第3話 先生からの対策





 いわゆるちょっとしたデモンストレーション。

 ここで死んで生き返るということはないけれど、このステージでは脱出可能な場所が明確にあるから大丈夫だろう。


 のっぺらぼうの正体は不明。かつてこの夕日丘高等学校に所属していた生徒かもしれないという考察があったけれどその伏線が回収されたことはなく、ただ廊下で真っ直ぐ立つことができずいつも首を折れ曲がらせており、ずりずりと壁を擦りながら動く特徴があるというのは分かっている。


 のっぺらぼうの通り、顔はない。

 いや、じっと見つめればぼんやりとした何かが見えるかもしれないけれど、身体中が黒い靄に覆われていてわからない。

 それに視覚や嗅覚の機能は使えていないのだろう。


 だから耳しか使うことができず、聴覚に特化しているというのは分かっているんだ。


 きっと今はもういない妖精が残した置き土産。

 それかラスボスヒロインでもあった白兎が残した


 そう思っていたんだけど、目の前にいたのはのっぺらぼう一人。



「っ────」



 とっさに口を手の平で覆い、絶対に声を出さないようにした。

 後ろにいた真白が叫びそうになったのでその口を私の手で止める。


 真白は震える体でこちらをじっと見た。



(分かってるってば怖いって言うのは! 逃げなきゃいけないのも分かってるよ!)



 でも、と。

 震える体。無意識ながらに逃げようとする足を叱咤し、前を向き続けた。


 のっぺらぼうといっても、黒い影。黒色の化け物と言った方がいい。

 何も作戦を決めてなくて────前世の記憶がなかった場合、私はきっとここから逃げ出し恐慌状態になりつつ殺されていただろう。


 神無月先生が言っていたんだ。

 協力してほしいと言った時。自分はそちら側へ行くことは出来ないだろうからと。



『まずは弱点を付け。奴らの聴覚が優れているというのなら、それを利用しろ』



 そう言っていた神無月先生によって、攻略法を教えてくれた。

 本来であればのっぺらぼうと対峙するとき、隠れて息をひそめるぐらいしかプレイヤーにはできない。近くに来れば息遣いなどでバレてしまうからだ。


 だからもう、現時点で私たちは死んでもおかしくないということ。

 このまましばらくここにいるか、遠ざかろうとして歩こうとすればすぐ見つかるだろう。



 近くに来た時は、慌てず騒がずじっとそこにいたまま────。



(そらっ!)



 私達とは反対側の方。化け物の背後。その隙間を通すようにして私は事前に持っていた黒板消しを投げ飛ばす。


 遠くから軽い音が響いた。それに反応したのか、首があり得ない方向へねじ曲がって振り向く。

 そうしてまた廊下をゴリゴリと擦りながら遠くへ向かっていく。


 廊下から、その先にある階段へ。

 おそらく上へあがっていったのだろう。



「はぁ。これでちょっとは安心だね。でもなるべく息をひそめて行こう」


「う、うん。分かった……あの、雲井さん」


「なに?」


「何で僕たちはここにきたのかなぁ……」




 呆然とそう呟いた彼に私は何も言えなかった。


 だって今はこんなことをやっている暇はないのだから。



「……ごめん。たぶんこのままここに居たら大変なことになるから、話なら全部終わってからにしよう」


「……うん。分かった」


 ここはレベルゼロ。ゲームプレイヤーの一人がそう名付けたもの。

 境界線の世界が崩壊し、断絶された世界の一つなのだから。



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