前世の知識は偉大なり
私は今、家庭菜園エリアでまだ何も植えられていないエリアを、とりあえずひたすらスコップで耕している。
その隣にはすでに収穫ができそうなものがちらほらと土の上で転がっていて、よく見ればここにあるものは比較的保存の効くものばかりだということに気づいた。
「ここの作物は全部お屋敷で使うの?」
「全て、ではありませんが、概ね。このベルゼ公爵領は辺境ですので、王都からの流通がなかなか回ってこないのです。特に冬は。なので、食べ物は大体自給自足で、公爵家も領民も取れ高の三分の一は自身の村や町の貯蔵庫にしっかりと貯蔵して、冬を皆で凌ぐのです」
なるほど。
辺境ならではの問題があるのね。
確かに、冬は路面の凍結や積雪で、王都との流通ができにくくなるわ。
その間、自領の作物だけで凌いでいかなければならない。
だからこその家庭菜園か……。
にしても、国民にだけそれを強いるのではなく、公爵家も同じ条件で生活している、というのには好感が持てる。
前世日本人だからかしら。
貴族だからって偉ぶるような人はよく見るけれど、それに嫌悪感を感じる。
人間皆、平等。絶対。
「だけど、今年は不作続きでなぁ。旦那様もその状況を見に北の村へと向かったんだが、多分あっちはこっち以上に不作だろうな。もうちょい貯蔵率上げないと、きっついだろうな」
そういえば王都でも不作続き問題は取り上げられていたわね。
皆王都は大丈夫だろうという気でいるみたいだったけれど、この辺境が大変になったところで王都の保管庫から出してくれるとは思えない。
どこにも頼れないなら、今からしっかりと蓄えておくに越したことはないわ。
「……ねぇ、それならば……あえて短期で育てられるもの重視で育ててみたらどうかしら?」
「短期で? 一応、短期で収穫できて、保存が効くものを今育てて──」
「いいえ。保存が効くかどうかじゃないわ。スピード重視よ」
「は……?」
て、なるわよね。
保存させる目的なのにその目的の逆を言ってるんだもの。
だけど、保存する方法があるならば、スピード重視の作物を育てるのはありだと思う。
「そうねぇ……。簡潔に言ってしまえば、冷凍するのよ」
「冷凍?」
「そう。今の時期にしっかりと野菜を育てて収穫しておいて、保存がそのままでは効かないものは、皮をむいて切って茹でて水気を切って、それから冷凍しておくの。それをたくさん作っておけば、冬の間はそれを出して火にかければ溶けて美味しくいただけるはずよ」
この世界にも冷凍庫というものはある。
電気ではなく魔石で動く冷凍庫は、主に肉を保存したり製氷するもので、野菜を切って保存するという概念がなかったけれど、ものは同じ。
だからきっとうまくいくはずだ。
私がそう提案すると、2人はしばらく私を見ながらぽかんと口を開けたまま目をパチパチとしてから、次第にその表情に笑顔が浮かんだ。
「まぁ奥様、素敵ですわ!! 素晴らしいアイデアです!!」
「でしょう?」
「すげー。奥様天才か!!」
これできっと、少しは貯蔵率も上がるはず。
幸い、この世界の食べ物はほぼ前世で食べていたものと同じようなものだ。
なら、野菜それぞれの保存方法も私が教えられるわ。
実際にやったことはないけれど、本ならたくさんベッドの上で読んだもの。
今こそ病弱生活が役に立つ時!!
「よし、早速スピード重視の作物を──」
「ラグーン、トルテ、なんの騒ぎだ?」
ラグーンの言葉を遮って、低く静かな声がガーデンに響いた。
「!! だ……旦那様……!!」
帰ってきたの!?
早くない?
まだ朝よ?
と、とにかくおとなしく、静かに、挨拶しなきゃ。
「旦那様、お勤め、ご苦労様です。おかえりなさいませ」
急いでそう言って駆け寄り頭を下げると、視線は嫌でも自分の服へと移り、今の自分が泥だらけのワンピース姿だということに気づいた。
ま、まずい……!!
こんな姿で使用人と一緒になって庭をいじってたなんて、【大人しい】【静か】とかけ離れてるじゃない!!
ど、どど、どうしましょう。
ここから追い出されたら私、またあの家に出戻ることに──!!
「あぁ。帰った。が、何をしている?」
ジロリと鋭い翡翠色の瞳が私を射抜く。
嘘は、つけない……!!
この人に嘘をついたら最後、私は殺られる……!!
「そ、その……。家庭菜園のお手伝いをしておりました……。勝手なことをして申し訳ありません」
だから捨てないでください──と心の中で付け足しながら、私は正直に自分のしていたことを話した。
「……。ラグーン、本当か?」
「ん? あぁ!! 聞いてくださいよ旦那様!! すっごいんだよ!! 奥様、すんなりと野菜の保存方法思いついちゃってさ!! 今早速試してみようって言ってたとこだったんだよ!!」
すごい。
あの視線だけで人を殺せそうな目を前にこのテンション。
ラグーン、あなた、勇者だわ。
旦那様はどっちかというと魔王だし、ピッタリ……。
「……保存方法、とは?」
旦那様が再び私へと視線を移し、その説明を私へと求める。
私が説明するしかない、のよね。言い出しっぺだものね。
「えっと、冬になる前の今の時期に、とにかくなんでも早く収穫できる野菜を育てて収穫しておいて、保存がそのままでは効かないものは、皮をむいて切ったものを茹で、水気を切ってから冷凍庫で冷凍しておくのです。たくさんストックを作って保管しておけば、冬に火にかけて少し味を加えるだけで美味しくいただけますし、調味料も一緒に漬け込んだまま冷凍しておけば、味が染みたものもできたりします。保存もできて、調理の時短にもなって一石二鳥……って……。……? あの、旦那様?」
私の説明を聞いて、旦那様の顔が崩れた。
いや、綺麗なお顔をしてはいるんだけれども、あの眉間に皺を携えた難しそうな顔が、口を半開きにして目を大きく見開いたまま、固まってしまったのだ。
「だ、旦那様?」
私が思い切って旦那様の顔を覗き込んでみると、彼はすぐに意識を戻した。
「はっ……!! そ、それは本当に大丈夫なのか? 冷凍して害は?」
「えっと、多少食感は落ちるものもありますが、大丈夫ですよ。あまり長期間過ぎなければ問題はありません」
冬越しと言っても2、3ヶ月。
それぐらいならばきっと大丈夫だろう。
「ふむ……。わかった。ちょうどそのことで悩んでいたところだった。助かる」
「!!」
旦那様が……笑った……!!
「よし。早速、収穫できたものの一部を料理長に回して、冷凍とやらをしてもらってこよう。1週間保管してみて、冷凍したものを食べてみる。それで大丈夫そうであれば、採用してみよう。お前、料理長にやり方を教えてやってもらえるか?」
「!! はい──!!」
とりあえず離縁回避……!!
よかったぁぁぁ……。
「っ……」
あれ?
旦那様がこっちを見てまた固まってしまったわ。
私、何か変なことを言ってしまったかしら?
「あの、何か失礼なことでも……?」
まさかの離縁フラグ再び?
「い……いや、なんでもない。行くぞ」
そう言って踵を返し、1人でさっさと歩いていってしまった。
な、なんなの、一体……!!
とりあえず後を追わないと。
「ラグーン、トルテ、ありがとう。また来るわね」
「はーい。待ってますねぇ」
おっとりと手を振るトルテに私も手を振りかえして、私はすぐに旦那様の後を追った。
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