電子書籍発売記念「その歌は」
かすかな音を拾い集めて、音楽を聴いた。
それは何という曲だったのか、今はわからない。
生まれつきほぼ無音だった私の中に残っているそれは、もしかしたら──。
「♪~~~♪♪~~」
「? そのメロディは?」
昼下がり。庭のベンチで本を読んでいる私に、後ろから声がかけられた。
「ロイド様。視察からお戻りだったのですか? おかえりなさい」
「あぁ、ただいま。ついさっき帰って、どこからか聴こえる綺麗な声をたどってきてみれば、お前がいた」
そう言って私の隣に座り優しく微笑むロイド様に、思わず鼓動が跳ねる。
ロイド様と思いが通じ合って、より一層ロイド様は私を甘くとろかしにかかっている気がする。
嬉しい反面、心臓がもつかどうか不安だ。
「……実はこの歌、私の前世で聴いた、数少ない音なんです」
「前世で? だが君の耳は──」
「えぇ。生まれつき、聴こえませんでした。機械に頼って、わずかな音を拾い集めて言葉や字を覚えはしましたが、それでも聞き取ることが難しいほどに。だけどこの音だけは、なぜか覚えているんです」
いつ、どこで聴いたのかは覚えていない。
何という言葉がこのメロディに乗っていたのかもわからない。
だけど確かに覚えている。
ふんわりとした優しい声と、懐かしさを感じるメロディ。
「子守歌、って、こんな感じなんでしょうね」
ふと、そう思った。
今世で子守歌を歌ってもらった記憶もないから実際どういうものなのかはわからないけれど。
だけどこんな風にふんわりとして、優しくて、幸せなメロディなんだろうなと、なんとなく思ったのだ。
「……。~~♪~~~♪」
「ろ、ロイド様?」
突然、私の隣で鼻歌を歌い始めたロイド様に、私は思わず声を上げた。
まさかロイド様の歌声を拝聴出来るだなんて思ってもみなかったからだ。
強面なロイド様からこんなにも甘く優しい歌声が発せられるなんて、だれが想像しただろう。
驚く私の頭をロイド様が自身の大きな右手で押し倒すと、私の顔は彼の硬い太ももに着地した。
こ、これはあれか……!!
俗に言う、膝枕──というやうか……!!
「子守歌。俺が母に歌ってもらっていたものだ」
「お義母様に……?」
「あぁ。昔、母に言ったことがあるんだ。母上の子守歌は優しくて大好きだ、と。そうしたら母は笑って、こう言った。優しく聞こえるのは、愛おしい人に歌う歌だからだ、とな。人間は腹の中にいる時、母体を通して声が伝わっていると聞く。もしそうなら、前世で腹の中にいたお前に宛てた歌が、お前に届いていたのかもしれないな」
私が、前世でお母さんのお腹の中で聞いていた、歌……。
妙に、しっくりときた気がした。
「ロイド様」
「何だ?」
「私たちの子どもにも、歌ってあげましょうね」
私が何気なくそうつぶやくと、ロイド様はあからさまに動揺し声を上げた。
「は!? ちょ、お、おまっ、子どもって……っ!!」
「いずれは欲しいですもん。ロイド様との子」
女の子ならロイド様に似た美人さんだろうし、男の子ならロイド様に似たイケメンだろう。
前世で私が両親からもらった愛情を、自分の子にたくさん注いであげたい。
最近、すごく思うのだ。
「そりゃ……まぁ、俺もそうだが……」
「でもそれまでは、これは私だけの特権にしておきたいです」
ロイド様の膝枕も。
優しい歌声も。
今はまだ、私だけのもの。
「お前……。……あぁ。しっかり噛み締めていろ。お前だけの特権を」
そう言うと、ロイド様はまた歌を歌い始めた。
優しく私の頭を撫でながら。
あぁ、ほら、幸せの音が聞こえる。
そしてこれからもっと大きな幸せの音を感じることになるのは、あと少し先のこと──。
END
~あとがき~
エンジェライト文庫より「音が嫌いな令嬢は~」1巻2巻が発売されましたので、その記念に書かせていただきました!!
楽しんでいただけましたでしょうか?
今回、電子書籍化に伴い、所々加筆、そしてその後のお話も加筆しております!!(新たなるイメージトレーニングの試練も笑)
イラストはなんと!!
一巻二巻ともに景華憧れのイラストレーター様ちょめ仔先生でございます!!
素敵なメレディアとロイドの表紙を目印に、皆さまぜひご購入くださいませ!!
音が嫌いな令嬢はただ静かに暮らしたい〜追い出されるように嫁いだ先で人嫌いな冷酷強面公爵様に無意識に溺愛されました〜 景華 @kagehana126
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