第14話 忍び寄る影





 鏡を通り抜けてハッと我に返ると、目の前にいたのは考え事をしている神無月先生。

 つまりここは元の世界。


 先ほどまで神無月先生と話していた場所、ということになる。

 そう思った瞬間私は先生に泣きついた。



「助けてください神無月先生ぃぃぃぃぃぃっっ!!!」


「なんだ、急にどうした?」


「さっきまで境界線の世界にいて……それでその、無事に帰ってこれたんですけど堂々とし過ぎたせいで真白や桜に疑われてしまって……」



 私はきちんと説明した。

 自分がちょっとやらかしたこと。このまま前世の話をしてもいいかなと思ったこと。

 でもそれで何かやらかした場合はどうしようかと思っていること。


 神無月先生なら何とかしてくれるんじゃないかなと────。

 ある意味責任を全て神無月先生に押し付ける形になってしまったけれど、そこは申し訳ないと思っている。

 あの時は誤魔化しきれなくてどうしようもなかった。

 ちゃんと演技すればよかったかもしれないけれど、それで嘘がバレてしまった場合、彼らは私に敵対する可能性だってあった。ならば誤魔化すしかないじゃないか。まあそれで最終的に敵対という形になってしまう可能性もあるけど……!


 主人公自体がラスボス闇堕ちする可能性を秘めた人だから、そんな彼に話してもいいのかとちょっとだけ迷ったんだ。

 ただそれだけ。それを全て伝えると神無月先生は物凄い疲れた顔で溜息を吐いた。



「……正直に言おう。俺は過去に遭遇した妖精と同じく、外界から来たという異物を持つ四木真白を警戒した方がいいと思っている」



 その声に、私は真顔になった。



「……妖精がやばい存在だったから、ですか?」


「それもあるが奴が器であった場合がまずいんだ」


「器?」


「……俺が夕日丘高等学校に通っていた頃の、怪異に遭遇した経験について話そう。お前は夕青と言っているゲームが俺の過去の記憶通りだと仮定して話すが、まず妖精は俺たちを集めてゲームを繰り返し行った。境界線の世界を管理するためとか耳障りの良い事を言っていたが、あいつはある目的のために動いていた。依り代を欲していたんだ。外へ出れるための器をな」


「よ、依り代ですか?」


「そうだ。ただの肉体が主ではない。全てだ。────妖精の身体に耐えられるだけの魂の器。妖精を覆い隠し何処にでも行けるような依り代を作り出すために妖精は様々な実験を行っていた。それが夕青の真実なんだよ」


「はっ……?」



 私は唖然としてしまった。

 だって、夕青のゲームでのラスボスは妖精じゃないはず。


 いや、いろいろとネタバレを食らったこともあったけれど……妖精は境界線の世界の管理人。いろいろあって今はいないだけであって、それで……。

 あれ、そういえば妖精ってなんでいなくなったんだっけ?



「じ、実験って何をしたんですか?」


「依り代を作るために様々な人間の魂を回収し、それらを使って夕青というゲームが行われた。……まあ、アレはある意味妖精の戯れ。邪悪な遊びも兼ねていたがな」


「……神無月先生も、その」


「ああ。妖精に弄ばれたことがある。俺の魂とある人間の魂を混ぜたり、身体を入れ替えたりしてな。まさしく夕青は妖精のためだけにあるゲームだったんだろう」



 だから、と。先生は話しを続けた。

 その表情は真剣そのものだった。



「俺は外界から来た者とやらを信じることができない。それだけの犠牲があった。様々な辛い思いをした。それをお前のような生徒にも経験してほしくないと思っているんだ」


「だから真白は信じられないと?」


「信じられないというよりは、今は接触しない方がいいと思っているだけだ。器になっている可能性がある時点で彼が被害者の可能性も高い。……彼自身とその外界から来た者を引き離すには時間がいる。だから今は何も教えず距離を離し、観察した方がいいと思っているだけだよ」



 なんとなく先生が言いたいことが分かった。

 多分先生は真白の事を敵対したいわけじゃない。生徒であるのは真白も変わらないから、彼もどうにかしてあげたいと思っているんだろう。


 そのために私の前世の記憶について話すのは止めた方がいいと彼は話す。



「ゲームの通りに進ませるにはイレギュラーは発生させない方がいい。……どうせなら俺を巻き込んでしまえ。いいな雲井。お前は奴らにこう話せ」



 そう言って彼は伝えたのだ。

 ────私が効率よく出来たのは過去にこの夕日丘高等学校で起きた様々な怪奇現象を知る先生がいて、その人と運よく話をすることが出来ていろいろアドバイスをもらっていること。

 入学式から怪異たちは似たような性質、境界線の世界という別世界で襲い掛かるということを知っていたから私はそれほど驚かなかったし、逃げ切ることが出来たと。


 

「何かあればまたこちらに来い。四木真白がお前を疑って敵対しそうになったなら……その時は俺を疑うように言え」



 そう言ったあと、神無月先生は私を教室へ帰るように言った。

 どうせなら早めに帰った方がいいということ。説明するなら早めの方がいいと言っていたからだ。




「先生を巻き込んでいいのかなぁ……いや、前作主人公だし、頭良いし……先生がそういうならその方がいいんだよね……?」



 でもそれって先生の自己犠牲になっちゃうんじゃないかなと、私はちょっとだけ悩んでしまいながらも教室へ戻るため歩き始めるのだった。








・・・




 静かになった科学準備室でコーヒーを飲んだ神無月は小さく息を吐いた。

 霧島桜の件についてはまだ何かあるだろうと考えていたからだ。


 疑いについてはまだ問題はない。

 外界からきたといっても、性質が妖精と似ていない可能性もある。あの妖精のように世界そのものをひっくり返すほどの力もあるかどうかは分からない。


 ならばと神無月は携帯を手に取った。

 面倒だが一つ一つ解決させていった方がいいだろうと────。




 コンコンとノックが聞こえてきた。

 それに神無月は「入れ」と促す。


 しかし誰かが入ってくる気配はない。

 首を傾けた神無月はコーヒーを机に置いて扉に手をかけようとした。


 しかしその手は止まる。


 扉は半分だけ曇りガラスでできたもの。

 廊下側にいる人物の影は見えるが、誰がいるのかは映し出されることはない。


 だから分かったのだ。その異常性に。


 ────人とは異なる姿をしている影に。





 扉の向こうに映し出された影に、首がないのが分かったから。

 

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