第7話 電話




「……はぁ」



 見えない敵。現実にはない筈の化け物。

 そんな相手に戦ったことなど何年振りか。あれから一体何年の月日が経ったのか。鏡夜は少しだけ年寄りになった気分で学校内を歩いた。


 周りは何も問題なく、違和感もない。

 教室の何処かが壊れているわけでもなく、何かが壁にめり込んでるわけでもない。そういう異様なものがないことに密かに安堵しながらも、屋上についた鏡夜は空を見上げた。


 それは、いつか見た入学式での青空に似ているような気がしたのだ。



「妖精、か……」



 化け物ではなく怪異。

 境界線の世界ではなく、レベルと称した様々な空間。

 

 雲井は夕青シリーズをクリアしていないと言った。しかし次回作ではどうにも鏡夜以外のクラスメイト……いや、特定の仲間。キャラクターとして出てきた人物は皆死んでいるらしいのだ。

 あの時の雲井の反応を否定はしない。

 それが当然の厳しい世界ではあった。何度も死んだ。死にかけた。そうして奇跡的に今があると言える。


 夕日丘高等学校とは、鏡夜にとってはある意味トラウマにも等しい記憶が多く存在している。

 妖精という存在に何度も何度も弄ばれた。境界線の世界の管理人。そう呼ばれていた妖精は鏡夜にとってラスボスと言っていいほどの存在。


 鏡夜だけではない。あの時いた者達全員の人生を狂わせたようなもの。

 そんな存在がもう二度と出てほしくないと彼は願っていた。



(妖精と同じく、外界から来た存在か……)



 妖精とは違い、執着する対象は一人。

 それは良い事なのか。それとも悪い事なのか。


 なんせ妖精は全てを執着していた。憎んでいた。そしてどんな命が散ろうとも鼻で笑って「あーあー。これで終わりですかぁ?」と馬鹿にするように言うだけの存在。まさに、人が蟻を踏み潰そうが何とも思わないようなもの。

 

 そんな存在でないことを願う。

 あの時のような、頭が狂いそうになる日々をまた過ごしたくはないと願う。


 そう思っていた時だった。

 携帯が鳴り、懐から出して確認すればそこに表示されていたのは電話通知。『星空天』と書かれていた。



「……もしもし」


『おひさしぶりっすねぇー! 元気にしてたっすか!? いやぁ元気じゃないっすよねだってなんかこう、マゾかって思うぐらいトラウマだった学校で先生になってるとか!』


「切るぞ」


『ああ、馬鹿にしてたわけじゃないっすよー。ちょっと話したいことがあって。ほら切らない切らない!』



 星空という男がチャラそうな声で叫ぶ。

 それに深い溜息を吐いた鏡夜は、眉間を軽く揉んだ。



「それで、何の用だ……」


『ほら、今日は入学式だったっすよね? いろいろ問題起きてないことを願ってるんすけど、まあちょっと嫌な予感がしてね』


「…………」


『おっ? 無言ってことは何かあったってことっすね! 霧島ちゃんなにかしたっすか?』


「霧島?」


『あり? あの子じゃないのか。早とちりっすね。でもまあいいか、アンタの学校に霧島桜って女子生徒が入学してるはずっす。……その子、うちの常連さんなんで、まあちょっと訳ありでいろいろ気にかけておいてほしいんでよろしく』


「常連だと?」



 鏡夜は星空の職業が神主であり、神社が家であることぐらいは分かっていた。

 つまり、そこの常連ということは────。



「また厄介事か……」


『まあまあ、あの子はまだマシな方っすから。じゃあこっちも忙しいんで、そういうことで!』


「おい待て! ……チィ!!」



 切られてしまったため、携帯を睨みつけるが何かが変わることもないため苛立ちを隠すことなく懐にしまいこんだ。


 最近溜息を吐くことが多くなっている気がする。

 しかしそういう苦労はこの学校で教師になった時から背負ったつもりだったと、鏡夜は覚悟を決めたのだった。





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