第10話 初陣

 辺りは一面の荒野。点在する岩場と遺跡跡を縫うように進む。


 俺がひとりで動けないうえに、ミュトの手が塞がっている以上、複数に接敵されれば負けと考えなければならない。護身用に錆びた包丁を携帯はしたが、使う事態にならないことが第一だ。


 パーティに最も重要なことは作戦と意識を共有し、的確な判断で個人が動けることだと思っている。もちろん後衛として指示や注意喚起はするが、それに盲目的に従うだけではダメだ。ましてや暴力や権力で意見を封殺して意のままに動かそうとするなど俺の一番嫌いなことだから、そうはなるまい。


 ダンジョンコアの代わりという俺がミュトの生殺与奪を握っている以上、高圧的に命令するのではなく、方針と意思決定の手掛かりを与えることが大事だ。


 朝に見たジョブスクロールを思い出し、ミュトとともにおさらいしておこう。


 まずは<強化魔法>から。



<力格強化>

対象の<力格>を評定基準で星1つ分強化する。

既に自分の<力格強化>がかかっているなら効果の時間を延長する。

別の自分の<強化魔法>がかかっているなら、効果を上書きする。



 <技格強化><魔格強化><心格強化>についてもスキル名が違うだけで内容は同じ。もちろん効果の時間は心格の強さによって増える。



<自然回復力強化>

対象の体力と魔力の自然回復力を強化する。

既に自分の<自然回復力強化>がかかっているなら効果の時間を延長する。

別の自分の<強化魔法>がかかっているなら、効果を上書きする。


<脅威強化>

対象の印象や存在感を強めて、疑似的に周囲に与える脅威を強化する。

既に自分の<脅威強化>がかかっているなら効果の時間を延長する。

別の自分の<強化魔法>がかかっているなら、効果を上書きする。


<隠密強化>

対象の印象の薄さや静音性を強めて、隠密行動を強化する。

既に自分の<隠密強化>がかかっているなら効果の時間を延長する。

別の自分の<強化魔法>がかかっているなら、効果を上書きする。



 <強化魔法>は通常、スキルの説明にもあるように、ひとりの術者が対象へひとつしかかけることができない。しかし俺は違う。次は<魔力操作>のスキル。



<無詠唱>

スキルの発動に詠唱する必要がなくなる。


<重複強化>

既に自分の<強化魔法>がかかっている対象にも、別の<強化魔法>をかけられる。重複数を越えてかけられた<強化魔法>は、古いものから上書きされる。

最大重複数2。


<強化全体化>

一度の詠唱で複数の対象に<強化魔法>をかけられる。

最大複数対象4。


<強化部分化>

対象の部位に<強化魔法>を集中させてかけられる。

通常の<強化魔法>よりも効果は大きくなるが、効果時間はごく短くなる。



 <魔力操作>を徹底的に鍛えたお陰で、<強化魔法>に関してはかなり柔軟に運用できるようになった。後は、ミュトの戦闘方法を学び<強化部分化>を適切にかけられるようになることが俺の課題だろう。


 これら詳細を唯一のパーティメンバーと共有することが、まさに俺たちの旅の第一歩と言える。


 改めて説明を終え、ミュトの反応を伺い――


「あ、敵」


 ――なるほど。俺の話を聞いていないのではなく、周囲の警戒に意識を割いていたのか。うん、そうだよな。同じ話を何度も聞いていられないとかじゃないよな?


 気を取り直して。


 広い荒野を群れて歩く半機械の犬型魔物たち。胴体と接続している背負ったカプセル型の容器が目立つ彼らを使って、やりたかった検証を始める。


 出ようとしていた岩陰に再び身を潜め、<魔物鑑定>のスキルが不発なのを確認し、四足でのろのろと歩く魔物たちに隠れてついていくような形で距離を詰める。そうやって<魔物鑑定>の射程距離を計測する。


「限界はだいたい弓の有効射程くらいか」


 一般的な魔法の射程よりも長いことから、相手が遠距離武器を構えていない限りは、先んじて<魔物鑑定>はできそうで少し安心した。



種族:ナイエナ (欠乏機犬属・基本種)

分類:機械 獣

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★★★☆

技格:★☆

魔格:☆

心格:★★☆

技能

<牙術>

・吸血牙

<機械術>

・エナジー変換

<耐性>

・精神苦痛耐性

遺宝

・接続チューブ

・ゼロエネタンク



 スキルのおさらいと検証も終わって、【ナイエナ】たちを見送り、俺たちはなおも静かに進む。


 その後も複数で巡回するように荒野を行く、こちらは二足歩行の別種の犬魔物を見つける。帯電し硬質化した片手の篭手が特徴だろうか。同じようにやり過ごし難なく切り抜けた。



種族:サンダーコボルト (電撃犬人属・基本種)

分類:獣 人型 風属性

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★★

技能:★★

魔格:★★☆

心格:★☆

技能

<雷魔法>

・サンダーボルト

<爪術>

・雷爪 (前提:雷魔法)

遺宝

・逆立つ毛皮

・エレクロー



 『分類:獣』を持つ魔物は臭いに敏感で、こちらが目視するよりも前に音や臭いで見つけて襲い掛かってくる場合が多いらしい。


 しかし、【万魔物娘使いパンデモンコマンダー】には『魔物の精神に影響するスキルの効果と効果範囲が大きく上昇』という効果があり、これは<脅威強化>と<隠密強化>の2つに効いているはずだ。効果が上乗せされているとここまで楽に旅ができるのかと実感できた。


