第24話 卓競
母さんの夢を見た。
安心する空気、弛緩する心。
最近何度も入っている温泉に近いが、やはり似て非なる。
もっと根源的で本能的な精神の安寧。
言葉は前回と同じように最後しかわからなかった。
「~るから」、「~だから」か? 俺に言い含めているようなニュアンスも感じ取れたが……。
そんな夢の感触を寝ぼけ眼で反芻する。
両腕にはいつも通り、ミュトとイーリエがくっついていた。
彼女たちはすぐに仲良くなった。イーリエの事情を聞いてミュトとの関係も結婚にあたるのでは? と問いかけて、戸惑っていたのが遠い昔のようにも思える。
その問いかけの次の日には、2人で結婚するのってアリでしょうか? と逆に質問されて、王族や貴族ならありえると答えた。もちろん俺はただの一般人だとか、現在の王であるヴォディノ・クレアスは結婚していないだとか余計は情報は言っていないけど、嘘ではない。
続けて聞かれたのは好みの容姿について。なんでもコアを得てボスになると、元の種族の特徴こそ残したままだが、自身の嗜好を反映した姿と能力になれるらしい。そのとき一瞬、デカくて全身凶器で飛び道具もあって……なんてことを言えば大幅に強くなるのかとも思ったが、さすがに人間性が疑われそうだったのでやめておいた。
俺は「今のままでも十分」や「好きな人の容姿が好きな容姿」だとか、当たり障りない返答をしたはずだが――
「ミュトさんが恥ずかしいと言ったので一緒に聞きに来ました!」
「……」
ガスッ!
「いたっ! わかりました、これ以上は秘密にしますから!」
――ミュトが余計なことを言うなとばかりに<光槍>の柄でイーリエの背を小突いたのに驚いてそっちのことしか覚えていない。
こんなじゃれ合うようなことするなんて、ミュトが気を許すのが早いのか、イーリエが友人を作るのがうまいのか。
「でもミュト、話すのが恥ずかしいって言うけど、ずっと俺にくっついて寝るのは恥ずかしくないの?」
思わず、掘られたくない話題なのは分かってはいたが漏らしてしまったくらいだ。
「あれはゼズを守るのに必要」
「人間基準だと恥ずかしいんだ。遠慮してもらえると嬉しい」
「初めに抱いて運べと言ったのはゼズ。その方が安全」
一理あるような、ないような。とにかく頑ななのはわかった。
「あの! わたくしもくっつきたいです!」
イーリエが挙手。目を輝かせんばかりに食いついてきてしまった。
という流れでそれ以来2人に挟まれて寝ている。
ありがたいことに、トニコの一声で『虎穴の湯』で修行させてもらっている俺たち。今はミュトとイーリエが温泉名物『卓競』とやらに挑戦中だ。
洞窟の行く手を阻むように熱湯の川が流れ、飛び石の如くいくつものくすんだ真鍮の高い柱が突き出している。2人はそれぞれ別れて、食事机ほどの大きさしかないその足場に。
対峙するのは、毛皮と道着の代わりに虎柄にペイントされた機械装甲を着こんだ【
種族:タイガージェットマシン (湯治闘虎属・適応種)
分類:獣 機械 女性 火属性
所属:虎穴の湯
評定
力格:★★★★☆
技格:★★★☆
魔格:★★
心格:★☆
技能
<格闘術>
・格闘熟練
・双炎蹴
・スチームパンチ (前提:蒸気機関)
<体術>
・クレーンバスター
・受身防御
<機械術>
・水陸両用
・蒸気機関
遺宝
・タイガークロー
・神経トランジスタ
狭い足場の上でミュトと相手の【タイガージェットマシン】の拮抗した戦いが続く。
ルールで飛行が封じられていても付与した<力格強化>と、<強化部分化>した<魔格強化>によって離れたミュトと呼吸を合わせ適宜<光槍>を強化。更にミュトには槍のリーチを操作する新たなスキルもあり、接近戦の不利と力格の評定差を覆してみせている。
