第12話 到着
『ロストワンの亡国』の横断にまる一日、その外周部をなぞるように移動を続け、さらに一日。俺たちは昨日のうちに新たなダンジョン領域にたどり着いていた。
「このあたりは山と水場が多いから、陸路の旅じゃなくてよかったよ」
マジックバッグのお陰で野営用の荷物はすぐに片付け終わり、今は山間の川の上を飛んでいる。
飛びながら周囲を見渡しても、ほかに飛んでいる魔物は見当たらない。
それにしても綺麗だ。
広い荒野を横断してやってきたのは、赤、オレンジ、黄色、緑がグラデーションになった山地だった。見慣れてしまった荒地だけの景色と比べると起伏や川があるだけでも嬉しいのに、山の葉が様々に染まっていて壮大な景観に圧倒される。
「温泉にも入ってみたいな」
砂埃だらけだった体は川で洗いはしたものの、未知の体験もしてみたい。
このダンジョン領域に入ってすぐ、山に煙が立ち上っているのを見つけ、人がいるのかと隠れて寄ってみれば、腐った卵の臭いと暖かい湯気が立つ泉があった。それがどうやら東の国で有名な温泉らしいのだが、先客の魔物が大勢いて入れなかったのだ。
種族:ガラワルファ (悪医湯魚属・基本種)
分類:水棲 人型
所属:虎穴の湯
評定
力格:★★★
技格:★★☆
魔格:★
心格:★
技能
<格闘術>
・格闘修練
・足を洗う
<回復魔法>
・自己回復
遺宝
・有色刺鱗
・派手ヒレ
モヒカンの如く頭から背中まで生えたヒレ、その背中や腕の配色鮮やかな鱗は気合の入った刺青のようにも見える、威圧感のある大柄な魚人たちが湯につかって、気持ちよさそうな鳴き声をあげていた。
『分類:女性』の魔物でないため言葉こそわからないものの、雰囲気や仕草でも伝わってくるものがあった。
そんなことを思い出しながら、ミュトに質問をしてみる。
「温泉が好きな魔物もいるんだね、ミュトはどう?」
「わからない」
「じゃあ、好きなものは?」
ミュトには魔物全般の性質や生態ばかり聞いて、まるで情報収集と変わらなかったから、彼女自身ともコミュニケーションをとりたい。
ここ数日の付き合いだが、ミュトが自発的に話題提供することは皆無で、魔物全体の性質か彼女自身の性格かはわからないが、ついぞ会話の始まりは俺からでしかなかった。
それでも、好きなものの話題ならば話しやすいだろう。
予想通りに彼女は間髪入れずに答えてくれた。
「好きなものはゼズ。ゼズを守ること」
うーん。
言葉自体は嬉しいが、そこまで言い切られると【
相変わらずテントの中でも密着してくるのも習性ではなく、好意からだったのか?どうりで<魅了耐性>のスキルをジョブと一緒に得るわけだ。これがなければ過去も未来もほっぽりだして、ミュトと2人でだけの世界に閉じこもっていたかもしれない。
「俺と会う前には物でも場所でも何かなかった?」
先ほどとは違い、ミュトは即答しない。
「……赤と、緑と青の機械の紐。曲げて編んで腕輪にしてた」
機械の紐とは機械文明のケーブルのことだろうか。
確かに色鮮やかで、手で簡単に形を整えられる面白さはあるが、なんか意外だ。
「機械関係のダンジョンだったんだ?」
「違う。間欠泉ばっかりの湿地。水飛沫が舞って日に当たって輝いて……飛ぶのに邪魔だった」
「じゃあ、機械の紐はどこで?」
「ダンジョン領域に落ちてた。見慣れない物だったから拾ったけど、最後の戦いでなくした」
ああ、悪いことを聞いてしまった。
「変なこと聞いてごめん」
「私も、廃墟で似たのを探してたから敵の接近に気づかなかった。ごめんなさい」
ミュトも【カブトボーグ】の件を気にしていたとは。
「いや、戦闘に移動に索敵に任せきりで申し訳ないのはこっちだよ。話を変えよう。<虫の示らせ>の目的地はもうすぐなんだよね?」
俺の言葉に返さずに、進行方向をじっと見つめたかと思うと速度を急に上げるミュト。
「急ぐ」
何かあったことは間違いない。今は信じて移動の邪魔にならないようにじっとしていよう。
しばらく早く流れる色鮮やかな自然の景色と、川の流れに逆らうように飛んでいくと、河原に大きな獣の人型魔物が3体と女の子が1人……いや、彼女も魔物だ。
「ギャッギャッってわめいているが、何か話している?」
「近づけば聞き取れる」
「よし」
川の上から移動し、木々の中に隠れ進み、<魔物鑑定>を発動できる距離まで近づくことに成功。
まずは、筒に似た奇妙な動物頭に、ベストでも着ているかのような模様の毛皮をした太った巨漢の3体から。
種族:ストロール (吸食巨躯属・基本種)
分類:獣 人型
所属:耽美食する食卓
評定
力格:★★★★
技格:★★☆
魔格:★
心格:★★★
技能
<棍棒術>
・棍棒熟練
・粘着打撃
<探知術>
・嗅覚探知
・唾をつける
遺宝
・細巻き脂皮
・べとべと棍棒
種族:ストロール (吸食巨躯属・基本種)
分類:獣 人型
所属:耽美食する食卓
評定
力格:★★★☆
技格:★★
魔格:★
心格:★★★
技能
<棍棒術>
・棍棒修練
・粘着打撃
<探知術>
・嗅覚探知
遺宝
・細巻き脂皮
・べとべと棍棒
3人の中で1番大きい動物頭は同種でも評定とスキルが強い魔物だった。やはり同種でも個体差があるようだ。<棍術修練>が<棍術熟練>に強化され、<唾をつける>というスキルが追加されている。リーダー格なのだろうか。
ただ、所属がこのダンジョン領域ではないのが気になる。温泉があったことからも、ここのダンジョン名は『虎穴の湯』で間違いないと思うのだが。
その1番大きくスキルも強い【ストロール】が、顔の先の小さな口から垂れる細長い舌で手にした棍棒をしきりに舐めて、女性型魔物に凄んでいる。
「今度こそは力ずくでも一緒に来てもらうぞ、ギャッギャッギャッと言っている」
ギャッギャッとは言っているんだ……。
種族:スキスキュラ (一芸怪女属・基本種)
分類:水棲 女性
所属:なし
評定
力格:★☆
技格:★★★★
魔格:★★★
心格:★★☆
技能
<変身術>
・身体変化:獣
<騎乗術>
・騎乗修練
<水魔法>
・水流圧
<料理術>
・料理熟練
・ひとつまみの愛情
<裁縫術>
・裁縫熟練
遺宝
・腕前触腕
・努力の結晶石
何事か言われている【スキスキュラ】は少女の上半身に、ロングのドレスエプロンで隠しているが裾から少しはみ出た太い触手を持つ魔物に見える。こちらも『所属:なし』。彼女はハグレなのか?
「何度言われても、そちらには行きません! わたくしには理想の殿方を見つけるという使命があるの――」
やはりちゃんと『分類:女性』の魔物ならば言っている意味がわかるな。
「――み、見つけたー!!!」
俺たちの方に振り向く【スキスキュラ】。
え、草むらに隠れてますけど。見えてるの?
対峙する【ストロール】に啖呵を切るのを中断して大声を上げたため、筒の動物頭たちも全員こちらを向いている。
前言撤回。意味が分からない。
これ、出て行かなきゃだめ?
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