誤解と和解
「数々の御無礼、本当に申し訳ございませんでした!!」
そんな言葉とともに私の目の前で勢いよく頭を下げるのはずらりと並んだ使用人の面々。
旦那様から初日に紹介を受けた2人や、遠目で私を見ていた人達だけではない。見たことない人まで顔を揃えている。
旦那様が出かけられてから三日目。
私が朝からガーデンテラスでレイに手話を教えていると、そこに突然ゾロゾロと20人余りの使用人達がやってきて、冒頭の言葉とともに頭を下げたのだ。
「あ、あの、頭を上げてちょうだい。私、特に気にしてないから大丈夫よ?」
実家で慣れてるし。
それに放っておいてくれたおかげで静かに過ごせていたんだし、むしろお礼を言いたいくらいなのだけれど。
「いいえ。あんな噂を信じて、あなたを邪険に扱ってしまった私どもの目が曇っていたのです。レイを命懸けで助けていただいた上、勉強まで……」
ん? 噂?
「えっと、噂っていうのは?」
鉄仮面?
それともゲロ吐き?
でもそんなの、悲しいことに皆が知ってる共通認識だし……。
他に何かあったかしら?
私が尋ねると、少しだけ言いにくそうにしながら、マゼラが口を開いた。
「その……。わがまま放題で婚約破棄を繰り返すメレディア様は、結婚することができないからと旦那様を騙した上で結婚し、いずれは旦那様のこの屋敷を乗っ取るつもりだと……」
はい!?
「私も、メレディア様は冷酷なお方で、自分の気に入らないことがあれば使用人に対しても陰湿ないじめを繰り返すと……」
続いて発言した執事のローグも「こんな噂を信じてしまい、お恥ずかしい限りです……」と再度白髪頭を深々と下げた。
え、わがまま放題で婚約破棄!?
屋敷を乗っ取り!?
陰湿ないじめ!?
いやいやいやいや、ないない!!
そんな面倒──、物騒なことして騒ぎを起こすなんてありえない。
私はただ、静かに暮らしたいだけなんだから。
私以上に人畜無害な人間はいないと思う……!!
「あ、あの、私そんなこと──」
「はい。わかっております。ですが、その噂を信じてしまった私たちは、あなたがいずれ旦那様を裏切り続ける存在であると……、そう考えてしまったのです。あのお方は、傷つけられすぎた。そんな旦那様を、今度こそは私たちが守らねばと……」
傷つけられすぎた?
旦那様が?
彼が人嫌いだと言われることに関係があるのかしら?
っと……、あまり詮索してもいけないわね。
大人しく。
静かに。
騒ぎはご法度。
でも大切な主人を守る気持ちが、ここの使用人達にはとっても強いのね。
それは素直に素敵なことだと思う。
きっと旦那様は尊敬に値する素晴らしい方なんでしょうね。
まぁ、なんてったって私に静かな暮らしを与えてくれた方ですもの。
悪い人間であるはずがないわね。
使用人が大量にやめていくほどに冷酷無慈悲な人間が、こんなにも使用人に慕われるわけがない。
噂なんて当てにならないものだ。
使用人との仲は悪いよりは良い方がきっと良い。
相手が謝罪をしているのなら、和解しなければ。
「あの、本当に私、色々気にしていないから、大丈夫よ? 表情にあまり出せない私も悪いのだし……。私ね、ここに来て、少し心が楽になったの。だから旦那様にも、使用人の皆にも感謝しているの。これからもよろしくね」
私が頬を緩めれば、マゼラもローグも、それに他の使用人の皆も目を大きく見開いた。
少しは笑う、ということが表現できているかしら?
「はい……!! 使用人一同、心を込めて奥様にお仕え致します!!」
うん、でも基本放っておいてもらって良いんだけどね?
むしろそうしてもらえると助かる。
「あ、ありがとう、とりあえず、皆、持ち場に戻ってもらって大丈夫よ。私はもうしばらくレイと手話の勉強をするから」
とレイに視線を移すと、レイは嬉しそうににっこりと笑って大きく頷いた。
昨日今日でレイはとても私に懐いてくれたようで、手話を教えている最中もずっと楽しそうにしている。
「わかりました。天気も良いですし、後でこちらに軽食をお持ちしますね」
「えぇ。ありがとう」
私に向かって一礼してガーデンテラスから立ち去る使用人達を見送ってから、私はまた、レイと共に楽しく手話の勉強を始めるのだった。
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