第15話 虎穴
黒犬の乗り心地は思いのほかよかった。馬と比べて足が短いからなのか、魔物の一部という特性からなのかはわからないが、<騎乗修練>のスキルがあれば多少の揺れを気にせずずっと乗っていられそうだった。
しばらく山の中の森を突っ切るようにほぼまっすぐに進むと、ひときわ大きい山のふもとに到着する。
この山も例に漏れず、赤から緑までグラデーションで彩られたかのように美しい木々の葉が、温泉由来の白い煙に揺り動かされている。
「ここが入り口です!」
大きな洞窟の入り口だった。大型の馬車がすれ違うのに十分な幅と、明らかに人間に合わせられたものではない高さに長い飾り布が取り付けられ、湿気の多い風ではためいている。
「あの
飾り布を見上げていた俺にイーリエが説明してくれる。あの布をノレンと呼ぶのはわかったが、魔物も文字を扱うとはいよいよ人と変わらないな。もちろん、ノレンの模様かと思っていた俺にはその文字は読めない。
「イーリエはここにお世話になっていると言っていたけど、俺たちが入っても大丈夫なの?」
「わたくしが襲われるところを助けてくださった結婚相手のゼズ様とそのお連れの方に不自由なんてさせません! と言いたいところですが、わたくしもここで一方的に住まわせてもらっている身。用交渉ですね」
頑張ります! ぐっ、とミュトを抱いたまま走ったからか顔を上気させて意気込むイーリエ。
結婚相手じゃないと訂正したいところだが、なぜかこの話だけ通じないんだよな。
しかしここで言い争いをしてもしょうがない。ミュトが落ち着ける場所に着くことを優先だ。
「女性型の魔物はイーリエ以外にもいる? いるなら俺も同席して交渉したい」
【
「もちろんいらっしゃいます。『虎穴の湯』の支配種も――」
ドスドスドス!
ダンジョンの奥から重い足音が響き、逃げる間もなく2体の魔物が現われた!
――グガァォオオオン!!
種族:ダイナセキ (大理石竜属・基本種)
分類:物品 竜
所属:虎穴の湯
評定
力格:★★★★
技格:★☆
魔格:★★
心格:★★★
技能
<竜術>
・竜の誇り
・ストーンブレス
<牙術>
・剛力牙
・土石竜牙 (前提:竜)
<耐性>
・水耐性
遺宝
・造竜の破片
・ウォーマーブル
『分類:竜』の竜種じゃないか!
トカゲに似た二足歩行の動く石像の魔物だ。馬よりも大きな白い石材の体は、絵具を流し込んだような不思議な模様を描いている。
そして鑑定結果だ。竜には並の攻撃が効かないといういわれは冒険譚が好きな子供なら誰でも知っている。その正体がこれか? <竜術>の<竜の誇り>スキル。これはどんな竜種でも持っているスキルなんだろうか?
なんて、そんな考察をしている場合じゃない。
気づけばグガァグガアと咆哮する白石竜にイーリエが話しかけている。
「そうなんです! ですからトニコ様にご確認をお願いしたく」
【ダイナセキ】のもう1体はじっと俺を見ているのか? あんなに大きな足音で走ってきたのに、今はもう微動だにしない。睨みつけられているのかも知れないが、まぶたのない水晶のような瞳からは表情がうかがえない。
「ゼズ様! 中に入ってミュトさんを休ませてもいいそうです」
「よかった。彼らにもありがとうと伝えてほしい」
イーリエは少し言いよどむ。
「門番さんたちは丸投げというか、その、なんというか」
「そ、そっか」
それでいいのか門番。奥から急いで走ってきたのも勝手に休んでたとかじゃないよな? 勝手に期待していた竜種の威厳が失われていく気がした。
「急ぎましょう。こうなったらトニコ様とジズマン様に直接お話です! 今のわたくしなら御二人を近道で運べるはず!」
そのままイーリエに連れられ『虎穴の湯』に入る。
中は洞窟ではあるものの、等間隔に灯りと、その下、道の両端にはボート一隻分くらいの水路が配置された道になっている。水路の分だけ入り口よりも道幅が狭いが、それでも十分すぎるほど広い通路はゆるいカーブを描き、奥まで見渡せない。
「近道があるなら助かるね。ミュト、ダンジョン内についたけど、魔力が回復している感じはする?」
「少し」
イーリエの足の犬に捕まって移動しているためミュトの顔色は伺えないが、先ほどよりはマシそうだ。
「周りの魔力の濃さが傷の治りに影響するのは、ダンジョンコアから復活するのと同じような理屈なの?」
「えーと……考えたことはありませんでした」
少し考えるそぶりを見せてイーリエが続ける。
「ですが、確かに似ています。死んだ魔物がダンジョンで復活するのにかかる時間は、ダンジョン内、ダンジョン領域、そして他のダンジョン領域に行けば行くほど長くなります。ダンジョンコアに近いほど傷の治りが早いというのは単なる常識ですが、関係があるのかもしれません」
そんなものか。俺も人間の傷がなぜ治るのか、詳しい人体の仕組みなど知らないしな。
「近道ってのも、医療施設があるわけではないのかな」
「そうです。単純に奥への道ですね。あ、見えてきました」
道なりに進んで、特に分かれ道などなく広間へたどり着く。洞窟内なのは変わらないが、天井が高く、明るい。左右に分かれる道には【ダイナセキ】が1体ずつ配置され、中央では人型の魔物が2人。
1人は、獣耳と尻尾に加え、手足の毛皮から虎の特徴が見てとれる、短髪武闘派な少女。道着とも東の国の薄手の着物ともつかない衣装を着崩している。
種族:
分類:獣 女性 火属性 水属性
所属:虎穴の湯
評定
力格:★★★
技格:★★★☆
魔格:★★
心格:★
技能
<格闘術>
・格闘熟練:喧火水流 (前提:火属性・水属性)
・炎蹴 (前提:火属性)
・水拳 (前提:水属性)
<水泳術>
・水練修練
・温泉療養
遺宝
・タイガークロー
・秘拳虎の巻
噴水のように凝った意匠の施された湯船に腰かける【
彼女の隣に立つもう1人は、ダンジョン領域で見た【ガラワルファ】に酷似した姿。
魚人で、派手な色の鱗をして、大柄で威圧感のある立ち振る舞い。差異は白衣を着ていること、そこから覗く鱗が動植物の警告色の如く毒々しく変化していること。
種族:ドクドクターフィッシュ (悪医湯魚属・変異種)
分類:水棲 人型 闇属性
所属:虎穴の湯
評定
力格:★☆
技格:★★★
魔格:★★★☆
心格:★★★
技能
<格闘術>
・格闘修練
・毒拳 (前提:死魔法)
<死魔法>
・毒煙
・水質汚染 (前提:水棲)
<薬術>
・調薬修練
遺宝
・有色刺鱗
・白衣の刺繍糸
両者とも圧のある新たな魔物2人に、竜種の【ダイナセキ】2体。こちらにはイーリエがいるとはいえ、戦闘力も高い相手に縮みあがってもおかしくはない状況。しかし。
これはチャンスだ、と思った。
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