第4話 運命
暖かい感触に包まれて目を覚ました。
開いた目の前には僕を覗き込む、ほとんど人と変わらない……いや、むしろ美人な顔。どうやら彼女に膝枕されているようだ。
種族:ヴァルキビー (戦乙女蜂属・基本種)
分類:虫 女性 光属性
所属:ゼズ
評定
力格:★★☆
技格:★★★☆
魔格:★★★
心格:★★★☆
技能
<槍術>
・槍修練
・光槍 (前提:光属性)
・投擲槍
<回復魔法>
・蜜色の祝福
<探知術>
・虫の示らせ
遺宝
・天上蜜
・曇りなき天使羽
リヨに<反発結界>で飛ばされる中、俺は空中で森の奥から来た未知の魔物の姿と鑑定結果を見て驚いた。それが『分類:女性』を持つ魔物だったからだ。
自分のジョブについて知っていることは少ないが、ジョブ名と儀式中に祭司様が言っていた『特定の魔物を従わせる』という言葉。使役できるの間違いなく人型、それも女性型に限られるのだろうと推測できた。
そこで、黒煙の中<脅威強化>を自分にかけて【ヴァルキビー】を誘導し、捕まえた誰かもろとも攻撃されながらも【
その傷は彼女が持つ<回復魔法>で治してもらうという、即興で捨て身の作戦だったが、こうして自分は生きている。
フィーネの足1本という不甲斐ない戦果でも俺が生きている限り、まだ終わりではない。
「……」
と、そんなことを考えている間も【ヴァルキビー】は感情の乗らない瞳で膝上の俺をじっと見つめてくる。
「えーと、ありがとう。もういいよ」
無言とこの状況に耐えられず、反射的に言って、転げ落ちるように彼女から離れた。そうして改めて姿を眺める。
今まで見た誰よりも美しい女性。金髪から生えた直覚に曲がる触角すら輝いて見える。黒で縁取られた神々しい金色の、兜、胸当て、下半身の蜂を模した武装、オマケに昆虫のように透けているが、大きく立派な背中の天使の羽。ここまで綺麗な魔物は初めて見た。
「どういたしまして」
「喋った!?」
魔物が人語を話すなんて聞いたこともないぞ!
「貴方こそ、喋っている」
「俺が魔物の言葉を話しているってこと?」
彼女が頷く。そんな何気ない仕草でもさまになる。
なるほど。これも【
やっぱりジョブスクロールが必要だな、自分が何ができるか把握したい。時間があるならしらみつぶしに色々試してみるのもいいかもしれないが、それは最終手段にしておきたい。
「言葉が通じるなら、まずは自己紹介かな。俺はゼズ。なにぶん魔物を使役したのは初めてで、不都合があったら言ってほしい」
「ミュト」
これは俺が知らない単語じゃなくて、名前がミュトってことだよな? <魔物鑑定>に名前は載らないらしい。
「なんでミュトはここに? ハグレ……は通じないか、このダンジョンの魔物じゃないよね?」
『レプリカフォレスト』は元英雄の教官たちも攻略していた。つまり出現する魔物は把握しているはず。【
「ダンジョンがなくなったから、住処を探しに来た」
やっぱりハグレ、つまり、本来のダンジョン領域から離れてうろつく魔物らしい。
「ダンジョンがなくなったのは残念だったけど、ここに来てくれたお陰で俺は助かったんだ。ありがとう」
「私も。死ななくなったから」
ん?
「どういうこと?」
「貴方との間に、ダンジョンコアと同じ繋がりを感じる」
「もしかして、ダンジョンの魔物の復活について言ってる?」
「そう。ダンジョンコアと繋がれば、ダンジョンの領域にいる限り、死んでも記憶の一部を落として少ししたら復活する。だから死なない」
ダンジョン内の魔物の復活については知っていたが、同一個体が復活を繰り返していたとは。それに落とす記憶の一部って、ドロップアイテムってことか?
って、待てよ? それだとダンジョンコアを取り込んでいるボスはどうなるんだ?
