アルトの思い
5台の冬用に仕上げられた荷馬車に、保存の効く食材や水、冷凍食品が載せられていくのを、私はじっと見守る。
2台は城や貴族街もあり大きな都市である王都バーハへ。
後の3台は王都をぐるりと取り囲む街、ベーベン、ショパネラ、エルガルへの物資が積まれている。
積み込みを手伝ってくれているのは、屋敷の使用人だけじゃない。
領民も一緒になって、自分たちの蓄えから少しずつ分けてくれた上、手伝いを買って出てくれたのだ。
あの時王都がしたことを、自分たちまでが同じことをしてはいけないから、と。
素敵な領民達だ。
ひとまずは全ての荷馬車を引き連れて王都へ。
そこで国王陛下に謁見することになるみたい。
領主であるロイド様も一団に同行することになり、私もそれに無理を言ってついていくことになった。
「おじょ……奥様!!」
「アルト?」
背後から声がかかり振り返ると、そこにいたのはどこか不安げな表情で私を見るアルトだ。
「どうしたの? そんな捨てられた子犬みたいな顔して」
「捨てられた子犬って……。コホンッ。あの、奥様は……いいのでしょうか?」
「いい、って?」
「王都の貴族を助けにいくこと、です。奴らはお嬢様──奥様に酷い扱いをしてきました。酷い言葉で罵り、邪険にしてきた。険しい雪道を奥様自ら助けに行かれる価値があるのでしょうか? 俺は……俺は、家族は心配ですが、俺の大切な幼馴染を虐げてきた貴族連中は大嫌いです」
アルトは虐げられてきた私を一番長く、一番近くで見てきた。
使用人に世話をされることなく、一人冬の空の下、自分の服を洗う姿も。
誕生日すら父母に祝われず、誰か気づいてくれることを願いながら、一人で家族団欒を隅から眺める姿も。
妹にバカにされながら、私物を奪われていく姿も。
遺恨がないわけじゃない。
罵られ、邪険にされていた記憶が消えたわけでもない。
でも、だからといって関係のない困っている国民を見捨てることなんてできない。
貴族は領民を──いえ、全ての平民を助ける義務があるのだから。
「ありがとう、アルト。あなたは本当に、いつも私の味方でいてくれるのね。あなたの存在に、何度助けられたか……。でもね、私はこの国に生きる貴族よ。私たちは、その義務を果たしに行くだけ。それにね、ロイド様だって、過去に色々あっても、前を向いてる。もう過去の悲劇を繰り返さないようにご自分で努力して、冬が越せない心配のない領へと変えていったのよ。そして今も、国民のことを考えてる。なら私も、彼と一緒に前を向くわ」
だって私は、強面で生真面目で誠実な、ロイド様の妻だもの。
「メレディア様……。……そうですね。あなたは、素晴らしいお方とご結婚なされたのですね」
「えぇ」
のんびり暮らせたらそれで良いと思っていた。
静かに暮らしていられたなら、たとえ夫婦関係が破綻していたとしても問題はない、関わらずに生きていくなんてなんて好都合だ、と。
でも、ロイド様は私の荒れ果てた指に気づいてくれた。
手話を見ても突拍子もない意見を聞いても、私を不気味だと思わずに、受け入れてくれた。
私に、向き合ってくれた。
私は、私が思っているよりも遥かに、ロイド様に惹かれているんだろうと思う。
「王都の皆を、よろしくお願いします」
「えぇ、任せてちょうだい」
そう言って私は、長年そばにいてくれた幼馴染へと笑顔を向けた。
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