第19話 彼女と呼ばれる影




「神無月先生はこの世界に来たことがあるんですか?」


「……まあね。俺はこれでも夕日丘高等学校のOB……卒業生だから、この学校で起きてる怪奇現象については知ってるし、経験してるよ」


「そうなんですね」



 小さく笑って、そうして気まずい沈黙。

 四木真白という彼はどうにも気弱なのかお人好しなのか。こちらのことを気にして怪我はないかどうか聞いてくるが、それ以外だと「雲井さんもここに来てるのかな……」と小さく呟く。


 一人に対する執着。

 真白という雪のような雰囲気を漂わせる名前。


 そうして、彼の足元に憑りついた化け物。



「四木君。君はその影をどこで見つけたんだい?」


「見つけた……ですか?」


「先ほど言っていただろう。『小さい頃に出会って、そこからずっと一緒にいます』と、それに協力してくれる相棒ということは、つまり自我があるということ。意思疎通も難なく出来ているんだろう。普通の影では有り得ないことだが……小さい頃に何処で出会ったのか聞いても?」



 目をぱちくりと瞬いた真白は、小さく笑って頷いた。



「はい、彼女とはちょっとした落盤事故で……その時に知り合ったんです」


「落盤事故?」


「ええと……事故に遭って死にかけていた僕を彼女が救ってくれたみたいで……僕もよく覚えていないんですけど……気が付いたら僕の影に入り込んでいて、僕を見て言うんです《腹減った》って」


「……そう。それで栄養のある魂……怪異を食べさせていると?」


「流石に生き物は食べさせるわけにはいかないじゃないですか。僕だってそう言う悪い事したくないし……普通に生きていたいので。だから普通じゃないこと。怪異とかを食べてもらってます」


「そうか。それは何とも────」



 ────悪い意味で考えてしまう。

 まるで飼育をしているかのようだ。無自覚にペット扱いをしているだけならまだいい。


 彼女という影についても気になる部分があった。

 しかし、それを聞いていいのか分からない。藪をつついて蛇を出す可能性も否定しきれない。


 この考えは悪い予想だが……。



「……その影に、名前はあるのかい?」


「元々呼ばれていた名前はあったそうです」


「呼ばれていた?」


「はい。ええと。ほら、悪霊って元々は生きていた人間とかだったじゃないですか。それを呼ぶ人がいなくなったから……」


「なるほど」




 真白の足元。つまり人の依り代の半分を受け持つ影。

 それに『寄生』する形でいる彼女────。


 過去に境界線の世界であった出来事が、走馬灯のように流れていく。




「……彼女の名前は?」


「ユウヒですよ」





 その名前は、妖精の────。






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