第9話 出立
ぬるま湯に浸かるような感覚。
どこまでも安心して身をゆだねられる空間。
そんな状況に置かれて俺はこれを夢だと悟った。
「繧上*繧上*縺オ縺上」
ああ、前回この夢を見たのはいつぶりだろう。
フィーネたちと会って、酷い扱いを受け始めた頃はよく見ていた気がする。
しばらくして耐性スキルを得てからか? 見る頻度が急激に減ったのは。
「£繧薙≠繧翫′縺ィ縺?〒」
光に包まれた空間。母さんが俺を抱きかかえて何事か話しかけてくれる夢。
しかし母さんの顔も言葉もわからない。わかるのは包まれた温もりだけ。
でも、それでいいんだ。この夢があったから、あの生活にも耐えられたのだろうから。
母さんが守っていてくれると思えるだけで俺は……。
「繧ゅ↑縺ォ繧ゅ↑縺――から」
え?
声が!
§
「はあ……」
あまりに驚いて目が覚めてしまった。
間違いじゃないよな? 最後に母さんの言葉を少しだけ聞き取れた気がする。こんな事今までなかった。しょせん夢だと切り捨てるのは簡単だけど、何か運命的なものを感じてしまうのは親離れできない感傷だろうか。
俺は寝転がったままマジックバッグを探り、ジョブスクロールを取り出す。
職業:【
説明
『分類:女性』の魔物のみ使役が可能な『戦闘』兼『育成』系職業。
魔格を上昇、技格と心格を大上昇させ、使役した魔物も常時強化される。
成長を促し、心を通わせ、道を定めることで、魔物と共に万事に対応できる。
効果
使役する魔物に常時全能力上昇効果。
魔物の精神に影響する魔法の効果と効果範囲が大きく上昇。
魔物から敵意を持たれにくく、『分類:女性』の魔物に好意を持たれやすくなる。
評定
力格:★
技格:★★★
魔格:★★★★
心格:★★★☆
技能
<使役術>
・魔物鑑定
・魔物使役:女性
・魔力同化 (前提:魔力同調・魔物同調)
<強化魔法>
・力格強化
・技格強化
・魔格強化
・心格強化
・脅威強化
・隠密強化
・自然回復力強化
<魔力操作>
・無詠唱
・強化重複
・強化全体化
・強化部分化 (前提:強化全体化)
<体術>
・受身防御
<耐性>
・苦痛耐性
・精神苦痛耐性
・魅了耐性
これが俺の今の評定だ。何度見ても変わらない。
一般的な成人男性の評定は2つ星。そこにジョブの上昇値で3つ星辺り。4つ星は城勤めでも僅かだろう。市井にいる実力者には詳しくないが、じいちゃんも魔格が4つ星以上あったはず。
仮ジョブ時代から上昇した分を逆算してみようか。【
力強くなり、重い装備が持てたり、持久力が上がる力格は1つ星のまま変わらず。
器用さ、瞬発性、平衡感覚強化で動きがよくなる技格は2つ星から3つ星へ強化。仮ジョブでは一切強化されていない部分が上がった。ただし、今は足がないから手先の器用さくらいしか活かせないのが辛いところ。
魔法の制御や攻撃魔法の威力、魔道具の扱いに関わる魔格は、前から上昇効果が同じで4つ星の変化なし。元から高いのは長年のじいちゃんとの修行の成果だ。攻撃魔法の威力に大きく関わるだけに攻撃魔法を使えないのが痛いが、その分<魔力操作>を徹底的に鍛えた。
補助魔法の持続時間や回復魔法の回復力、感知や記憶を司る心格は、3つ星から3つ星半へ上昇。元から上昇の補正がかかっていたから効果幅は星半分だけだが、<強化術>では持続時間や効果量に関わる重要な要素。上がるだけありがたい。
「評定だけ見れば、正直【
だけど。
『使役する魔物に常時全能力上昇効果』。これだ。
上がり幅こそ星半分だがそれが4つで星2つ分。さらに使役する魔物が増えれば増えるほど恩恵も大きい。予言で強いジョブを授かるってのは的中だ。
これなら、3年耐えた意味もある。まさか魔物嫌いの国から殺されかけることになるとは思わなかったが。
もちろん、人間首を斬られれば死ぬ。評定はひとつの目安でしかないのは心に刻んでおかなければならない。
そして本題のスクロールのスキルの文字を指でなぞる。普通の紙とは違う滑らかな感触と共に、細かく表示されたスキルを改めて把握する。
