柄ですから」
「そうですか、それはよかった」
ラモチュンの微笑みには、邪気がない。思わず、へへへっと後ろ頭をかく雪風に、ユモが小さく肘鉄を喰わす。
その様子を知ってか知らずか、ラモチュンは前に向き直って、言葉を続ける。
「食堂まで、少々歩きます。その間に、ここでの決まり事について少し説明いたしましょう」
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