第6話 敗走(元パーティ視点)

 僕たちは『レプリカフォレスト』から片足を失ったフィーネを連れてボロボロになりながらもなんとか脱出に成功した。


「あのヤロー……畜生畜生畜生!!!」


 馬車の中でフィーネが暴れている。荷に八つ当たりでもしているのか、バキボキと嫌な音も聞こえる。ふざけるな、馬車を壊す気か馬鹿力女め。


「お気を確かに! 『麻酔薬』が弱かったでしょうか?」


 エンデがそれをなだめる声が聞こえる。アイツのあんな情けない声初めて聞いたぞ。ハハハ……いや、全く笑えない。


 フィーネのあれだけの錯乱具合を見せられるとゼズが異様なのがよくわかる。なぜ両足を斬られても冷静に最後まで行動できたんだ? 愚かなパーティリーダーはその静かな執念で一矢報いられてしまった。


「いつもよりもダンジョンでの戦闘が多かった。フィーネ様には言葉を濁しましたが、奴の影響があると思いますか?」 


 僕は中から避難してきて御者席の隣に座ったリヨに話しかけた。


「最後の戦闘はともかく、道中の話でしょ? 『フクロウ』の乱入が多めだったのは戦闘が長引いてたのが原因じゃないのぉ?」


「……始めはまだジョブに体が慣れていないからだと思いましたが、数戦後でも普段よりも動けなかった。正直何度か危ない場面もありました」


「<障壁結界>割られてたね。久しぶりに」


 そうだ。ジョブで能力自体は上がっているはずなのに、普段通りの動きができなかった。ジョブを差し置けば、いつもとの違いはゼズが戦闘に参加しているか否か。しかし<強化魔法>で強化すればさすがに気づく。ましてや、<自然回復力強化>を常にかけていたはずだ。特殊なスキルがない限り<強化魔法>はひとりの術者が1つしかかけられないのが常識。


 確かに<魔力操作>に関してだけは認めよう。僕でさえ奴の持つ<無詠唱>には遠い。だが、それに加えて強化魔法を重複させるスキル、他人に魔法を気づかれずにかけるスキルを持っているなんてことがあるのか?


 考えても仕方ない。話を変えよう。


「最後の戦闘、なぜ囮を出口の方向に飛ばしたのですか? 森の奥からの追手を止めるために使っていれば、フィーネ様もあんなことにはなりませんでした」


「はぁ~? なんであたしのせいなわけ? 奥から来たのは『女性型』の魔物だったんだけど、それでもそっちへやるべきだったのぉ?」


「そ、それは本当ですか! あの状況でハグレの『女性型』なんて」


 やはり底が知れない奴だ。戦闘中にあれだけの魔物が集まってきたのも、ゼズのジョブの力に違いない。逃走経路に点々と魔力の残滓があった。それだけでなく自らの使役できる魔物を呼び寄せる力があるのか?


 こんなことならば無理やりにでもジョブスクロールで奴の【万魔物娘使いパンデモンコマンダー】の詳細を開示させるべきだった。


 いや、分かっている。スクロールに表示される事柄は本人が望んだものだけだ。いくらでも隠し通せる。無理やりに言うことを聞かせられないのはこの3年間でよく分からされた。あいつを『分からせる』べきはずの僕らが嫌というほど『分からせられた』のだ。


「ねぇ」


「なんですか」


「わたしたち悪くないよね? 全部フィーネとエンデが悪いよね?」


 確かにゼズへの躾の実行犯はフィーネかエンデだろう。


 だが、こいつはマジで言ってるのか? 


 さっきもお前の言葉で奴は足を切断されんだぞ。


 その姿を思い浮かべてしまい、条件反射的に引きつる頬を押さえ、つとめて冷静な声で返した。


「そうです、僕たちは悪くない」


 リヨがあからさまにほっとしたような息を吐く。


「だよね~」


 それが間違っているのはわかっている。教官はそう思っていないから、わざわざこんな計画を立ててまで、責任がある僕らパーティに処分を任せたのだろう。


 フィンネーゼ家の持ち家である寮では使用人がすぐにゼズの世話をしなくなったこと。奴が持ち込んだ私物はすべて燃やしたこと。刃物でゼズの身体を切り裂くという自然回復力強化の特訓ですっかり地下室が血臭くなったこと。部屋から追い出し犬小屋に住まわせ飯も犬と同じにしたこと。犬に情がわいたのを見計らって目の前で撲殺し、その肉を無理やり食わせたこと。挙げればきりがない。


 ゼズは全て教官に報告したはずだ。しかし問題にはならなかった。黙殺されたのか、まさか王まで伝わって黙認されたことはないはず。


 最悪な雰囲気の馬車は、日が落ちる前にはどうにか帰れそうだった。



§



「ぎゃああああああああ!!」


 汚い悲鳴で目を覚ます。


 寮の部屋の窓を見れば日は随分と昇っている。昨日は最低限の報告だけして帰ってからの記憶がないほど疲れていた。こんな時間に目覚めるのもしょうがない。


「がああぁあぁあああ!!」


 この絶叫さえなければ素直にそう思えたのだが。


 仕方なしに廊下に出れば、扉の開かれたフィーネの部屋の前に使用人が群がっていた。


「何の騒ぎです?」


「あ、テロス様。なんでもご実家から【呪具使いカースドウィエルダー】様がおいでになって、施術をされるとかで」


 使用人の頭越しに中を覗けば、ベッドに横たわるフィーネの傍らにローブの男と、うつむいて床に座らされた片足の大きな木人形。そしてそれを見守っているエンデの姿。


「なるほど」


 【呪具使いカースドウィエルダー】のスキル<呪傷転置>は、用意した呪具と対象の傷を入れ替える効果だったか。手元の呪具を傷つけて対象へ攻撃するだけでなく、足を失った場合には再び傷を開く痛みを代償に義足が生えてくるというわけだ。


 フィンネーゼ家の入れ知恵か自分のくらだんプライドか知らないが、ぎゃあぎゃあ不快なフィーネの鳴き声を聞くだけで『元英雄パーティ』の『聖女』に借りを作らないで済むのは助かる。


 義足でどこまで戦闘に支障がでるのかという問題もあり、しばらくは攻撃魔法中心で立ち回らせることになるだろう。国王の猿真似で続けた戦闘経験のお陰で、魔法方面にも秀でたジョブになったことが幸いした形になる。


 しかしそうなると、前線が手薄になるな。リヨも防御一辺倒ではなくアクティブに前線へ干渉させるべきだろうか。エンデは勝手にフィーネのフォローをするだろうから――


「ねぇ、聞いた~?」


 ――お前らのために頭脳労働してやってるんだ。急に後ろから話しかけるな。


「どうしました、リヨさん」


 そんな本音をおくびにも出さず、できるだけにこやかに返す。


「謁見の時間。限界まで遅らせるから、フィーネ様が落ち着いたら城の応接室で話し合おうって。教官が言ってたよぉ」


「フォッサム教官、ビスキー教官両名ですか?」


「そうじゃない? 知らないけど~」


「わかりました。伝えておきます」


 普段ならばフィーネの味方だが、ゼズが生死不明の状況でどんな態度をとるのか読み切れない2人だ。できれば協調路線でいきたいが、切り捨てられないよう立ち回る必要もあるだろう。


「ねぇ」


「まだ何か?」


「死んでるといいね」


 本当に。


「死んでいますよ」


 本当にそう思いたかったが、嫌な予感に引きつる頬は止まらなかった。

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