よし、問題ないな。
しかし、まさかダンジョン攻略にボスのトニコがついてきてくれるとは思いもしなかった。というよりも、トニコに俺たちがついていく形になるのか。まあ、ミュトが倒したダンジョンコアでボスになることには同意して貰っているから、どちらでも同じことだ。
【
いまのところ順調に彼女たちはスキルを使い込んで強くなり、実戦経験も積んで実力をメキメキと上げている。だが俺はといえば、毎晩毎朝美女と美少女にまとわりつかれ<魅了耐性>が一番成長している気がする。これが仮に<魅了無効>になったら彼女たちに冷たく当たるようになったりしないよな? なんだか心配になってきた。
さてイーリエの方は防戦一方。ただ、元からそういう訓練なのだ。
イーリエに求められるのはパーティが同時に戦う魔物の数の調整、『阻害役』とも呼ばれる行動阻害の技術だからだ。
最大5vs5での戦いを考えれば、相手の攻撃役や防御役をひとりでも引き付けておければ仕事は果たせる。ミュトもいるし、ましてや今回はトニコもいるのだ。彼女が無理に攻撃に参加する意義は薄い。それならば繊細な技術が光る<水魔法>で相手を翻弄することに特化したほうが、よほどパーティに貢献できるというものだ。
事実戦闘スキルに乏しいイーリエでも、<魔格強化>をかけながら、折を見て<強化部分化>の<技格強化>で回避に変化を加えるだけで、【タイガージェットマシン】の苛烈な攻撃やスキルをしのぎ切っていた。
こちらも安定している。
そうだな……ミュトはイーリエに恥ずかしがり屋だということも含めて色々と話したらしい。俺に言えない秘密もあるとか。俺と敵対するわけでもあるまいし、秘密の共有をしてパーティメンバー同士結束を深めるのは良いことだ。ミステリアスなミュトには秘密も似合う、かも知れない。
それに俺も、彼女たちに『分類:女性の魔物に好意を持たれやすくなる』というジョブ効果を未だ秘密にしている。
スキルとは違ってオンオフできるものでもないし、魔物の生態としてモチベーション、つまり目標意識や意欲が明確で強いほど個体として成長できるため、あえて彼女たちにこの秘密を伝える意味がなかったのも理由だ。
メンタルが成長に依存するのは人間も似たようなものだが、裏を返せば魔物は生きる意欲がなくなればコアでも蘇らずにそのまま死んでしまうらしい。それには人との差異が大きすぎて驚いたし、【
やましいことはない。前に決心した通り、俺が好意を受けるに値するくらいの人間になればいいだけの単純な話――
――来た!
「左に飛んで!」
……ボシュゥウウン!!
俺を抱えるカリダが跳んだ次の瞬間、彼女の立っていた場所に3人目の【タイガージェットマシン】の燃える虎足が突き刺さる。
俺に与えられた修行は気配察知。
トニコに指摘されたのはせっかく心格が高いのに、感知能力が足りないこと。<苦痛耐性>を得るほどやられていて受身になっていたのだろうか。『ロストワンの亡国の』【カブトコーグ】や、『虎穴の湯』の【ダイナセキ】の接近に気づけなかったことは顕著な例だ。
湯煙に紛れて不意打ちしてくる敵を察知する訓練。それも今はミュトとイーリエに<強化魔法>を飛ばしながら、別の思考を並行させた上で、気配察知を行うという段階まで着実にレベルアップしている。
「集中してねーのはわかるのに、<強化魔法>はしっかりかけて感知能力も完璧だ。修行の成果がですぎだぜ、人間っつーのはみんなこうなのか?」
頭の上からカリダの声がする。褒めてもらえるのは素直に嬉しいが、もっと俺たちは強くなる。
修行は、まだ続く。
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