第1話 教師は頭が痛い





 科学準備室に飛び込んだ私を見た先生は驚いたことだろう。入学初日の新入生である私が問題児として扱われるかもしれないけれど……。



「ええと、頭がおかしいと思われちゃうかもですけどお願いします! 助けてください!!」


「……頭を上げなさい」



 呆れた顔をしているのだろう。土下座をしている私には見えないけれど、ため息を吐いた神無月先生に対し私は首を横に振った。


 今いる場所は科学準備室。先生以外は誰もいないし大丈夫なはず。

 もしも前作の物語がなかったとしたら、怪奇現象に悩まされなくて済むのなら私が頭のおかしいことを言ったというだけで全て収まるはずだ。


 最悪、停学処分とかなにかしら言われたとしても私は構わない。

 一番大事なのは私が死なないかどうか。ストーリーを問題なくクリアできるかどうかなのだから。



「あの、頭がおかしいと思っても構わないので、どうか助けてください。死なないためにはあなたの頭脳が必要なんです……お願いします、神無月先生!」



 神無月先生とは、前作主人公たる神無月鏡夜が科学専門の教師として登場した、青戦のサポートキャラクター。

 頭が良くて前作にて大変な目に遭ったことで怪奇現象に対し対策案を出してくれるありがたい先生である。


 前作の夕青はそれはもう脳筋プレイでごり押しなんて出来ないような死にゲーであった。

 選択肢を間違えれば死ぬ。ルート分岐を間違えれば死ぬ。また助けてくれるはずの青組クラスメイトなキャラクターも時には邪魔をし、主人公であった神無月鏡夜を殺しにかかる。


 そんな難易度ナイトメアな物語を生き抜いた神無月先生ならば、きっと良い案が浮かぶはずなのだ。

 私はそう、信じている。……まあ、チラリと顔を上げて見た神無月先生の表情はまるで頭痛が痛いというものすごい疲れた顔をしているけれど。



「……とにかく、土下座なんてものをするんじゃない。ほら、椅子に座りなさい。話なら聞いてあげるから」


「は、はい……」


「それで、君は何を知っているのかな?」


「っ! はい、私はその……馬鹿みたいなことを言いますが前世の記憶というものがあって。この世界がホラーゲームであること。怪奇現象で私や主人公、他の人も死ぬかもしれないことがわかります!」


「つまり全てが分かると?」


「い、いえ……その。私は前世でこのホラーゲーム……通称『青戦』というんですが、クリアすることなく死んでしまったので……それにアクションモードの時は攻略については分かりますが、選択肢だけは無理で……」


「ほう?」


 今回の怪奇現象については妖精が残した害悪が関係しており、それらをどうにかすることが今作のテーマ。謎やら伏線やらを回収し、トゥルーエンドに向かわないと私の命はないようなもの。


 でも!

 なんというか、ルート分岐が恐ろしいほど存在するんだよ青戦はさぁ!

 例えば天気予報を見ただけでお化けに襲われる。コーヒーを飲もうとするだけで化け物に喰われる。


 おおよそ1万以上はあるんじゃないかとされるルート分岐。選択肢ルートでは日常的にお化けに襲われる可能性があるので、帰り道や家も気を抜けない。だから詰んでるといえる。


 逆にアクションモードは主に学校での神隠しからどうにか脱出することが目的だから、一応どういう怪異に襲われるとかは分かってるんだけど……。



(なんだろう、普通こういう場面だといろいろ馬鹿にされると思ったんだけどな。いや前作のツンデレ天邪鬼主人公として有名だった神無月先生だし、内心で馬鹿に……でも落ち着きすぎじゃない?)



 先生の様子がおかしいと思う私は変だろうか。

 いや、先生が変だから彼も敵だという気持ちはない。前作の疑心暗鬼な世界ならともかく、青戦はそういうのないはずだし。

 前世の記憶とか、この世界がホラーゲームとか話したのに、それについて何の驚きもなく受け入れてるみたいだ。


 落ち着きすぎてるんだ。まるで以前も経験があるみたいに。



「あの、その様子だと先生もいろいろと経験してますよね? ええと、私みたいなキャラの成り代わりとかいたんですか?」


「……似たようなものだ」


「ってことはやっぱり前作の物語はあったということだし、今作も死亡フラグいっぱいなまま怪奇現象に巻き込まれて死ぬかもしれないってことじゃないですかやだー!!」


「落ち着け。まず聞きたいんだがこれは妖精の仕業じゃないな?」


「ふぁい。妖精は青戦に出てきません。彼女が残した残骸が怪奇現象になってるだけですぅ……うう。やっぱりホラーゲームな世界なんだ。私は死ぬんだぁ……」


「そうだな。なにもしなければ死ぬだろうな……妖精の悪戯な可能性もあるが、俺に出来ることはしてやる。死にたくないなら全て話せ」



 そう言った先生は怯えもなにもなく、とても頼もしかった。






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