第20話 連絡(魔物娘視点)

「久しいなレンデア、そっちはどうじゃ?」


 自室に戻ったウチは手のひらサイズの不思議な木枠、『連絡窓』に話しかける。


 声だけしか届かんが、一瞬で遠くの者とやり取りができるというのは便利じゃな。スキルの産物だから数が限られるらしいのがもったいない。


「久しいなって、つい最近【スキスキュラ】のなんとかって子を拾ったと聞いたばかりだわ。私のダンジョン領域は静かなものね。人間の住む東の国が相変わらず、海の氷を砕く船を作るのにご執心みたいでうろちょろしてるけれど」


 そーじゃった、そーじゃった。そんな話もしたな。


「私のことを聞きたいんじゃないんでしょう? あなたから連絡してくるってことは。何か言いたいことがあるんじゃなくて?」


「ああ、実はダンジョンに人間が訪ねてきおったのじゃ。【スキスキュラ】のイーリエという娘と『ケッコン』するとかでの」


「『ケッコン』……?」


「なんでも人間のする約束事のようでな――」


 レンデアもやはり知らなんだか。よしよし、この機会にウチが教えてやらんとな。

 

 『ケッコン』を説明するにはまず……そうじゃな。


 イーリエの旅の騒動に始まり、


 人間のゼズの転機、


 イーリエ、ミュトと彼の出会い。


 レンデアに教えられることはあっても教えることは滅多にない。ついつい長々と話してしまったわ。


 とゆーか、イーリエの話を聞いた後、ミュトも交えてゼズたちの事情をまとめてきいたその受け売りそのまま喋っただけなのに、バツグンにウケがいいのが悪いのじゃ。


 なにせ途中でレンデアはゼズが魔物と会話ができることに驚き、人間の生態について知りたがってうるさいくらいじゃったからな。対して知らんしめんどくさいんでスルーしたが。


「――ということでウチがゼズたちに修行をつけてやることになったのじゃ」


 返答が少し遅れる。


「彼女たちの境遇はわかった。だけど話の飛躍が過ぎるわ。修行? なぜそんなことになるの」


 やれやれ、世話の焼ける生徒じゃの。


「イーリエは『耽美食する食卓』の連中から狙われとる。これはいいな? 今回は撃退できて復活までの時間を稼げたが、もう潜伏場所は割れ、あっちの魔物のスキルで詳しい位置の特定も時間の問題じゃ。それに連中、次は戦力を増してくるはず。また対処できるように鍛えておかないといかんじゃろ」


「逃がせばいい。あなたのダンジョンの問題ではなく、イーリエはゼズとかいう人間の所属になったのでしょう」


 まさに突き放すような声。なんじゃ、怒っとるのか?


「冷たい奴よのー。あ、【最深窓の冷雪女ラストフロスティライン】じゃから当たり前じゃったか! すまんすまん!」


「肩入れしすぎると、やっかいな相手に目をつけられることになる。わかっていないようだから忠告してあげますけど、『耽美食する食卓』は龍脈の影響で、ダブルコアといってボスが2人いる特別なダンジョン。当然擁する魔物の数も多ければ、切り立った断崖絶壁に囲まれたテーブル台地はまさに食卓台の如き姿で難攻不落。極めつけに食のことなら偏執的で『意欲』に事欠かない。関わらず距離をとるのが賢いやり方じゃないかしら?」


 べらべらと分かりきったことを。さっそくさっきの意趣返しか。


「ありがた~い御高説ありがとうなレンデア。けどの、ウチはそれが聞きたくて連絡したわけじゃないのじゃ」


「やっと本題? 何かしら」


「『ディヴァインウェットランド』は知っとるな? ちょうどウチとそっちのダンジョンの中間くらいの場所じゃ」


 ミュトの故郷じゃな。


「……もうないわよ」


「ああ、そのようじゃな。ミュトがそのダンジョンの出身らしくての。闇属性の強者が2人がかりで電撃戦。なすすべなくボスがやられてしまったそうじゃ」


 他のダンジョンから恨みを買ってるなんて話もなかった。と付け足す。


「明らかに作為的なものを感じる。裏を探れというわけね」


「話が早くて助かる」


 大したことは知らないけど。と前置きして話すレンデア。


「『ディヴァインウェットランド』の跡地、いまは『サンチグチュアリ』という名みたい。全体的に薄暗く粘体の魔物が多く住み、沼地と枯れ木ばかりのダンジョン領域の中心に廃れた屋敷がひとつ」


「ほう」


「屋敷の内部構造は不明。十中八九、魔力で見た目以上に内部構造が拡張されて迷宮化しているはず。従って支配種も不明だけど、あなたの情報から闇属性は確定。ダンジョンに同類の魔物が多いし粘液系の可能性も高いわ。準支配種はまだ若いダンジョンコアだから不在だろうけど、強者2人ってことはその候補はもう決まってるんでしょうね」


「さすが耳も早くて助かるの。いや、この場合は目か?」


「まさか、あなたが手を貸して『サンチグチュアリ』を攻略する気? 確かにダンジョンや魔物の配備が追いついていない今なら絶好の状況だろうけど、だからこそあえてここまでわかりやすく、黒幕の存在を匂わせ周囲を牽制しているのよ」


「ウチは『誰かが糸を引いてるなんて知らんかった』。ただ周辺ダンジョンの支配種としての義憤に駆られての行動じゃ。誰が裏にいようと関係あるか」


「どうやら本気のようね。ダンジョンの攻略後イーリエだかミュトだかどちらを支配種に据えて手駒にするのか知らないけれど、確かにそれなら『耽美食する食卓』もそうそう手を出せなくなる。まあ、もっとヤバい何かに狙われる可能性も大きいバクチみたいなものには違いない」


 だけどもう一度聞かせて、と続けるレンデア。


「なぜそんなことになるの。なぜ、あなたがそこまでするの?」


 やけに真剣に聞いてくるの。まあ答えは決まっとる。


「ウチがゼズを気に入ったからじゃ!」


「嘘おっしゃい。どうせ支配種になって本気で戦う機会が減ったから、戦場が恋しくなったとかそんなところでしょ」


「ははは、バレたか! しかし、ゼズにほれ込んだのは本当じゃぞ」


 少しの沈黙。


「……どうやらそうらしいわね」


「レンデアも会ってみればわかる! なかなかあっぱれな奴よ」


「魅了か洗脳かわからないから、直接会うのはやめておくわ。でも人間の生態は気になるし、信頼できる情報源としてそっちへ魔物を送ろうかしら。『分類:女性』ならその人間と話せるのよね?」


 まったく失敬な! そんなもんかかっとらんわ!


「そうじゃな。目をかけている奴がいるなら一緒に稽古をつけてやるぞ」


「いやよ。汗臭くなって帰ってきたら困るもの。それじゃ、ごきげんよう。ダンジョンから離れるときは準支配種にちゃんとコアを預けなさいね」


 そういって連絡は切れた。なんじゃ、子供扱いしおって!


 ふう。


 『連絡窓』を寝台に放り投げ一息つき、レンデアとの会話をぼうっと思い返す。


 ややあって、ウチの部屋にいくつか研究道具を持ち込んで、じっと火にかけた薬瓶の様子を見ていたカンランに声をかける。


「カンラン。ゼズたちはどうした?」


「人間は既に寝ています。イーリエとミュトは怪我が治ったので風呂へ案内させました」


 薬の研究、こぽこぽと小気味よい音はいいんじゃが、今度の薬は匂いが濃くて敵わん。


 この匂いも落としたいし、客人にかまってやるとするか。


「よし、いくぞ!」


 次は風呂回じゃ!!

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