第16話 近道

 チャンスだと思ったのは女性型魔物に【万魔物娘使いパンデモンコマンダー】の効果がどれほどあるかの検証ができると考えたから。


 もちろんイーリエを知る相手なので、この場なら問答無用で攻撃はされないだろうと判断したのもある。


 気になっていたこと。ミュトとイーリエの2人とも俺への好感度が高すぎる。これは個体差なのかジョブの効果なのか、見極めなければ今後に関わる。俺に関わるだけで女性型魔物が無力化できるとなれば、かなりのアドバンテージなのだがはたして。


「どうしたイーリエ、変なの連れてきて」


 【温水虎おんすいこ】が俺の頭の上のイーリエに話しかける。イーリエが反応する前に俺は返事をした。


「こんにちは。俺はゼズ。イーリエと彼女の抱えているミュトを使役している」


「使役だあ? イーリエの足にくっついてるだけのオマケだろ、オレはイーリエと話してんだよ、しゃしゃんなチビが――」


 いやいや、俺が足を斬られてなかったら背丈そんなに変わらないから。


 話す間も【温水虎おんすいこ】はじっとこちらを見つめていたが、ふっと視線をそらして続けた。


「――だが、名乗られたなら返してやる。オレはカリダ。『虎穴の湯』一番槍のカリダだ! で、なんか用か、チビ助」


「まあ!」


 イーリエが小声で驚き、カリダの隣で腕を組んで仁王立ちしていた【ドクドクターフィッシュ】も目をひん剥いて彼女を見つめ、ゴボォ! と大きな気泡が漏れ出たような声を出した。


 2人の反応から察するに、普段のカリダらしからぬ行動だったのだろう。これはかなりジョブの効果が高いと見てよさそうだ。


 無力化まではいかないが、敵意がほぼなくなったと言ってもいいだろう。明らかに喧嘩腰だったカリダが、俺の姿をきちんと認識したことで態度を軟化させたように見えた。


 この後の経過や、俺から離れた後の影響など気になる部分もあるが、今の最優先はミュトだ。今回の検証は十分だろう。


「門番にも話したんだけど、【ヴァルキビー】のミュトが戦闘で怪我をした。イーリエからの情報で、ダンジョンの奥ならば傷の治りが早いと聞いて少し休ませてほしいと思って訪ねたんだ」


「カリダさん、ゼズ様とミュトさんはわたくしが強引に勧誘されているところを助けてくださったのです。今は近道を使わせていただければ、トニコ様とジズマン様には改めてわたくしたちが説明します」


「例のやつらか。そういうことならトニコ様も文句はいわねーだろ。いいぜ、ついてきな」


 さっきからちらほらと話に上がるトニコとジズマンという名前。察するにこのダンジョンのボスとそれに近しい立場の者なのだろう。


 ともあれ、イーリエの援護もあって手早く話がまとまった。カリダは翻って湯船の中央、大きな飾りに飛び乗ると、瓶のふたを開けるが如く尖端をぐりっと回す。


 ゴゴゴゴゴ……


 すると正面の岩肌の壁がせり上がり、【ダイナセキ】の守る左右に続いて、3つ目の道が現れる。


「急がねーと閉まるぞ」


 カリダは隠し通路に駆け寄り、俺たち……正しくはイーリエとそれにくっついた俺たちもそれに続いた。




「オレらのダンジョンは、格闘術の修行場で売ってる」


 せり上がった壁が元の通りに背後で閉じると、走りながらカリダが話し出す。


「修行はさっきの部屋からスタートする。そっから続く左右に分かれる道はどちらも普通じゃわかんねーほどに坂になってて、少しずつ山の内部を登っていく」


 部屋に入る前の両脇の水路。あれはわずかに傾斜があって流れていたんだな。


「道中はオレたち格闘術使いが相手になって技を試し、【ダイナセキ】や【バスライム】なんかの硬い魔物が力を試す。適度に体を休める湯もあって、効率よく鍛えることができる」


 【バスライム】は知らない魔物だ。


「もちろん進んでいけば修行も苛酷になる。魔物自体も手ごわくなるが、熱湯風呂に氷結風呂、電気風呂に毒風呂や蒸気風呂でオレたちが手厚くもてなしてやるのさ」


 相変わらず話しながら先行するカリダに着いていく。一本道で迷うことはないだろうし、イーリエも近道については知っているはずだが、魔物の視点で深くダンジョンについて知れたのは大きな収穫に思う。


