ロイドの条件

 大きな扉が開かれる。

 赤い絨毯のその先にある王座には、立派な髭を蓄えた、がっしりとした体格の40代程の男性が座っている。

 このヴォルフガン王国の国王陛下だ。


 そしてその隣には、目尻の皺が優しさを感じさせる、大人しそうな雰囲気の美しい女性──王妃様が、指を胸の前で組んで瞳を揺らしていた。


「よくきてくれた。ロイド・ベルゼ公爵。そして、メレディア・ベルゼ公爵夫人」

危機とのことで駆けつけたまでです」


 決して王侯貴族のためではないぞというように言葉を強めるロイド様。


「あぁ。本当にありがとう。今宮廷魔法使い3人が浄化の魔石を作ろうと力を注いではいるが、出来上がりに二月ふたつきはかかるようでな……。早速だが物資を──」

「その前に、陛下」


 陛下の言葉を不敬にも遮って、いつもの調子のまま旦那様は表情を変えることなく口を開いた。


「何だ?」

「食料も水も、十分分け与えるつもりで持って来ています。ひとまず先遣隊として王都に荷馬車2台分、周辺3都市に各一台ずつ。追加で後からも物資が到着予定です。今各自が持っている食料と合わせれば、贅沢をしなければ冬越しができるでしょう」

「おぉ……!! ではすぐに──」

「ですが、これらは見返り無しで与えるものではありません。条件をつけさせていただきたい」


 ロイド様が陛下を鋭い瞳で真っ直ぐに射抜く。

 その迫力に息を呑む、王妃様と宰相。

 強面の睨みは半端ない。


「条件、だと?」


 一体どんなものだろう?

 その条件について何も聞いていない私は、ロイド様を見上げ首を傾げる。

 そんな私に気づいたロイド様は、私に視線を落としてから“大丈夫だ”とでも言うかのように一度表情を緩めてから、再び陛下へと鋭い視線を向けた。


「はい。あなた方は我が領地が一度危機に陥った際、その要請全てを跳ね除けた。雪が積もって道が悪いから──、辺境までは遠いから──と。ですが、我々は雪の中、辺境からわざわざこの王都まで救援に来たのです。自分たちが苦労して何ヶ月も前から作ってきた貯蓄を分けに。条件があることぐらい、当然では?」


 ロイド様のその言葉に、思うところがあるのだろう、陛下は苦々しい表情で「わかった、できることならば」とおっしゃった。


「ありがとうございます。まず、食料分配ですが、平民優先です。貴族は平民への配布が終わり次第の配布になります。彼らは他にも食料を持っているでしょうし、節約しながら過ごせばある程度は保つでしょう」


 貴族は資金もあり、貯蔵スペースも持っている分、平民よりも多くの食材を保管している。

 ある程度はそれで保つのだ。

 これまでのように贅沢しなければ──だけれども。


「あぁ、わかった。それで構わぬ」

「ありがとうございます。次に、王都でも貯蔵をしっかりと行っていただきます。長期保存できる冷凍食品の製法をうちの領で学び、流通させるようにしていただきたい。そうすれば今後このような事態にも対応できるでしょう?」


 いざと言うときの冷食はまさに救世主だ。

 それはどこの世界でも共通。

 天候の読めない秋に、また今回のような大きな災害があるかもしれない。

 その時のための備えは大切だ。


「……わかった、そうしよう。冬を越してすぐ人を派遣し、その技術を伝授してもらおう。もちろん、その分の報酬は国が支払う」

「ありがとうございます。……そしてもう一つ──」

「まだあるのか!?」


 一刻も早く食料援助を始めてほしいのだろう陛下は、次々淡々と出される条件に声と腰を上げた。


「これが一番重要です。道路の整備をするようにしていただきたい。冬でも安全に通れるように。このヴォルフガン王国は、辺境付近の町も含めてヴォルフガン王国のはずです。どこにいようと、皆、ヴォルフガンの民なのです。その彼らが苦しんでいる時、どんな時であろうと救援できるように」


 もう二度と、あのようなことが起きないように。

 まるでそう言っているかのような悲痛な嘆願に聞こえた。


「それは……。だが、一体どうすれば……」


「そこはご自分達で考えてください」


 突き放すようなロイド様に項垂れる国王陛下。


 道路の整備、か……。

 雪を積らせないように……。

 確か、前世でそんなことをしている道路があった気がする。


 あれは──そうだ……!!


「あ、あのー……。それに関して、一つ、提案があります」


 私はゆっくりと手をあげおずおずと発言すると、高貴な方々の視線が一斉に私に向かった。

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