庭に咲く花〜Sideロイド〜


 やはり北の村の貯蔵率がここ最近の作物の不作で落ちていた。

 このままでは厳しい冬を越せるかどうか怪しいな。

 こちらの貯蔵率も余分な余裕はないし、短期で育てることのできる貯蔵の効く作物を今から手配して育てていくしかないか。


 俺は馬車の中から過ぎゆく景色を眺めながら、今後の予定を立てていく。

 やることは山積みだ。

 帰ってからまたどんな作物がいいのかを調べて、それから……。


 考えているうちにも、ベルゼ公爵家の門が小さく見えてきた。

 思ったよりも早く帰ることができたな。

 そこまで考えて、あの数日前妻になった女性の顔が思い浮かぶ。


 【鉄仮面令嬢】【ゲロ吐き令嬢】……。

 不名誉なあだ名で呼ばれる彼女は、確かに表情が変わらない。

 まぁ、俺が言えた義理ではないのだが、無愛想、なのだろう。お互いに。

 だがこんな冷酷無慈悲と渾名される旦那の元に追い出される形で結婚してしまった、哀れな女性でもある。

 しかもその旦那である俺は、結婚翌日から、彼女が寝ている間に仕事で数日の出張に出るという仕打ち。

 やはり起こして一言声をかければよかっただろうか?


 だが、あんなに頬を緩めて気持ち良さげに寝ている彼女を見ていると、起こすのが忍びなく思えてきてしまったんだから仕方がない。

 つい前日まで無表情で俺のファーストキスまで情緒無視して奪ってきた女が、俺の隣で無防備な顔をして眠る姿に、少しだけ心がうるさくなったのは気のせいだと思いたい。


 せめてもの詫びにと、土産に花の香りのするハンドクリームを買ってきたが、こんなのでよかったんだろうかと自問自答を繰り返す。

 女の喜びそうな物など全くわからん。

 宝石やドレスなどの煌びやかなものも考えたが、あれがそんなものを見て喜ぶような女には到底見えなかった俺は、とりあえずセレニアの花の香りのするハンドクリームを選んだ。


 屋敷を出る前に見た眠る彼女の指先が、おおよそ令嬢のものとは思えないほどに荒れていたからだ。

 顔は驚くほど美しいにもかかわらず、指先だけ。

 仮にも伯爵家の令嬢だった女性がなぜ?

 指先の件だけではない。

 風呂の世話や着替え、肌の手入れも自分ですると言ったあの女は、本当に自身だけで入浴を済ませ、着替え、肌の手入れも完璧だった。

 ずいぶん慣れていたようだったが……もしかして実家で不当な扱いでも受けていたのか?

 この件に関しては屋敷に帰って調べてみる必要があるだろうな。


 ……いや待て。

 調べてどうする?

 ただの名ばかりの妻のことなど、放っておけばいい。

 静かに、こちらに関わらせることなく暮らさせていけば、それでいい。

 が……。


 どうにも彼女が気になって仕方がないのも事実だ。

 少し様子を見ることにするか。

 あぁ、マゼラやローグに監視もさせているし、その報告も聞かなければ……。


 そこまで考えて、馬車が止まり、外から「旦那様、つきましたよ」と御者を務めていた執事見習いのテオドールの声がかかった。

「あぁ、ご苦労だったな」

 彼に声をかけて馬車を降りると、俺は真っ直ぐにエントランスホールに入ると、すぐにマゼラとローグが出迎えてくれた。


「旦那様、おかえりなさいませ」

「あぁ。戻った。……彼女は?」

 出迎えを要求していたわけでもないし、静かにおとなしく関わらずに過ごすのだからここにいないのは当たり前なのだが、いなければいないで気になる。

 厄介な女だ。


「彼女?」

「妻になった、あの──メレディア、だったか?」

 俺が尋ねると、マゼラとローグは「あぁ!!」と明らかに表情を変えた。

 なんというか、明るい?

 最初に話していた時に滲ませていたような嫌悪感が一切見えない。

 なんだ。

 俺がいない間に何があった?


「奥様でしたら、今はガーデンにいらっしゃいます」

「ガーデンに? なんだ、まさか人を集めて賑やかに茶会でも──」

「とんでもない!! あの方は、この3日、旦那様との契約を守り、全くそういったことはなさいませんでした。とても賢く素晴らしいお方です」


 俺の言葉に被せながら否定の言葉を放ったローグに、俺は目を見開いた。

 なんだ、その言い方はまるで、彼女を敬い擁護しているようではないか。

 まさか……薬でも盛られたか?


「え、お前たち、一体どうした?」

「旦那様、我々が間違っていたのです。どうぞ、その目で、本当の奥様をご覧になってください」


 間違っていた?

 本当のメレディア?

 さっぱりわけがわからん。

 わからんが──……。


「とりあえず、ガーデンに行ってみる。帰った報告ぐらいはしておかねばならんからな」

 私はローグに外套を預けると、奥へと進みガーデンへと向かった。




 ──?

 ガーデンから何やら声が聞こえる。

 この馬鹿でかい声は……ラグーンか?

 メレディアはラグーンと一緒なのか?

 ということはパーティをしているわけでも庭で食事をしているわけでもないのだろうか?


 俺はガーデンへと続く扉を開けると、広がるその光景に目を見開いた──。


「まぁ奥様、素敵ですわ」

「でしょう?」

「すげー。奥様天才か!!」


 奥の家庭菜園エリアに、妻が、いた。

 庭師夫妻のラグーンとトルテに囲まれて。


 手にはスコップ。

 泥だらけの顔とワンピース。

 ──いや、何があった?


 聞きたいことは山ほどある。

 が、そんなことよりも鉄仮面が崩れた跡の、美しく柔らかなその満開に咲いた笑顔に、俺は不覚にも見入ってしまったのだった──。

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