第2話 入学式は主人公から





 雲井新月という女の子の事が気になった。

 別に雲井さんが好きとかそういう意味ではなく、ただ心配になっただけ。


 なんとなく僕を見て顔を引き攣らせていたから、体調でも悪かったのかなと思ったんだ。

 僕が挨拶に来た時無理して笑顔を浮かべようとしてくれていたのかなと、ちょっとだけ後悔した。


 顔を青ざめたままどこかへ行った様子から、きっと保健室にでも向かったのだろうと予想する。

 もしも入学式に遅れる様子であれば後で様子を見にいこう。まだ名前を知っただけであって、友達とは少し違うと思うけれど、見知った人でありクラスメイトなら面倒を見た方がいい。

 そう思っていたんだけれど、彼女はすぐに教室へ帰ってきていた。

 中学時代の友達もクラスに通っていたのか仲良しな女の子と話をしている様子は元気いっぱいである。


 不安そうに時々顔を俯かせてはいたけれど、入学式で緊張しているだけかなと思った。

 だからまあ、僕はいつも通りクラスメイトで中学時代から友達の水城くんに頼まれたコーラを買ってくることにした。


 自動販売機は学食が売っている食堂近く。これから通う青組より少しだけ遠い。

 だから校舎裏から通れば近道になると思いそちらへ向かっていた時だった。



「四木くん」


「えっ?」



 後ろからやってきた女子生徒。特徴的な栗色髪をポニーテールにまとめた可愛らしい女の子。

 桜の花びらが舞い、少女を軽やかに彩る。


 可愛い子だなと思えたのは一瞬。

 その顔がとても真剣で、若干青ざめているように見えたのは幻覚なんかじゃないだろう。



「ど、どうしたの雲井さん。体調が悪そうだけど無理しちゃだめだよ? 僕でよければ保健室まで送るけど……」


「ううん。大丈夫……それより頼みたいことがあるの」


「頼みたいこと? 僕でよければ何でもやるけど……」



 その言葉に、雲井さんの表情が硬くなる。

 何か変なことでも言ったかなと思い首を傾けた。雲井さんはそんな僕を気にせず、意を決したように口を開く。



「入学式の最中、私達はこれから怪奇現象に巻き込まれる」


「へ?」


「頭がおかしいと思ってくれて構わない。でもこれは事実なんだ。怪奇現象というか神隠しというか……そこで私と君が巻き込まれるから、それをどうにかして回避したいと思ってるの」


「う、うん……?」



 何を言っているのか分からない。

 僕をからかっているのかな? 怪奇現象とか神隠しとか急に言われても僕はそう言うの経験した覚えがないから、雲井さんが昨日ゲームでもやり過ぎちゃって現実とゲームをごっちゃにして考えているようにしか思えない。


 でもその表情は真剣そのものだった。



「あの……」


「待って四木くん。私から言わせて。あのね、信じられないのは分かるよ! もしも入学式が無事に終わったなら私の事はこれから頭のおかしい馬鹿な子って思ってくれて構わない。二度と交流しないと思ってもらっても構わない! でもね、神隠しとかそういうのが本当に起きた場合は協力してほしいんだ」


「協力?」


「うん。死なないために」



 そう言った雲井さんの言葉が、不思議と信じることが出来るような気がした。



 ────話はそれだけだからと、彼女は去っていった。

 それ以外は何もないらしい。僕がコーラ片手に教室に戻っても彼女は僕のことを見ようとしない。話しかけようと思っても自然と遠ざかっていく。僕も僕で水城君に呼ばれていたから無理だったけど……。



(神隠し、死ぬかもしれない……かぁ……)



 そう言われても実感はない。

 死にかけたことなんて幼少期に一度あったぐらいだし、それ以外は普通に過ごしていたから何か危機感を覚えたこともない。



「入学式が始まりますのでそろそろ廊下に来て並んでください。列は乱さないように、私語も厳禁ですよ!」



 担任の先生だろうか。女性教師にそう呼ばれて僕たちは動くことになった。

 入学式になって、男子と女子がそれぞれ列になり指定された席に座って待っている最中。



【────がして】




 変な声が聞こえた。

 女の人のような、子供の声のようなもの。

 かすれていて何を言ったのか分からない。びくっと肩を震わせたけど近くにいたクラスメイトは皆分からない様子だった。


 僕の斜め前に座っている雲井さんは、僕と同じように周りをキョロキョロと見ていて、挙動不審だった以外は。



【────どこにいるの】



 その瞬間耳元からノイズが走る。



「っ────うわぁ!?」



 不意に、僕の足元に穴が開いたかのような衝撃、浮遊感に襲われる。

 静かにしなければならない入学式で突然叫べばそれだけ周りに迷惑がかかるだろう。でも周りは誰もいなかった。


 体育館にいて、周りにクラスメイトがいたはずなのに。



「えっ……」




 空虚に並べられた椅子だけが残る体育館。

 学校のチャイムが響く。しかし何か音程がおかしい。不協和音のように響いたそれはどう聞いてもゆっくりと不気味なもの。どこか遠くで悲鳴のような声が混じっているようにも感じた。



「四木くん!」


「あっ、雲井さんっ!?」



 僕だけしかいないと思ったのに、まさかの雲井さんがそこにいた。

 何故か焦った様子で僕に手を伸ばす。そうして叫んだのだ。



「早くここから脱出するよ! そうじゃないと怪物が来る!」


「か、怪物?」


「そうだよ!」



 僕の手を掴んだ雲井さんが扉へと急ぐ。

 体育館から外へ出て廊下へ。どこかへ向かっているらしいけれど……。



「怪物って……君がさっき言ってた怪異ってこと?」


「うん。目が見えないだけの、音に反応してくる怪物────のっぺらぼうが来るの! だからそいつが襲い掛かってくる前にここから脱出しなきゃ!」


「の、のっぺらぼう?」


「そうなの。それもちょっとした妖精の悪戯なせいで害悪に進化した化け物というか怪異というか……っ!」



 突然走るのをやめた雲井さんが、身体を震えさせ口を片手で塞いだ。

 まるでそうしないと悲鳴でも上げてしまいそうだと言いたいかのようだ。


 何かいるのかと思い、僕は彼女の目線の先を見た。


 不意に響いたのは奇妙な音。

 壁をガリガリと削るような、黒板を爪で引っかいたような耳障りなものだった。



「っ……」



 そこにいたのは、黒い何かだった。

 廊下の床から天井まで……いや、天井すらも余裕で届くせいで首が不自然に折れ曲がっている人型の姿をした何か。


 それが僕達を見たような気がした。






・・・



これよりアクションモードへ入ります。


プレイヤーは制限時間まで隠れてください。逃げてください。

夕日丘高等学校ではプレイヤーはヒロインこと雲井新月を生き延びさせる必要があります。怪異に狙われます。神隠しとは異なります。

彼らは探しています。彼女は狙われています。


隠れられる場所は教室の机の下。教壇の下。ロッカー。トイレの中にあります。

唯一安全な鍵を掛けられる科学準備室ルートはロックされています。


隠れてください。逃げてください。

制限時間があります。


攻略法を見つけてください。










制限時間が過ぎたら殺しにかかります。



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