人酔い桜【第十五回「酔う」】

「いやはや、面目ない」

 他の木々より一足早く花を咲かせた老樹の翁が笑う。彼がくつくつと笑う度、枝が揺れる。

「歳を取ると色々と弱くなって敵わんね」

「まあ、あれだけ人が来たらな」

「他より早起きしたもんな、おじいちゃん」

「ははは、うっかりしたわい」

 翁の笑い声が、夜風に乗って流れていく。周囲の木々はまだ眠っている。そのため、人々はこの老樹の元に集い、一足早い春の訪れを目で見て、匂いを嗅いで感じていく。そんな彼らをにこにこと見守っていたが、例年にない人の数に樹生初の人酔いをすることになってしまった。

 運び屋が持ってきた薬を飲みながら、これもいい経験だと翁は笑う。起きた仲間に話題が一つ増えた、と。

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