第25話 水弾

 別の日。


 地底湖。


 いや、山の中を大分登ったから地上湖なのか? とにかく、洞窟の開けた場所に青くて深い大きな湖。『ロウリュウの間』というらしいそこで、2種類の竜を相手するミュトとイーリエ。


 湖を背に陸で2人と向かい合っているのは、熱されて真っ赤に光る黒い体表の石像竜。【ダイナセキ】と同じ種族の魔物は、動き回った後の荒い呼吸とともに高熱の蒸気が口から漏れ出ている。



種族:サウルスサウナストーン (大理石竜属・適応種)

分類:物品 竜 火属性

所属:虎穴の湯

評定

力格:★★★★

技格:★★☆

魔格:★★★☆

心格:★★★

<竜術>

・竜の誇り

・スチームブレス

<牙術>

・剛力牙

・熱石竜牙 (前提:土石竜牙)

<体術>

・ヒートアップ (前提:体感温度強化)

<強化魔法>

・自然回復力強化

・体感温度強化 (前提:火属性)

<耐性>

・赤熱体質

遺宝

・造竜の破片

・耐熱岩



 にらみ合いの均衡を破ったのは、湖に浮かぶ島のような大きさの体へ銅に似た色の長い機械の首をつけた水棲竜種。


 くすんだランプの瞳を光らせ、【サウルスサウナストーン】もろとも大量の濁った水の渦を吐きつけた!


 バシャグルォオオン!!



種族:パイプレシオン (首飾長竜属・適応種)

分類:水棲 機械 竜

所属:

評定

力格:★★★★☆

技格:★★★

魔格:★★★★

心格:★★★☆

技能

<竜術>

・竜の誇り

・ウォーターブレス

・排水竜圧 (前提:水流圧・機械)

<水魔法>

・ハイドロスナイプ

<看破術>

・照明眼

<機械術>

・水陸両用

・赤外線照射

遺宝

・逆飾鱗

・パイプウォッシャー



 長い首から長々と放出された渦はミュトたちを取り囲み、同時に赤熱する魔物の体に水が接触すれば瞬く間に反応し蒸気へと姿を変え、戦場が水と熱い濃霧に包まれる。


「わかっておるなゼズ、今日は<強化魔法>の支援はナシじゃぞ」


 あちらの戦いに意識をやっていると、トニコがこの日一番早い水弾を放ってくる。


 俺は反射的に<魔力同化>中の<中位激流>によって作り出した水で迎撃する。


 同じ威力で激突した水同士は、反作用でシュウンと静かに消えた。


「それはもちろん。ちょうど途切れたし、次は俺が話そうか。前回はどこまで話したっけ」


 ちょくちょく修行の様子を見にくるトニコには、話し相手兼稽古相手として付き合ってもらっている。


 今回はトニコが<無双水拳>で両手に纏った水をデコピンで弾き出し、俺が空中で威力を見切り同じ威力で打ち消す訓練だ。精密で素早い魔力操作と相手の魔力を感知して威力を見極める能力が求められる。


 使っている<中位激流>は最近イーリエが覚えたスキルだ。俺自身に<強化魔法>をかけるのは禁止されていないので、素直に<魔格強化>と<心格強化>を選んでいる。


「ダンジョンをひとつ攻略して『英雄パーティ』とやらが王になったんだろ」


「それじゃそれ」


 一瞬の沈黙で察したのかカリダが助け舟を出す。


 今日もまたカリダには俺を抱えてもらっている。初めはトニコの前で緊張していたが、もう自然体で慣れたものだ。


「わかった。その続きから話そう。『英雄パーティ』のリーダーであった若き頃のヴォディノは、自らが手に入れた当時の人間からすればあまりに大きなダンジョン領域の跡地を新たな国、名を『クレアス』として定め、国王ヴォディノ・クレアスを名乗――」


 水弾。迎撃。


「――るようになった。他の4人のパーティメンバーも重役に就き、この大陸で2つ目の国が建った」


「東の国も勘定すれば3つ目じゃな」


「そうだね。ヴォディノ王たちはその大陸一の武力と英雄視された求心力で祖国である隣国を押さえつけ、王自身の好物である食肉のため畜産を奨励した。いままでは狭い国土で十分な家畜を育てられなかったけど、既にそのための土地は手に入れたからね」


