第5話 遺書
あんなとんでもない魔法を撃って、じいちゃんが無事なはずがない!
小さいころに見せてもらったときよりもずっと大規模だし、この前帰省した時は、作物を育てるときの小さな稲光の<雷魔法>だって、息が上がってたじゃないか!
俺を連れたミュトは山の木々もさすが蜂だけあって華麗に潜り抜けるが、そんなわずかな時間も惜しい。運ばれるよりも遅いとわかっているのに自分の足ですら走ることができない自分がもどかしい。
「じいちゃん!」
切り拓かれた山の頂上には、4人の兵士と倒れ伏す鎧の男、そして……燃えて倒壊した山小屋。俺とじいちゃんの家だったもの。
「じいちゃんに何をした!!?」
「て、敵襲ぅうう!!!」
一番近かった兵士に近づいて聞こうとするも、質問に答えずわめきだす。
声にひるんだ隙に、俺たちに向かって斬撃が放たれた。
「『禁忌のゼズ』、生きていたか! 貴様のジジイは耄碌した! 愚かにも家に立てこもり自らの頭上に雷を落としたのだ!」
ひらりとかわした俺たちに対し、剣を構える兵士がまくし立てる。
立てこもり? 頭上に雷を落とした?
こんな状況になっているのは!
じいちゃんを無理やり連れ出そうとしたのは!
お前らってことじゃないか!
「<光槍>! <強化部分化><魔格強化>!」
後光の如く輝く槍が発現し、俺はそれを強化すると同時に発射させる。
閃光。
ズガァアアアーz_ン!!
一瞬にして眼前に光の大木が生えたようだった。
光の大槍が消え、その先には構えた剣先を大きく震わせて苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨む兵士の姿。
「なっ、化け物め! まだ隊長は起きないか!」
「意識を取り戻しません!」
隊長とやらのあの装飾過多な鎧は、元英雄であり、俺たちの教官だったオモルフ・フォッサムの華装兵団で間違いない。
「ここから出ていけ!」
再び<光槍>を準備をして牽制する。
「くっ、禁忌のジョブの力がこれほどとは……総員退却せよ!」
「まだ隊長が!」
「2人で担げ! <回復魔法>を絶やすな!」
言い残して反転して逃げ出していく兵士たち。邪魔者がいなくなるならどうでもよかった。
「ミュト、家に!」
まだわずかに残る炎を顧みずに2人で瓦礫をどかしてじいちゃんを見つけた頃には、あたりはすっかり静かになっていた。
「なんで、だよ」
玄関近くで黒焦げになった遺体を見つけて、しばらく放心してしまう。
その間もミュトは隣でじっと待っていてくれた。
体を動かした熱が冷めてると一緒に頭も冷えたのか、なんとか思考を再開する。
ああ、そうだ。ミュトは<回復魔法>を持っているんだった。ミュトにやり方を教えれば弔いはできるか。
<光魔法>や<回復魔法>があれば、遺体を天に昇らせることができる。これは<火魔法>で火をおこしたり、<風魔法>で風を吹かせたりできるように当然のことだ。そんなことすら、思いつかないほどだったのか。
「ミュト、頼む」
夕日に照らされるさっきまでじいちゃんだった光の粒子を見ながら、俺は金庫の存在を思い出す。
年に1度しか帰れなかった俺に、じいちゃんが冗談混じりに、次に帰ったときに死んでいたら勝手に開けろと笑っていたっけ。
「本当に死んだら笑えるわけないだろ」
はたして金庫は床下の教えられた場所にあった。また大量の瓦礫をどかすことになったが、俺は汚れや土だらけの手で金庫を開ける。カギはかかっていなかった。
金庫の中から手紙が1枚こぼれ落ち、書かれた文字が目に入る。
この手紙を見るのがゼズであることを祈る。
適職の儀を終えたお前の帰りを待っていたら、代わりに物々しい雰囲気の兵士たちが集まってきた。
<風魔法>で彼らの話を盗み聞いてみれば、禁忌のジョブを得たお前がダンジョンへ置き去りにされたという話だった。
あの王になる前は魔物と人間仲良くしようとしていたものだが。いや、この話はいいだろう。
