庭いじりは異世界スローライフの醍醐味です


 レイとの勉強タイムを終え、彼は一旦食事の為この場を後にし、それと入れ替わるようにガーデンテラスに軽食が運ばれてきた。


 お皿に3つ盛り付けられた一口サイズの可愛らしいケーキと紅茶を堪能しながら、庭に咲き乱れる美しい花々を静かに愛でる。

 なんて贅沢なひと時なのかしら。

 異世界スローライフ、バンザイ……!!


 するとふと奥の一角だけ、花ではなく別の何かが植えられているように見えて、私はすぐ後ろで待機していたマゼラに声をかけた。

「ねぇマゼラ。あそこは何が植えられているの?」

 私の視線を辿って見るマゼラには、もう最初のような嫌悪感は滲み出ていない。嫌悪の視線には慣れているつもりだったけれど、ない方が格段に過ごしやすいことが判明してしまった気がする。


「あそこは家庭菜園エリアです」

「家庭菜園エリア?」

 家庭菜園って、家でお野菜を育てたりするあれよね?

 公爵家が家庭菜園?

 まさか旦那様の知られざる趣味!?

 私は旦那様がふりふりのピンクのエプロンを着てピンクのスコップを持ち、不気味な笑顔で土いじりをしている様子を想像してしまい──思わず身震いした。


「い、良いと思います。うん、趣味って、大事ですものね」

「違います」

 私の想像は即座に否定された。


「このゲゼル公爵領は辺境で、それゆえに物の流通が限られています。王都から物を運ぶにも、数日はかかってしまう。だからこうして、基本自領だけで生きていけるくらいには最低限皆が自給自足をしているのです。それは公爵家であっても例外ではなく、貯蔵庫には冬や非常時に備えて、長期保存できるものを蓄えてあります」


 そうか。

 通常でも王都から運んで数日なら、冬の間は大雪の影響でその倍はかかる。

 運んでいる間に傷んでしまうものだってあるものね。

 領民にだけ自給自足を課すのではなく、公爵家も一体となって自給自足に取り組む……。

 素晴らしい考えだわ。


 そういえば私、土いじりってしたことがないのよね。

 前世病弱だった分、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしてしまったから、家庭菜園とかで何かを育てるの、すごく憧れてたっけ。


「……ねぇマゼラ、私も何か植えてみても良いかしら?」

 見れば端っこの方はまだ耕しているだけで何も植えられていないようだし。

 嫁いで来たからにはその土地の風習に倣いたい。

 静かに大人しく土をいじっている分には、契約違反にはならないだろう。

 うん、セーフ、のはずだ。

 それに旦那様は今日帰るとはいえ、どうせ夜遅くになるだろう。

 見られなければいいのだ、見られなければ。


「え、奥様がですか? それは……まぁ、大丈夫でしょうけれど……」

「なら決まりね。早速ワンピースに着替えてくるわ」

 言うや否や私はすぐに部屋に戻ると、早速クローゼットから膝丈のワンピースを取り出して着替えた。

 この膝丈ワンピース、実家にいた頃に良くしてくれた幼馴染の執事見習いが、私の誕生日にくれたものだ。

 まぁ、引きこもりすぎて日の目を見ることはなかったのだけれど、ようやく着る機会に恵まれたわ。


 そういえばお別れを言う事なく嫁いでしまったけれど、元気かしら、アルト。

 あの家では彼だけが私に親切だった。

 常に私のことを気遣ってくれたし、夜会で失敗した罰で私の食事だけ用意されなかった日には、こっそりと軽食を運んできてくれた。

 またいつか、会えると良いのだけれど……。



 私がガーデンに戻ると、そこにはマゼラだけでなく、2人の男女が待ち構えていた。

「奥様、ご紹介させてください。この屋敷の庭師をしておりますラグーンと、その妻で同じく庭師のトルテです」

 マゼラが2人を紹介すると、頭にタオルを巻いた大柄な男性がニッカリと笑った。


「あんたが奥様か。なんだ、噂と全然違う可愛らしい雰囲気の方じゃないか」

「ふふ。そうねぇ、噂って当てにならないものよね。奥様、初めまして。トルテと申します。どうぞよろしくお願いしますね」

「俺はトルテの夫で、一緒に庭師をしてるラグーンだ。よろしく頼む」


 大柄で気のいいラグーンと、おっとりとした垂れ目のトルテ。

 そういえば謝罪に来た人たちの中にはこの2人はいなかったわね。

 私に対しても最初から噂による影響はないみたいだし、なんだか新鮮な反応だわ。


「メレディアよ。これからよろしくね、2人とも」

 私は彼らに挨拶をすると、二人ともにっこりと笑って応えてくれた。


「さて、やるわよ!!」

 庭いじりという異世界スローライフの定番メニュー、いざ、開始!!

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