第21話 風呂(魔物娘視点)
地下一番の大浴場。
「たのもー!!」
「……!」
「うわあ! トニコ様!?」
引き戸の扉を開け放ち、中のイーリエとミュトに断って入る。
「『虎穴の湯』のボスがじきじきに風呂の入り方を教えに来てやったぞ、ありがたく思うのじゃ!」
2人とも驚いてるな。よしよし。
隅の方で縮こまるようにして湯につかっている2人に走って近寄る。
「ダメじゃダメじゃ! こんだけ広いんじゃから、もっと有効活用せんとな」
仕方ない。ウチが手本を見せてやるか。
「喧火水流の風呂の入り方は、こうじゃ!」
風呂の縁を踏み切って、跳躍。
空中で3回転半して尻から湯船にダイブ!
ザバァ――ン!!
中央に行くほど深くなっている風呂なので、ケツを打たない安心設計じゃ。
大量の湯をかぶって、固まっていた2人が動き出す。
「お行儀悪いですよ、トニコ様!」
「尻波がかかった……」
しりなみ……?
「風呂場に行儀なんて言葉は無し! 風呂とは自由じゃ! 精神の開放なのじゃ!」
近くにまで伸びていたイーリエの触手を全身で掴み、そのまま木を登るように触手を伝って、イーリエの上半身までたどり着く。
「ぷにぷにと程よい弾力で滑らかな良い手触りじゃ。湯に反応して変にぬめりが出ることなく、触手の先まで出来物や細かな傷すら見当たらない。よく気を遣っているのが感じとれる」
「え? きゃあ!」
「上半身は……ふむ。少女性に満ち満ちたボディと束縛から解放されたような髪の毛じゃが、触手と同じで纏う魔力は淑女のように整えられておる。なかなかどうして対比的で芸術点が高いの」
「あの、一体なにを言って」
「こっちも拝見」
スイーとミュトに近づき、至近距離で観察。
「昆虫系の定めで甲殻代わりの装備は脱げないのがもったいないが、腰回りのいかつい装備がなくなるだけで印象がかなり違うの。足の長さと美しさもハッキリするし、腰から胸当てにかけての見事な曲線はいつまででも愛でたいぞ。怪我もばっちり治っておるな」
ミュトが追い払うように伸ばした手から、するりと逃れて続ける。
「そしてなにより魔力と佇まいは渾然として、山の頂の如く冷めて澄み切った高い次元の調和を感じさせる。こちらも逸材じゃ」
「なに?」
何と問われれば答えてやろう!
「いいか。風呂に入っている時こそが一番その者の本質を映すのじゃ。取り繕える外見に取り繕えない内面の魔力。その両方が弛緩して漏れ出てくる場所こそが浴場というわけよ」
「は、はあ」
「……」
2人の視線がウチの裸体に突き刺さる。
「なんじゃ、ウチの姿に見惚れておるのか? いいぞ、とくと見よ! 愛らしさの止まらない庇護欲のそそるかわゆ~な顔! 手足に耳尻尾の毛先の痛みなど知らぬ若々しい銀縞毛! 極めつけは、背はちっこいのにでっかい超絶魅惑な乳!」
ほれ、浮いとるじゃろ! と2人に圧倒的勝利している乳を見せびらかす。
「乳をでかくしたのはインパクトもあるが、普段から重みを感じておくことで湯に入った時、その重みからの解放感がさらに――」
「ボスになると姿を好きなように変えられる?」
「――なんじゃミュト、知らんかったのか。きちんとなりたいビジョンがありさえすれば、望む体や望む成長を得られるのじゃ。ゼズのためボスになるのじゃろ、ほれ、どんな姿がいい?」
キリリとした表情で目を泳がせるという器用なことをするミュト。
「……わからない」
ウチの話を止めるくらい食いついたのに、わからんのか?
「ゼズの好きな姿になりたいけど、わからない」
「聞けばええじゃろ。直接」
「聞けない」
その言葉に、ミュトと、その漏れる魔力の揺らぎをもう一度見て事態を把握する。
やれやれ。ウチの目も曇ったか。超然とした容姿につられ、つい色眼鏡で見てしまっていた。
ミュトの魔力は洗練され研ぎ澄まされたものではない。無駄ではない部分まで無駄として削ぎ落とし、空疎にも透明にも似た危険な領域に至っていたことの残滓。
魔物は、自らを『生きよと命ずる』ことができなければ死ぬ。
たとえコアで復活できるのだとしても、復活しようとする思いがなければ帰れない。魔石を中心として存在しようとする意志が形になったもの。それが魔物である以上、ウチらの生命とはすなわち、自らを突き動かす心に違いない。
「怖いのじゃな。自信がなく、自己表現を恐れておる」
縁にもたれてミュトの隣に座る。2人の方は向かず大浴場の壁を見つめる。
「ミュトさんがですか? とてもそんな風には……」
「イーリエ」
イーリエをたしなめて、ミュトの言葉を待つ。
ちゃぷん。
ミュトが少し身じろぎして、湯が静かに鳴った。
私には何もなかった。
<虫の示らせ>に従うと、ダンジョン領域からダンジョンの中に住めるようになった。パトロールも魔力だまりでの回収もよくできて、ボスに認められたから。
<虫の示らせ>に従うと、自信がなくなった。ダンジョンのみんなは、戦いや草木を育てる力が認められてダンジョンの中に住めているのに、私には胸を張れるものが存在しないから。
<虫の示らせ>に従うと、交流がなくなった。周りとかかわらずなるべく話さず、ただスキル通りに動くだけなら、私に実力がないことがバレないから。
<虫の示らせ>に従うと、生きる意志もだんだんとなくなっていった。
でも。
<虫の示らせ>に従うと、生きられた。ダンジョンの侵略者に殺された私は復活できないだろうと思ったけど、ボス部屋で復活していた。いつもの癖で死んでもスキルの導く先に進んだから。
<虫の示らせ>に従うと、逃げきれた。スキルに示されたのは目の前の敵ではなくダンジョンの外だった。躊躇なく逃げられたのは、使命感も思い出もなかったから。
なにより。
<虫の示らせ>に従うと、ゼズと逢うことができた。一目見た瞬間、ゼズは私が守らなきゃいけない。そのために私は生まれてきたんだ。そう、強く思った。
だから、私は死ななくなった。ゼズと繋がったし、生きる意味ができたから。ゼズの足を治すため、ダンジョンの侵略者にもう負けたままではいられなくなったから。
「それでも、まだ、怖い。私に何もないのがバレてしまう」
そう最後に呟いた。
すかさずイーリエがミュトの手を取る。
「怖いならわたくしと一緒に聞きましょう! ミュトさんは怪我をしても平気な顔していて、とっつきにくくて愛想もない方だと思ってましたけど、繊細でかわいい面もあるんですね! 仲良くなれそうです!」
イーリエ、おまえミュトに助けられた割にハッキリ言うのお……。
「自信をつけたいなら修行はいいぞ、キツければキツいほど自信もつくし、その後の風呂も格別じゃ!」
「……うん」
ミュトが微笑む。
よきかなよきかな。
皆、自分をさらけ出し、暖かくて心地よい。やはり風呂はいいもんじゃな。
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