「っつー話を本来ならさっきの部屋で挑戦者に教える。一緒にいた相方がな。オレが説明するなんてレアだぜ、感謝しろよ」


「ああ、ありがとう。ダンジョンについての考え方が変わったよ」


「ケッ、そんなんじゃねーよ。外の魔物は別のダンジョン領域から来た魔物を見ても基本的に争わん。『虎穴の湯』に挑戦するよーな相手となりゃあ、外のふぬけたヤツらじゃあ敵わねーからな」


 カリダがイーリエに振り向く。


「ましてや人型を寄越してくるのがタチがワリい。他の魔物に聞かれても修行しに来てる、って言われりゃあケチがつけらんねー」


 そこに話が行きつくのか。


 『耽美食する食卓』の魔物が堂々と『虎穴の湯』の領域にいて、力ずくでイーリエを自らのダンジョン領域に連れて帰ろうとした。今回は俺が止められたが、普段ならそうはいかないと。そういうことか。


「ゼズ様、ミュトさんも本当にありがとうございます。ひとりでは彼らに敵いませんでした。お礼が遅くなり申し訳ございません」


 イーリエが整った姿勢で礼をする。足は犬たちが疾走しているのに、ミュトを抱えた上半身の彼女は微塵も揺れていない。


「こちらこそ、仲間になってくれてありがとう」


「そんなもったいないお言葉! わたくし、不束者ですがこの身を惜しまず尽くしますので、よろしくお願いいたします!」


 その姿勢は大変に嬉しいのだが、できれば誤解を解いてもらえると助かる。


 俺が声をかける前に、あ! と、イーリエが続けた。


「魔物が落としたは魔石は全て拾っておきました。全員倒せたので、わたくしが『虎穴の湯』にいるという情報程度しか伝わらないかと思います。少なくともゼズ様たちと合流した後の記憶は忘れているはずです」


 ドロップアイテムは魔物の記憶の一部で、魔物はそれを失ってコアで再び蘇るんだったな。


「この場所も嗅ぎつけられちまったようだが、復活するまで時間が稼げたなら、旅立つにしろ迎え撃つにしろいくらでもやりようはあるな。追い返しただけなのかと思ったが、やるじゃねーか」


「嗅ぎつけられた? イーリエは元から狙われていたのか」


「実は、事情がありまして」


「あー、話すと長くなるだろ、先に降りちまったほうがいい」


 言い淀んでいるイーリエを見かねたカリダがフォローする。


「ほら、そろそろ近道に着くぜ。ここは本来なら修行の最終試練だ。山の内部の天辺から一番下の更に下までぶち抜かれた大穴。壁に張りつき渦巻く滝を乗りこなし、力、技、精神、オマケに運を試す」


 ドドドドドドド……


 次第に大雨を何倍にもしたかのような音が聞こえてきた。


「天辺から比べりゃ、底が見えるだけ楽勝だ。運が悪けりゃ死ぬのは変わらねーが」


 着いたのはカリダの言葉通りの場所なのだろうが、穴の出口には水のカーテンが乱暴にはためいていて、その先が見通せない。


 ドザァアアアアアア――z_……


 いや、目を凝らせば確かにカーテンの隙間から下の景色が見えるか。それにしたって飛沫に満ちた滝壺はここからでも相当な高低差だぞ。


「マ、マジか。これが近道?」


「御二人は必ずわたくしが安全にお運びします! <身体変化:水棲>!」


 今度は黒犬たちがぐにぐにと変形していき、俺が掴んでいた毛皮はいつの間にか、ぷにゅりとした太い触手に変わっていた。掴むところを失って体勢を崩しそうになる俺を別の触手が絡み取り、伸びた触手によってイーリエの胸元まで移動、ミュトごとがっちりと姿勢を固定される。


「よく言ったイーリエ! 気張って行って来い!」


「カリダさん、ありがとうございました」


「いいってことよ、トニコ様によろしくな」


 心の準備もなしにどんどん話が進んでいく。確かにミュトのためにはいち早く進む必要がある、あるんだが――


「わかりました。ではゼズ様、ミュトさん。少しの間息を止めていてくださいね」


 ――違うだろ。何を考えてるんだ俺は。


 確かに俺が言えばイーリエは待ってくれるだろう。しかし、慎重なだけでは遅れを取ると、何も解決しないとさっき反省したばかりじゃないか。


「頼んだ、イーリエ」


「はい、行きます!」


 意を決して、俺たちは滝の中に身を投じた。

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