第26話 休憩

 ミュトとイーリエが蒸気の霧と濁流に包まれた後。


 すかさず【サウルスサウナストーン】は霧の中めがけて<熱石竜牙>で追撃。


 赤熱する岩竜のあぎとが足元の地面を食いちぎると、そのパワーが地表を隆起させながら伝って霧の中心地まで到達、地面がバクリと口を開け、さっきの攻撃を再現するようにミュトたちを襲った。


 しかし既にそこに2人はいない。


 長く伸びた<光槍>が、つらら状に垂れ下がる石ごと天井を貫けば、今度はどんどん短くなっていく<光槍>の柄を掴んだミュトとイーリエが渦を飛び越えて現われたからだ。


 縮み切る前に天井から槍の刃先が外れ【サウルスサウナストーン】の頭上に放り出されてしまうも、イーリエを絡みつかせたミュトが透明な天使の羽を広げ、気力で湖までのわずかな距離を運びきった。


「重い」


「重くないです!」


 とでも聞こえてくるようだ。


 そうだ。前衛を馬鹿正直に叩く必要はない。やっかいな後衛がいるならそちらを狙うのは全く正しい。


 <排水竜圧>を吐き終わり、次は両目から<赤外線照射>をして【サウルスサウナストーン】の体温を上げていた【パイプレシオン】はとっさに対応できず、2人は大型岩竜の頭を超えて無事湖に着水。


 それと同時にイーリエが落下中に唱えていた<中位激流>が完成し、瞬く間に波とともに巨大な首長機竜に接近する。


 今度は逆にイーリエにミュトが捕まる形だ。


「キィンキィイ!」


 【パイプレシオン】が金属音じみた警戒の声を発するが、もはや遅い。


 <中位激流>の威力も乗ったミュトの<光槍>が、機械に覆われていない胴体へ深く突き刺さった!


「キョェェエエン!!!」


 しかしそこは『分類:竜』の竜種。<竜の誇り>は並の攻撃を通さないし、普通なら致命傷に至るようなミュトの突撃でも戦意を失わない。


 痛みにのたうつ機械首からこれ以上回り込ませない意思を込めたのだろう、牽制の<ウォーターブレス>を放ち、巨体と大きなヒレを暴れさせることで周囲を巻き込み大波を起こす。


 当然波は岸側に押し戻すような形で、機を窺っていた【サウルスサウナストーン】もが大きく息を吸いこみタイミングを合わせ、押し流されるだろうミュトとイーリエを<スチームブレス>で迎え撃った。


 ドォオオオオオオ!!! シュゴォオオオオオオ!!!


 2体の竜のスケールの大きな反撃と比べれば小さすぎる2人には、なすすべないかと思いきや――


 ……ザバァアン!! ――ヒュオン!!


 ――2つのブレスの嵐が弱まるやいなや、立ち込める余波の濃霧を切り裂くように湖中からミュトが飛び出し、天井スレスレまで浮かび上がる!


 そうか。【パイプレシオン】の反撃を読み<水流圧>で自分たちをとっさに沈め、すぐさま逆の流れに切り替えて水の中から勢いをつけて打ちあがったんだな。


 同時に、水中から水上へ押し付ける<水流圧>は【パイプレシオン】を捕らえる枷となり、竜たちの一手先をとった形にもなっている。


 下から突き上げられて潜ることも移動もままならない首長機竜の背に、落下のエネルギーで加速するミュトが降下し、


「<聖光槍>」


 強く輝く大きな槍を竜の鱗に突き立てる!


 シャラ……ズブドドォオオ――z__!!


「ンギャァァァアオ!!!」



§



 俺は今日の訓練を終えて『第6休養室』で休んでいた。


 山を洞窟がくりぬくような作りのダンジョン『虎穴の湯』。


 長い洞窟の通路はわずかに傾斜があり、走るだけでも運動効果を高めるという修行者にとっては至れり尽くせりな環境。


 その通路が繋ぐのは、俺たちが使用した『卓競の間』や『ロウリュウの間』など趣向を凝らした訓練施設であり、今いる『休養室』も名前からわかる通り数ある『休養室』のうちのひとつだ。



種族:アロマテラノピー (大理石竜属・変異種)

