王家からの救援要請


 王都が水不足と食糧難で危機的状況にある。


 そんな知らせが届いたのは、雪がふりつもり、街が冬の静けさに包まれた頃のことだった。


「どういうことだ? アルト」

 ロイド様が食後の紅茶を飲んでいた手を止めて、知らせを持ってきたアルトに視線を向ける。


「はい。今、王都にいる実家から便りが来て……。少し前の嵐による水害で、王都近郊の田畑の作物はほぼ全滅。ストックも切れ、冬越しが厳しい人間が多くなると……」


 王都の冬はここのように雪で囲まれることもなく、近くの田畑から作物も流れてきやすい。

 だから冬でも流通がしっかりと整っている分、ここのように貯蓄をする習慣はない。


 私も嫁いで来るまでは特に困ったことなどなく、冬を越すということは普通のことだったのだ。

 ただちょっと、洗濯をするときに冬場は指が切れて痛くなるくらいで。


 でも、水も手に入らず田畑で収穫することも不可能。

 挙句、貯蓄も底をつくって……。


「かなり危ない状況なんじゃ……」

「はい。貴族ですら食料に困っている中、王都や周辺の町の国民の大多数は貴族以上に食糧難に陥り疲弊しているとか。いつ暴動になってもおかしくないそうです」


 心配、よね。

 アルトのご実家であるグレンディ子爵家は、お兄様夫婦が領地で暮らし、ご両親は王都の家で暮らしているから……。

 アルトのご家族は明るく朗らかな彼によく似て、とても穏やかで優しい人たちで家族仲も良かった。

 心配しないわけがない。


「ふむ……。国民が疲弊している、というのは──少し心配だな。国民あっての国だ。それが崩れてしまうと……」

「旦那様!!」

 ロイド様の言葉を遮って息を切らしながら部屋に入ってきたのは執事のローグ。


「どうした?」

「て、手紙です!!」

「手紙? どこからだ?」

「それが……王家から……!!」

「王家から!?」


 なんで王家から、わざわざこの辺境に?

 このタイミング、もしかして……。


「……」

 すぐに封筒を開封し、手紙に目を通していくロイド様。

 みるみるうちにその眉間には深く皺が刻まれていく。

 強面がさらに強面になってる……。


 読み終えたロイド様は、ふぅ、と息をつきながら手紙を折りたたんだ。

「あ、あの、王家はなんと?」

「……救援要請だ。ベルゼ公爵領の貯蓄率は高いのだろうから、水や食料を分けろと。まぁ、ようやくすればそんな内容だな」


 やっぱり。

 この辺境が大変な時は知らんぷりで、あちらが同じ状況になればわざわざひどい雪道、馬車を走らせて助けに来いって?


 ──なんて虫がいい……。


「あんなことをしておいて、虫のいい話だな」

「全くです」

 ロイド様も、そしてローグも難しい表情で私と同じことを考えていたようだ。


「あんなこと、ですか?」

「えぇ。17年ほど前、でしょうか。冬に食料が足りずに困っていたこの領地が、王家や貴族にいくら救援要請をしても雪で馬が出せないと無視し続けた過去があるのです」

「!!」

 ローグの説明に驚きで目を見開く私に、ロイド様が言葉をつなぐ。


「俺もまだ8歳のガキの頃でな。当時、父上にも領全体にもまだ良い農具もなければ知識もなく、貯蓄領が限られていたんだ。毎年、ギリギリで冬を生きてきた。その年は特に不作だったんだ。だから何人もの領民が、飢えに苦しんだ」


 そうか。

 いつもあんなにも農作業や植物の本を読んで勉強しているのは、この経験があったから……。

 悲劇を、絶対に繰り返さないため、か。


「どうします? 冬用の馬車装甲はできておりますが……」

 複雑よね。

 自分たちを見捨てた王家や王都の貴族達を助けるのは。

 私は黙ってロイド様の判断を待つ。


「……王都の貴族、王家は、うちの領に手を差し伸べてはくれなかった。挙句、俺はともかく、メレディアに謂れのない噂を流し、敬遠してきた。到底許されるものではない」


 ロイド様……。


「だが──、そんなものは上流社会の都合であって、国民には関係がない」

「!!」

「行くぞ、王都に──。ローグ、アルト!! すぐに皆と共に、食料と水を荷馬車に詰め込め!!」

「はいっ!!」


 ロイド様の指示に、ローグとアルトが動き出した。


「メレディア、付き合ってくれるか?」

「もちろんです……!!」

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