第17話 一人分の足音





 落ちた首をなんとか自力でキャッチした桜。

 しかし彼女は混乱したままだった。


 私だって混乱してる。だってなんで急に首が落ちたんだ。彼女は確かにデュラハン染みた体質を持っているけれど、それは霊媒体質でもあるせいで怪異に巻き込まれたらすぐに首が取れてしまうだけ。

 厄介な体質だけれど、彼女の首が取れる仕様はゲームでは大変重宝されていた。だって彼女の体質のおかげで怪異に襲われていると分かりやすいから。


 昼間とか朝とかは境界線の世界に来ない限り首が落ちることはない。だから授業中とか急に変な出来事に巻き込まれたイベントでは、必ず桜の首が落ちる。



 ならばこれは────。



「な、何で? うちまだ何もしてへんやろ……幽霊に憑りつかれたような感じもなかったのに……!?」


「お、落ち着いて霧島さん……さっきまでデュラハンみたいなものだったから、ちょっとした衝撃で取れちゃったとか」


「うちの首は壊れかけの人形か!?」


「うっ……でもなんで……」



 だってゲームではこんな事態になることはないはず……。

 ストーリーもプロローグから順調に進んでいるんだから、まだ桜が首を落とすようなイベントは起きるわけない筈なのに。


 ……もしかして隠しイベント?

 何か嫌なルートに入っちゃったのかな!?



「ちょっ……ちょっと待って、なんか静かすぎない?」


「えっ?」



 自らの首をしっかり抱えた桜が急にトイレから飛び出し、教室を駆けた。

 私も慌ててその後ろを追いかける。


 ああでも、確かにおかしい。


 廊下に生徒がいない。先生もいない。

 机に教科書、鞄といろいろ置かれているのに人の気配がしない。────否、ついさっきまでここに人がいるかのように物が置かれているというのに、何故か誰もいないんだ。



 私たちの教室である青組に入るけれど、やっぱり誰もいなかった。あの真白でさえ……。



「まさかここは、境界線の世界?」


「なんやねんそれは」


「ええと、ここの世界の名前だよ……神隠しみたいなもん」


「ふーん。自分そういうの詳しいんか?」


「ま、まあ……」



 でもどうしてこの世界に来ちゃったんだろうか。

 ここはどのくらいの深度がある世界なのかもわからないし……。



「っ────隠れて!」


「えっ」



 急に桜が私を引っ張って教壇の隅に身体を隠した。

 彼女の直感は私より優れている。見えざる者を視る力がある。



(もしかして……なにかいるの……?)



 首だけを手にゆっくりと教壇から様子を伺う。

 それを静かに見守る私は、とっさに両手を口において息をひそめた。


 コツコツという足音が聞こえる。音から察するに一人分だろうか。

 単調な音だけど、この静かな世界では異様なもの。教室の中というよりは廊下の外から聞こえるそれは、次第に遠ざかる。


 そうしてしばらくして、桜が首を軽く懐に抱えて私の方を見た。

 それに私はごくりと息を呑みつつも、彼女に問いかける。



「な、何かあったの?」


「神無月先生と四木君がおったわ」


「えっ、先生と真白が?」



 あれ、境界線の世界に神無月先生って入ることが出来たっけ……?



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