第13話 被弾
「見つけました! わたくしの結婚相手!」
出ていこうかどうかまごついている間に、叫びながら【スキスキュラ】がわたわたと触手の足を動かしてこちらに接近してきた。俺は慌ててミュトに<力格強化>と<技格強化>をかける。
それを感じたミュトが俺を置いて草むらから飛び出し<光槍>を発現。無言で【スキスキュラ】に槍を突きつける。
「あら? そちらはどなた様?」
「ミュト」
「ごきげんようミュトさん。わたくしはイーリエと申します。訳あってこちらのダンジョンにお世話になっております。敵対する意思はありません。どうぞ矛をお納めになってください」
ふわふわと腰まで広がる薄桃色の髪に垂れ目の可愛らしい少女はそう言って、へその辺りで手をそろえてお辞儀をした。鬼気迫るようにこちらに駆けてきたときは何事かと思ったが、うって変わってずいぶん丁寧な物腰だ。
しかし、近寄られると小さな上半身と対照的に下半身が大きいのがわかる。
「謎蛸……」
ミュトがぼそっと呟いたのが聞こえたが、ナゾタコ……?
メイド服に酷似した格好のスカート部分は綺麗な飾り布が付け足され丈を伸ばしたうえで限界まで膨れ上がり、タコに例えるにしては色素が鮮やかな、ゆでダコにしては淡いピンクの触手が、スカートから漏れ出るように姿をのぞかせている。
ミュトは触角と槍先をふらふらとさせていたが、諦めたようで対応を迫るように振り返る。
俺は茂みから這い出て対応を受け継いだ。
「ご丁寧にどうも。俺はゼズ。手短にどういう状況なのか説明してくれないか」
【スキスキュラ】の背後では急な彼女の行動に呆気に取られていた【ストロール】たちが気を取り直し、武器を振り回して迫ってくるのが見えた。
「まあ、ゼズ様とおっしゃるのですね! 簡単に言えば勧誘です。一度断ったのですが、今度は力ずくでもあちらのダンジョンに連れて行くぞ、と」
確かに先ほどミュトから翻訳してもらった【ストロール】の言葉とも一致する。
結婚相手がどうとかは気になるものの、<虫の示らせ>に導かれた結果ということもある。まずは落ち着いて<魔物使役:女性>の候補と話せる環境を作りたい。
「そういうことなら手を貸そう。ミュト、相手の武器には粘着効果がある。まともにやりあわず、まずは河川側の敵をどかそう」
「わかった」
<魔物鑑定>で得た情報を共有しながら、自分にも<技格強化>と<魔格強化>をかける。
「そういうことでしたら、<水流圧>!」
「ギャッ、ギャッギギャッ!!」
振り向きざまに【スキスキュラ】は、河川側、こちらを囲もうと散開している【ストロール】を巻き込むように、大きな水流をぶちまける!
ブシャァアアアア!!
【スキスキュラ】の両手から放たれた水流は【ストロール】たちの足元でとぐろを巻く蛇のようにまとわりつき、足を完全に止めさせることに成功する。
「やっと見つけたのです! こんなところで負けるわけには!」
俺が彼女と会話中、背後に目を配っていたことにも気づいていたのか。それに加えてミュトとの会話を聞き、自ら対応してくれた。それは願ってもない援護だった。
「<光槍>! 今のうちに川に移動だ!」
俺はミュトに片手で抱えて貰いながら、牽制で真ん中の1番大きなリーダー個体に槍を投げつけるも、棍棒で打ち払われる。
ミュトはもう片手の<光槍>を足止めを食らっている【ストロール】へ置き土産の如く突き刺しながら、川上へと飛んだ。
それほど深くはない川だが、【スキスキュラ】は『水棲』持ち、ミュトは浮いているため、この状況は圧倒的に有利はなずだ。
「次の命令を!」
「少しずつ後退しながら同じように<水流圧>を打ってくれ! 攻撃は俺たちで行う!」
川の上に移動して向き直ったころには<水流圧>の拘束も解け、ためらいなく川に足を踏み入れる【ストロール】2体。リーダーは警戒しているのか川に入らない。
ザバザバザバ!!
俺はリーダーにやられたように攻撃が打ち払われることを危惧し、ミュトの<光槍>の<投擲槍>を<強化部分化>することに専念したが杞憂だった。
無遠慮に川を渡ってくる【ストロール】はいい的で、水上の勢いを得て力を増した<水流圧>はさっき以上に仕事をして、<光槍>の格好のマト。
ブシュウ! ブシュウ!!
ろくに防御もできないまま強化された<光槍>が貫通し、各個撃破に成功する。
だが、その巨体が消えようと薄れた先に見えたのは、【ストロール】のリーダー。
ドドドドドドドド……ザザザリザリザリザリ!!!
気づいた時には、彼は大きな前傾姿勢で、片手の棍棒を河原にこすりつけるように駆けてきていた。
「ギャオォ―――オオオオウ!!」
そして不自由な砂利の足場にも関わらず、力強く踏み切って大ジャンプ!
太陽の光でぬらりと光る唾だらけの棍棒には<粘着攻撃>の効果だろう、付着する河原の大小さまざまな石。
「マズい! 撃ち落と――」
――ジャンプの頂点でリーダーは棍棒を振るった!
力格4つ星のは恐るべきパワーで放たれた石礫が、俺たちに向けて降り注ぐ!
「<光槍>ッ!」
<光槍>で払うようにして礫から俺たちを守ろうとしたミュト。
しかし、一手遅い。
ドバァア! ドバァア! ボバォオン!!
大きな石の多くが水面に着弾して高い水柱を立てる中、ひとつが抱いた俺を庇ったミュトの脇腹に被弾してしまう。
「ぐっ……!!」
俺を抱えての戦闘にはやはり無理があるんだ。
「ミュト!」
ザバァアァアンン!
さすがにあの巨体では、岸から川幅の半分以上も距離をとっている俺たちにまでは届かなかったらしい。川の中ほどで上がる大きな水柱は【ストロール】の着地だろう。
「……お願い」
「は、はい」
豪雨のような水飛沫の中、一瞬躊躇したかにも見えたがミュトは俺を【スキスキュラ】に渡した。
すぐに飛沫の雨が上がる。
石が当たってえぐれた大きな傷からは、血の代わりに流れる可視化された砂粒のような魔力が舞い、川に反射した日光でキラキラと輝いていた。
痛ましい光景のはずだが、神聖で尊い情景にも思える。
「まだ、やれるんだな」
答えの代わりにミュトは<光槍>を発現し、うずくまる【ストロール】へと翔ける。
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