分類:物品 竜 風属性 光属性

所属:虎穴の湯

評定

力格:★★☆

技格:★★★☆

魔格:★★★★

心格:★★★★

<竜術>

・竜の誇り

・ルミネストームブレス

<回復魔法>

・中位治癒

・精神異常回復

・芳香療法

<風魔法>

・空調操作

<強化魔法>

・眠気強化

<薬術>

・香花石像

遺宝

・造竜の破片

・小さな薫陶器



 部屋の中央には竜の石像の魔物が寝そべっていた。薄茶色の体には陶器の如く鮮やかな模様が描かれており、部屋の隅の柔らかい椅子に座る俺のところまで、魔物から放たれる花の心地よい香りが漂ってきている。


 トニコと会った『最後の休養室』でもこの魔物が匂いを発していたらしく、気を休ませるにはぴったりの仕掛けだと修行を始めてから何度も実感している。


「ゼズ様、お食事お持ちしました」


 イーリエと小さめの猫足バスタブが3つ並んでこちらに歩いてくる。


 白い置くタイプの浴槽ではなく、本体のスライムが被っている殻なのはわかっているが、短い脚でちょこちょこ動いて中の粘液がちゃぷちゃぷ揺れる姿は、どうみても猫足バスタブが歩いているようにしか見えない。



種族:バスライム (風呂桶液属・基本種)

分類:粘体 物品

所属:虎穴の湯

評定

力格:★★

技格:★★

魔格:★★

心格:★★☆

技能

<盾術>

・シェルガード

<変身術>

・体温変化

<操縦術>

・操縦修練

・カープール

遺宝

・バスフット

・適温粘液



「【バスライム】さんたちがたくさんとってくれましたから、本日は川魚の香草温泉蒸しに切り身の塩泉スープ。温泉ならではの魚料理です」


 料理の解説をしながら、イーリエが器用に両手で持ち運んでいた4つの大皿を配膳し始め、前の小さな机に大きな木皿がデンと置かれる。皿を飛び出して机からもはみ出てしまうほど食べごたえのありそうな蒸した魚。濃厚な緑の匂い。


 【バスライム】たちに机はないが、彼女が手渡しすると順に器用に湯船に浮かべていく。


 最後の【バスライム】へはただ料理を渡すのではなく、バスタブに入れて運んでいた大鍋と食器をずぼりと取り出し料理と交換。イーリエは続けて大鍋のスープを深皿に注ぎ5つに配った。


 このように魔物が食材集めなどを手伝うのと引き換えに、<料理術>の腕を振るって旅をしてきたようで、人を使う……人じゃないか。自然と協力してもらうように働きかけるのも慣れている様子が見てとれる。


「お召し上がりください、ゼズ様。【バスライム】さんもどうぞ」


 さらに言えばスプーンとフォークこそ野営道具のものを使っているが、大鍋を始めとする調理用具はイーリエの私物であり、ついでに言えば皿も彼女が作ったものだ。


「いただきます」


 まずはスープから。


「うまい」


 うまい。


「お口に合って何よりです!」


 形容する言葉が見つからないほど美味いイーリエの料理。食べるたびに最高点を更新し続けている。


 俺の好みに味を調整している? いや、それはないか。細かく料理について意見なんか聞かれてないし、ニコニコと食べるのを見守っているだけだ。


 イーリエの<料理術>のスキルに<ひとつまみの愛情>という謎のスキルがあるが、その効果なのだろうか。これは食通の魔物に狙われてしまうのも頷ける。


「ミュトたちも食べればいいのにね」


 【バスライム】も湯船にずぶずぶと料理を沈めるような食べ方をしながらうねうね体を波立たせて……喜んでいる? 喜んでいるんだろう。


「魔物のみなさんはたまに食べるくらいでちょうどいいのです。わたくしはゼズ様が毎日食べてくださるだけ天にも昇る気持ちなのですから!」


 作る過程で何度も味見するためあまり食べられないと、付き合いで少しだけ取り分けたスープを飲みながら、本当に光魔法をかけられ天にも昇るくらいキラキラと光っているような調子でイーリエが答えた。


「ミュトとカリダはトニコにつられて<瞑想術>の修行だっけ。休まなくても大丈夫かな」


「ミュトさんがやる気を出してますからね! カリダさんは……道連れです」


 当初の予定では、俺、ミュト、イーリエ、トニコ。そしてトニコの知り合いのダンジョンからの助っ人ひとりのパーティでダンジョンへ向かう予定だった。しかし、その助っ人に問題が発生。急遽、俺たちの修行に付き合っていたカリダに白羽の矢が立ったのだ。

 その問題というのが……

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