「ボスは特別? ボスを倒したらダンジョンがなくなるって話だけど」
「ボスが死んだら、コアがしばらく機能しなくなる」
なるほど。あくまで復活はコアに付随する機能というわけなんだな。
無尽蔵でも有限のサイクルというのは、ダンジョン攻略の上でかなり重要な情報な気がするが、魔物と直接話さなければこんな情報知ることがなかっただろう。
ああ、考えてると日が落ちてしまう。さすがにダンジョン内で野営はしたくない。
「まだまだ聞きたいことはあるけど、日も暮れてきたし、ダンジョンを出よう」
そう言って立ち上がろうする。
そこで俺にもう足がないことに気づいた。
「覚えてろよ」
怒りと悲しみで泣きたくなりそうだったが、ここで立ち止まっていても何も良いことなんてない。
息を吐いて落ち着いてから、ミュトに頼む。
「<強化魔法>かけるから、運んでくれる?」
頷くミュトに<力格強化>と帰路のため<隠密強化>をかける。
抱えられると、馬に乗っているくらいまで視点が持ち上がった。彼女がさっきまで浮いていた高度と変わらないが、重くないのだろうか。
その後は予想以上のパワーとスピードと<隠密魔法>に助けられ、無事にダンジョンから脱出に成功。
フィーネたちの待ち伏せも警戒していたが、杞憂に終わった。生死不明の俺をパーティーリーダーの大怪我を抱えたまま待つことは流石にしなかったようだ。
その日は、ダンジョンの入り口から離れた林の中で野営――道具がないので草木をかき集めて茂みの中を寝床にしただけ――することに。すっかり汚れてしまったが、儀式のときの儀礼服そのままの格好だったので、マントを布団代わりにくるまる。
緊張の糸が解けたとたんまた痛みがぶり返してきたが、ミュトの持つ<回復魔法>の<蜜色の祝福>には回復に加え、痛覚鈍化の効果もあるらしく、いつの間にか眠ってしまっていた。
「あっちか」
日はちょうどてっぺん。
昇る方角と近くに川を確認していたので、帰る方角はなんとかわかった。
本当は日が昇ればすぐ出発するべきだったが、俺が寝落ちしてしまい、ミュトには夜番させてしまったし、これから抱えて移動してもらわなくてはいけない。休憩は必要だった。
幸い、未だ『レプリカフォレスト』に捜索隊は来ていない。
「行ける?」
「平気」
そう短く返しながらも、ミュトは触角と視線を向けて別の方をじっと見ていた。
「そっちになにかあるの?」
「わからない」
不思議な言動でも横顔は芸術品のように美しい。
「とりあえず家に帰りたいんだ。じいちゃんに事情を説明しておきたい。街には入れないだろうし、これからどうするのか相談とか」
俺は抱きかかえられて、昨日と同じようにミュトへ<力格魔法>と、長時間の飛行の負担を減らすため<自然回復力強化>をかける。
「だから、あっちにずっとまっすぐ進んでほしい」
「街に入れないのに家に行く?」
「ああ、じいちゃんの家は街から外れたダンジョン領域の山……丘かな? とにかくその上にあるんだ。隠居生活してたけど、俺の親が死んじゃって引き取ってくれたんだ」
「生き返らないの?」
「え? 両親のこと? 魔物と違って復活しないんだよ、人間は」
<回復魔法>でもそんなことはできないし、当然人間のためのダンジョンコアも存在しない。
そうか、人が魔物の生態を知らないように、魔物も人の生態を知らないんだな、なんてひとりで納得するも――
「違う。死んでもまた生き返る、同じ姿じゃなくても」
――どうやら、『復活』と『生き返る』という言葉を別の意味で使っているようだった。じゃあ、この場合はどういうことだ?
「転生輪廻?」
「そう」
魔物との翻訳システムがどういうことになっているかはわからないが、通じたようだ。
「信心深い人はあると思っているだろうけど、俺はどうかな? あったらいいとは思うけど」
「私たちにはある」
魔物と話すのも興味深いな。この死生観の違いはダンジョンコアで復活するからこそ培われたものなのかそれとも……。
俺が思考の海に潜ってそれきり会話が途切れてしまったが、昨日以上のスピードでヴァルキビーは進み、目的地である低い山の全貌が見えてきたところで異変が起こった。
雷雲だ。
山の上に、スパークする巨大な黒雲が広がっている。
「まさか、じいちゃんの魔法!?」
―――ドゴォオオオオオオオン!!!!
そして轟音と閃光に包まれて、山へ向けて凄まじい雷が降り注いだのだった。
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