「『レプリカフォレスト』としか比べられないけど、やっぱりダンジョン内よりもダンジョン領域の魔物のほうが弱めだね」


「ダンジョン内のほうが居心地がいいから、弱いと中から追いやられる」


「そういう理由!?」


 知識や経験則としてダンジョン内部に入る前の魔物のほうが戦い易いのは常識だけど、そんな俗な感じの理由だったのか。


「自分から外へ行ったり、ボスの命令で見回りしたりもする」


「なるほど。確かにさっきの魔物たちの動きは自警団の巡回にも似ていた。もしかして、魔物が人間を襲うのって自衛目的?」


「そう。たまに戦うのが好きなのもいる」


「やっぱり、そうか」


 魔物が名前を持ち、ダンジョンボスを中心としたコミュニティが形成されている以上、ある程度は人間の物差しで考えてもよさそうだ。魔物と実際に話してみれば、国教のようにとても害獣扱いできるものではない。


 やはりこのジョブを授かった者の使命として、人と魔物との新たな付き合い方を模索し、広めていくべきだ。


「もしや、禁忌扱いされたジョブって、そういうことなのか?」


 ダンジョン領域に立ち入らなければ、基本的に魔物には襲われない。人の棲む場所に来る魔物は、それこそハグレと呼ばれるくらい稀なことで、ダンジョン領域内での復活の話を聞いた今なら、領域外に出ることを恐れるのは魔物でも当然のことだと納得できる。


 それらの情報を暴露されると不都合だから、魔物に関する情報、魔物に関する職業も徹底的に弾圧、迫害されているとするなら、ダンジョンをクリアして領土を広げようと目論む、傍若無人な『屠殺王』らしいとも言える。


「敵!」


 ミュトが俺を抱えたまま飛びのいて壁を背にする。元居た場所に機械の工具が突き刺さっていた。その先には金属質な外皮を纏ったデカいカブトムシが生えて……いや、逆か。カブトムシからツノの代わりに工具が生えているのだ。



種族:カブトコーグ (工具甲虫属・基本種)

分類:虫 機械

所属:ロストワンの亡国

評定

力格:★★☆

技格:★★☆

魔格:★

心格:☆

技能

<棍棒術>

・棍棒修練

<鍛冶術>

・再鋳造

遺宝

・魔外骨格

・メタニックチウム



 『レプリカフォレスト』で見た【スタッフビートル】と関係がありそうな情報を得られた。しかし、今重要なのはそこではない。


「遺跡の壁の角に降ろしてくれ、相手は遠距離攻撃がない!」


 すぐさま<魔物鑑定>の本命の結果から判断して指示をする。


 さらにミュトが俺を押し込むように崩れかけの壁の隅に降ろす間に、彼女に運搬中にかけていた<力格強化>と<隠密強化>を上書きして<技格強化>と<魔格強化>にかけなおしておく。


 その間に【カブトコーグ】がのみのツノを地面から引き抜き、スパナ状のツノの【カブトコーグ】も2匹向こうの壁の陰から現われていた。


「前だけ見て、近づいてくる相手だけ牽制!」


 幸い、建物と呼べないほど崩れた周囲のお陰で槍を振るう空間は十分にある。<光槍>を片手に、後ろを気にする素振りを見せるミュトに言いながら、俺は準備をする。


「<魔力同化><光槍><投擲槍>!」


 一斉にとびかかってきた【カブトコーグ】たちをミュトが光の槍で薙ぎ払ったのを見て、その衝撃で転がるスパナのツノにミュトのスキルを借りて<光槍>を投擲。


 バキャァアン!


 体の中心の装甲を貫いて地面に縫い付けるのに成功。


「<光槍><投擲槍>」


 もう一度同じように追撃、魔物が消えるのを見ながらも戦況を確認。


 のみのツノがミュトと交戦中でミュト優位。


 もう1体のスパナはスキルだろう、十字の尖端を持つ長い槍の形状にツノの工具を変化。今まさに飛び掛かってくる!


「上だ!」


「今」


 ミュトが羽を使って体をひねってふわりと跳躍。


 ……なんだ、しっかり聞いていてくれたじゃないか。


 <強化部分化><力格強化>!


 ベキ……パキャァアアーz_ン!!


 迫る槍のツノを空中で踏み、そのまま<光槍>を【カブトコーグ】に突き立て地へ降ろし、地上ののみのツノごと2体を串刺しにした!


 ミュトのアクロバティックかつ、通常以上に強化された両腕による攻撃で沈み消えていく【カブトコーグ】2体。


 なんとか無事に終わり安堵。夜営前などに練習してはいた<魔力同化>が、さすがにまだ<無詠唱>には至らないものの本番でも結果を出せたことで満足する。


 そして、パーティメンバーのスキルを理解し、的確に動いてみせたミュト。俺が彼女の攻撃に合わせて<強化部分化>を使えるようになりたいという思いは通じていた。


「凄い攻撃だった! ミュトのお陰で理想のパーティになりそうだよ」


「そう?」


 そっけない返事と表情こそ涼しげで怜悧だが、嬉しそうに触角を揺らす姿に、俺は本当に恵まれた存在に出会えた、と感謝するのだった。

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