第18話 妖精に似ている男





 何時ぶりだろうか。こんなにも死ぬ気で走り回ったのは。



「はぁ……はぁ……まったく、俺は桜坂のような肉体労働専門じゃないんだぞ。……はぁっ……いや、教師になると覚悟を決めた時点でこういう修羅場は予測していたが……はぁ……」



 

 乱れた息を整えつつ、舌打ちを零す。

 久方ぶりの命のやり取り。入学式ではここまで酷く死ぬかもしれないと思ったことはない。


 それにここは先ほどまで居た『世界』じゃないな。

 なんというか、久しぶりな気がする。

 夕日丘高等学校に通っていた頃は何度も何度もこの世界に来ては生きて戻るために必死に思考を回していたものだった。



「……ここが境界線の世界ならクリスタルは……っと、やはりアレはないか」



 あの頃は本当に現実とは思えないことが満載だった。

 現実が夢に重なったような世界。死んでもある意味、生き返ることのできる悪夢な空間。


 今ここで死ねば強制的に現実に戻れるのだろうか。

 リセットは出来るのだろうか。

 ────そう、ゲームの操作キャラクターになったかのような感覚で考えてしまう。


 きっとそう思えてしまったのはポニーテールが似合う『彼女』のせいだろうが。



「いや待て。境界線の世界に何故俺が入れたんだ……?」



 そういえばと、俺は首を傾けた。

 何故なら妖精は死んで俺は────というか、妖精に苦しめられた被害者たる人間たちは皆吐き出された。


 その時から怪異に襲われるような事態になってはいない。

 神様とやらに会うことすら出来ずここまできたが……その時もずっと、境界線の世界に入ったことはない。


 全部確認したんだ。

 学校も。あの廃屋と化した神社も。星空の実家たる神社にも。


 そして全ての元凶たるあの地下にも。



 それでも何もなかった。もう何も起きないと思えた。

 ただこれだけで終わるわけじゃないという予感。それを星空から相談され、いろいろと考えた結果教師となったわけだが……。



 この俺が境界線の世界に来たということは、何か意味があるのだろうか。

 それとも誰かに招かれたのか?

 妖精が復活したとは考えられないが、ここに呼ばれた以上なにかあるのは確実。俺を境界線の世界に誰かが招いたはず。



 ならば、その理由を探らなくてはならない。




(学校の外に出て、あの地下に行ってみるか……?)





 そう思っていた時だった。




《ドコ。どこニいルンですカ?》





 聞こえてきたのは奇妙な声。

 あの時俺に向かって《死ね》と言ってきた化け物。雲井新月に似た声を発していたが、正体を現したらしく犬のような姿をした化け物になっていた。

 しかし、この俺でさえ逃げられる程度には足が遅かった。



 しかし嗅覚か何かが優れているのだろう。俺の近くまで寄ってきているのを見て、俺はまた逃げるために逃走ルートを確認し────。




《ギャアアアアアアアアアアッッ!!!!》





「あれ、神無月先生じゃないですか。どうしてここに?」



「はっ?」




 にっこりと笑った四木真白。その足元から生えた奇妙なくろいかげ。


 その化け物は影に覆われて消えていった。

 否、喰われたのだろう。足元からぼりぼりという音が聞こえる。



「……四木か。先生はあの化け物に襲われてな。気が付いたらここにいたんだ。……それよりも、その影は……」


「ああ、『彼女』は僕の相棒ですよ。小さい頃に出会って、そこからずっと一緒にいます。ああいう魂……生き物を栄養として摂取する必要があるみたいで、よく食べてくれるんですよ」


「……そうか」




 影は何も言わない。

 しかしその奇妙な関係性に俺は背筋に嫌な汗をかいた。


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