「『耽美食する食卓』の奴らといい、そんなに食べるのが好きかの。温泉の方がよっぽど良いぞ」


「はは。人間は食べないと生きていけないから、また話が違ってくるけど――」


 水弾2発。左右に別れるそれを続けて迎撃。


「――とにかく、家畜に食べさせる分と人間の分が必要になり『ダンジョンの呪い』もないから、とにかく人を増やして皆で魔法を使い大量に農地を作らせることを優先させた。そのため、隣国よりも圧倒的に民に優しい国だったんだ。税とか政策とか難しいから飛ばすけど、結果的に人が増えて国の力がぐんと増したこと――」


 水弾。迎撃。


「――だけ覚えておけばいい」


「食べ物を作るのは簡単なのか?」


「家畜を育てるよりは――」


 水弾。迎撃。


「――作物はよっぽど楽だよ。<風魔法>や<土魔法>があれば農家として必要なことはほとんどできるし、そうでなくとも魔力を土に込めて農作物を成長させるのは誰でもできるから実るのにそこまで時間もかからない」


 小さな<雷魔法>で畑を肥やしながら雑草の処理、種や水を<風魔法>で飛ばして、できた葉物も同じく<風魔法>で収穫していたじいちゃんを思い出す。


「だから食べ物の中でも食肉は貴重で王も欲しがったんだ。『闘屠技場』もその頃にできたんだっけかな」


「『闘屠技場』?」


 水弾3連発。なんとか迎撃。


「っ! 馬や牛、豚に羊。たまに大きい種類の兎や鶏とか。人間と家畜との試合を大勢が観戦するんだよ。魔物じゃなくて動物と言えど、当たり所が悪ければただじゃ済まなかったりするし、鍛えたスキルのお披露目の場だったりもするから、嫌いな人はいないと思うよ」


「なるほどな。人間も考えるのう」


「話がそれたね。その『闘屠技場』人気もあり無事畜産は広まって国もますます栄え、反対に隣国は力を失っていく。そこであえて王は徴兵を始めた。つまり国の拡大と魔物を悪とする宗教を掲げ、強制的に一部の民に魔物と戦わせる義務を与えたんだ。それには当然、食べるのに困らず新たな娯楽も生まれて現状に不満がない多くの人々から反発――」


 水弾。迎撃。


「――することになるし、隣国もここぞとばかりにその流れを陰で支援した。だけど全ては国王の罠だったんだ。反発の火が本格的に燃え上がる前に、用意しておいた戦力で声高に反対していた民を数十人も一気に反逆罪として捕らえ、首謀者として隣国の王族も取り押さえることで収束させた。さらに――」


 早い水弾。ギリギリ迎撃。


「――さらにそのまま捕らえた者全員と兵士も加えて、かつてない規模の大人数で

ダンジョンの攻略に向かったんだ」


「大勢でダンジョンに踏み込んだらスキルが使えんじゃろ」


「その通り。だからダンジョンコアを手に入れて王が凱旋したときにはわずかな兵士たちしか残っていなかった。反逆者たちは全滅したんだ。スキルを使わずとも強い『英雄パーティ』が肉の盾として連れて行っただの、ただの見せしめだの、人間を触媒とする未知のスキルがあるだの色々噂はあるけ――」


 水弾。迎撃。


 っと、時間差でのもう一発も迎撃。


「――れど、これにはクレアスの国民も隣国も大いに恐怖した。この事件で、肉好きを公言し、餌を与えて増長させた人間を刈り取った様子から、畏怖と侮蔑と皮肉を込めて『屠殺王』の異名が広まったんだ。ちなみに隣国はその後すぐに吸収されてなくなったから、今はまとめて王国とか西の国、クレアスとか呼ばれているね」


「人間も色々大変じゃのー」


 ざっくりすぎる感想ありがとう。


「さて、ミュトたちは――」


「――ンギャァァァアオ!!!」


 何度目かの竜の咆哮が響く。


 チラチラと確認してはいたが、あちらも決着がついたようだ。


 ここまでの彼女たちの戦いの流れを軽く思い返してみると――

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