ゼズ、お前がパーティで酷い扱いを受けているという話を、他でもないお前の口から聞いた時はさすがに驚いた。いじめられていることがではない、お前がそれに抗い続けることを決め、私に心配するなと言い切ったことにだ。
儀式までの数年だけ従う振りをするだけでいい。そんな状況で、そんなことは嫌だと、暴力や恫喝や権威に対して屈することは間違っていると結論づけて抵抗した。私という味方がいない中、ひとりで。
適職の儀で大人になるという者もいれば、大人になるとは清濁飲み込み社会で生きていくことだという者もいるだろう。また、叶うかわからぬ理想を掲げたり、自己の信念を曲げて周囲に迎合しない者をまだまだ子供と笑う者もいるだろう。
そんな者の意見なぞクソくらえだ。
私は適職の儀の前から、お前の話を聞いた時から、お前を立派な大人だと思っていた。
自らの行いを自らに誇れてこそ本当の大人であると、私は考える。
だから私の行動も悲しまず誇りに思ってくれとまでは言わない。ただ、お前が消えて自暴自棄になったのではないとだけ伝えたい。
国に捕まれば私の存在は、お前をおびき寄せる餌か縛る鎖にしかならない。お前はきっと生きている。だから邪魔になることだけは避けたかった。それが後はお前のために人生を使うと誓った私が最期にできることだからだ。
私の行いは私の誇りのもとにある。
風雷のザイアンより最愛の孫へ
「じいちゃん……」
急いで書いたのであろう、崩れた字だったが、想いはしっかり伝わった。
俺は涙をぬぐって、まだ中身が入っている金庫を覗く。
「母さんの形見のブローチと、革袋?」
何が入っているのか、手を入れてみる。
ん? 底がない?
「なんだこれ」
ミュトが光源代わりに掲げていた、通常サイズの光の槍を構える。
「何?」
「あ、いやなんか変な袋で……見た目通りじゃなくて中がすごく広いみたいな」
「マジックバッグ?」
「知ってるの?!」
どうやら、収納用の魔道具らしい。容量はまちまちだが、ミュトがもといたダンジョンのボスが持っていたのは、馬車2台分くらいはあったとか。
使い方も教えてもらう。出し入れは任意で行うため、出すものを思い浮かべないといけないが、中身がわからなかったり忘れたら、ひっくり返せば全部出てくるみたいだ。
開けた場所に移って中身を確かめてみる。
「じいちゃん、物置代わりに使ってたな」
多くは錆びた農具や壊れた家具などのガラクタだったが、旅の道具一式に保存食とジョブスクロールも見つけることができた。
そして、じいちゃんが昔描いてくれた魔物の絵。
子供の頃の俺は土に木の枝で描くのをねだるだけでは飽き足らず、紙に残してもらったのだ。今見ても上手いが、どうして魔物の絵なんだっけ? 英雄譚が好きだったからか?
「誰か来る」
ミュトの声に気づけば、まばらな木の隙間から光源が遠くに小さく見え隠れしていた。まだ足音などは聞こえないが、追手かもしれない。僕は急いでマジックバッグに荷物を詰め込む。
「逃げよう」
光の反対側から山を下りれば、ちょうど来た道を戻る形だ。
またもミュトに抱えられ揺られながら、俺は身の振り方を考える。
元パーティのフィーネたち、間接的にじいちゃんを殺した元教官たちにはもちろんきっちりと報復するが、じいちゃんの手紙の内容や魔物の絵を見つけたことで、適職の儀が終わったら漠然と旅に出ようと思っていた、そのぼんやりとしたビジョンがはっきりとしてくる。
ミュトと出会い、魔物のことを知りたいと思い始めた。魔物を悪と断じてその情報を遮断するだけの国の考えなど願い下げだ。
じいちゃんの手紙にも両者仲良くしようとしていたとあったように、俺が魔物と人間の付き合い方を見つけよう。
【
「過去の清算も未来への展望も」
自分に誇れる生き方だ。と、そう思った。
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