第22話 後悔(元パーティ視点)

 地獄のような日々だった。


 牢につながれてすっかり囚人扱いをされた僕たちは、ヴォディノ王の宣言通り異臭を放つ汚泥を口から流し込まれることになった。食べ物と形容するにはあまりに冒涜的であるそれは、吐き出すことも排泄することもかなわず、体内に滞留し続けた。


 次の日は生きたままの虫を何匹も食わせられた。短い足が生えたミミズのようなそいつは、前日腹に入れた栄養たっぷりの汚泥の中で成長し繁殖するらしい。薬の材料になる希少な虫だろうと、胃の中で飼うなぞ正気じゃない。口枷さえされていなければ何が何でも嘔吐してやったのだが。数日間は彼らと一緒に過ごすしかなかった。


 同じ地下にいるはずの他のパーティメンバーも口枷をされていたのだろう。くぐもったうめき声はあれど、うるさい悲鳴や金切り声が聞こえてこないことだけが、唯一の救いだったのかもしれない。


 そして昨日、最終日。刺激臭のする嘔吐剤を飲まされて、やっと腹の中をぶちまけることができた。しかし自分の口からドロドロした液体とともに、ひと回り大きくなった多足ミミズが大量に出てくる光景を僕は忘れられないだろう。


 そのあとの限界以上に水を注ぎ込まれるのもキツかった。確かに泥や虫の残滓が体内に残ることは耐えられないが、そんな思いすら飛んでいくような苦しさ。地上にもかかわらず溺れて、水の勢いで気を取り戻してまたすぐに溺れる。永遠に呼吸ができないのだと諦めてしまいそうになった。


 これから先、食べ物や飲み物が喉を通るたび、その感触で呼び起されるのだろう最悪な記憶たち。


 臭い、吐き気、気色悪さ、不快感、拒否感、嫌悪感。


 食事の楽しみを奪う、食を重んじる『屠殺王』らしい懲罰だ。




「予言に頼ることになりそうです」


 再び集まった応接間で、セルベッサ・ビスキーが憔悴しょうすいした顔でつぶやいた。


 彼女も僕たちと同じような処罰を受けていたのだろうことは想像がつく。あの王が元パーティメンバーだからと手心を加えるわけがない。


「予言というと……僕らが集められたきっかけになった?」


「ええ。予言がなされれば、逃亡者のおよその位置取りは掴めるはずです」


「それはすぐにでも?」


「いえ、詳しくは言えませんがすぐというわけにはいかないでしょう。予言の結果通りに捜索するパーティを固める必要と時間もあります。その準備を見越して既にフィーネはエンデを連れて実家に向かっています」


「だから2人いなかったんだぁ」


 そうだ。応接間にはビスキー教官と僕とリヨしかいない。


 しかし、昨日の今日でよく動きだせたものだ。フィーネは憧れていたヴォディノ王に拷問まがいの仕打ちをされて、どんな気でいるのだろうか。荒れている? 反省している? ここまで早い動きだと得点を取り戻そうとしているのだろうか。


「私もフィンネーゼ家に呼ばれているのでそちらに合流します。準備ができ次第、追う形になるでしょう」


 ビスキー教官には有名な噂話がある。


 かなり年下のフィンネーゼ家の嫡子を婿に迎えるも、度が過ぎた酒乱によって実家に逃げられてしまったというゴシップだ。そのため『元英雄パーティ』のひとりにも関わらず、フィーネの実家には頭が上がらないという。


 身近だった僕はそれが真実だと知っている。今回もフィンネーゼ家に使われるのだろう。おおかたフィーネの子守か。


「僕らが置いて行かれたのは、フィンネーゼ家の方で即戦力を集めるからお役御免だいう認識でいいのですか」


 いくら僕らが『元英雄パーティ』に匹敵するジョブを持っていたとしても、ジョブの理解度という意味では熟練者には遠い。格下のジョブでも長年就いている者の方が今の時点では優位だろう。


 あくまでも今は、だ。すぐに逆転してやるが。


「身も蓋もない言い方をすればそうなるけれど、あなたたちには別の方面から探ってもらいたい」


 そう言ってリヨに視線を向けるビスキー。


「もしかしてわたしも実家に頼れってことぉ? 普通に嫌なんですけど~」


 いつも通りの能天気な返答に違和感。


 この部屋の中でこいつだけがいつも通りだ。なぜ? 喉を掻きむしったり、吐き気を覚えたり、手が震えたり、腹の中から虫の這いずる音が聞こえる気がしたりしないのかこいつは?


 リヨもフィンネーゼ家とまではいかずとも、東の国ではそれなりの名家の生まれだったはずだ。そのせいで手心を加えられた? あの『屠殺王』が? それこそありえない。


「リヨさん。僕からもお願いします。手は尽くすべきです」


 いや、今は捨て置こう。


 ゼズが東の国方面に落ち延びている可能性もあるんだ。リヨには馬鹿すぎて堪えなかったのかもしれないからな。


「まぁ~、話すだけなら」


 使えるものは全て使うべきだろう。これ以上、王の不興を買うわけにはいかない。


「助かります。それでは僕らもフィンネーゼ家に向かいますか。出発はいつ頃に?」


 東の国への航路もフィンネーゼ家の管理だ。必然的にビスキーと行き先が同じになる。長い陸路で悠長に向かっている暇はないし、したくもない。


「準備が終わり次第連絡します。すぐに発てるようにだけしておいて」


「あの~」


 これで終わりかというタイミングでリヨが発言する。


「あとひとりはどこいっちゃったんですかぁ?」


 オモルフ・フォッサム教官か。確かに話にも出なかったが。


「彼は……」


 露骨に言いよどむビスキー。


「彼は消えました」


 は? 処分されたということか?


「語弊がないように言いますが、処分されたということではありません。拘留が解かれるとすぐに飛び出して、それっきりなのです」


 もともと頭のねじが数本抜けたような男だったが、何を考えているんだ。いや、なにも考えていないのか。


「今は捨て置いてもいいでしょう。あれでも『闘屠技場』のチャンピオン。実力だけはありますから野垂れ死ぬなんてことは考えられません。代わりに彼の華装兵団を便利に使えると思えば、逆にいなくなってくれたほうがやりやすい」


「あ~……そ~なんですねぇ」


 弛緩した空気が流れ、何ともしまらない雰囲気になってしまった。


 このとき僕も全てを投げ捨てて、オモルフ・フォッサムのように逃げていれば良かったのかもしれない。

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