<魔物鑑定>
目視した魔物の、種族、分類、所属、評定、技能、遺宝の情報を入手する。
<魔物使役:女性>
分類の魔物に対し意思の疎通と使役が可能になる。
特定の分類に特化することで最大使役数が増加している。
最大使役数2。現在使役数1。
<魔力同化>
使役中の魔物の身体または精神的な異常を感じ取る。
使役中の魔物の魔力と自身の魔力を一体化させ、対象の持つ技能を自身が習得しているかのように発動できる。
表示は省略されているが<魔力同化>の前提スキル<魔物同調>は、使役している魔物の怪我や状態異常を自分のことのように感知できるスキルで、<魔力同化>の1行目の説明と同じ。どうやら魔力同化と合わさって上位のスキルになったみたいだな。
長々と改めて見てきたけど、確認したかったのは<魔物使役>副次効果。やっぱりこれだよな。意思の疎通が可能、つまり話している言葉が聞き取れるようになっているとも言える。
さっき母さんの声が聞こえたことと関係があるとすれば、まさか。
「ミュト。魔物って子供産んだりする?」
「産まない」
さすがに僕が魔物の子だということはないか。
「うーん、じゃあどうやって増えるの?」
「どこかで死んだ魔物が、しばらくしたらどこかのコアから生まれる」
ここで言う死んだとはダンジョンコアとの繋がりがない状態、もしくはダンジョンコアを内包したダンジョンボスのことで間違いないだろう。なるほど。それで転生輪廻というわけか。
「でもそれって総数は増えてないよね」
「そうかも」
そうなると新しいスキルの中では<魔物鑑定>も<魔力同化>も違うだろうし、<魅了耐性>は関係ないだろう。あとは心格が3つ星半まで上がっているけど、それで思い出したということ?
いや、そうか。単純な話なのかもしれない。
俺はマジックバッグから宝玉が埋め込まれたブローチを取り出す。
「何かの効果があると思っておこう」
何の宝石かもわからない母さんの形見のブローチ。じいちゃんが死んでしまった今詳しく聞ける人はいない。<物品鑑定>があれば分かるのかもしれないが、実際に効果のある思い出の品というだけで今は十分だ。
スクロールに写るものが全てではないんだから。
「もうひとつ質問するけど」
「何?」
「魔物ってくっついて寝る習性でもあるの?」
ミュトは起きてからずっと背中にくっついていた。手足の装備は体と一体化しているのかそのままだが、背中の透明な天使の羽は消えている。
「寝てない。起きてた」
いや、そういう意味で言ったんじゃないんだよな。
ギュ~
「あー。そ、そっか」
なぜかもっとくっつかれてしまった。早く起きたいんだけど。
その後、なんとか説き伏せて放してもらい、夜営道具を片付けて出発。
『レプリカフォレスト』を越えて次のダンジョン領域に入ってすぐ古代文明の跡地を見つけ、そこでテントを張ったため、出発地点はダンジョン領域の入り口といってもいい。
『ロストワンの亡国』。
滅びた古代文明と思われる建造物がまばらに散らばり、『分類:機械』の魔物が闊歩する広大な荒野。ダンジョン内部や原形をとどめている建物内にはトラップも多く、高耐久力の魔物と対峙しながら罠にも気を配らなければならないダンジョン。
逆に言えば、建造物を避けて通過するだけならなんとかなるはず。
「よし、行こう。向かうはまっすぐ<虫の示らせ>の方角!」
目的地はミュトが『レプリカフォレスト』からの出発前にも気になっていたという方向。彼女の<虫の示らせ>というスキルは、天啓の如く進むべき道がわかるらしい。
それだけ聞けば眉唾物だが、実際このスキルのお陰で彼女は『レプリカフォレスト』に訪れ、そして俺と出会ったのだから、効果のほどは俺自身が証人だ。賭けてみるのも悪くないだろう。
ミュトに移動も行く先も任せるので若干格好がつかないが、俺たちは新たなダンジョン領域への一歩を踏み出した。
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