第7話 懲罰(元パーティ視点)

「あなたたちには呆れました」


 城の応接間、僕とエンデとリヨがソファの後ろに立ち、ひとりソファに座るフィーネ。それから机をはさんで向かいのソファに深く腰掛けたオバサン、座学教官のセルベッサ・ビスキーがわざとらしくため息をついた。


「それに報告もまともにできないようですね。右足を失う大怪我だと聞いていましたが」


「実家から【呪具使いカースドウィエルダー】を呼んで、こんなときのために用意しておいた人形と足を入れ替えた。センパイらの手はかりねえよ」


「うら若き乙女の片足を奪うとは! 『禁忌のゼズ』、たとえ神が許そうとこの私の剣は許さない!」


 ビスキーの横に立ちポーズを決めて、舞台役者でもしないベタなセリフを吐く若作りの男、実技教官のオモルフ・フォッサム。


 フィーネが乙女かどうかはおいておくとして、こいつはいつもこの調子なので皆無視している。


「では、怪我の話はいいでしょう。問題は確実にアレを始末できたかどうかです」


「あの時アタシの足と一緒にゼズの腹も貫かれていた! 奴は死んだ!」


「ああ! 死んでしまっては、私の断罪の剣も届かない!」


「でも生死確認はしていない」


 ビスキーがフィーネを詰める。


「両足がなくて腹を貫かれて、1人ダンジョンから生きて出られる奴なんていやしねー! それで十分じゃねーのかよ」


「禁忌は同じ禁忌の存在によって裁かれた! この私が出るまでもなかったようだ……」


「でも1人ではなかった! 魔物を使役した可能性があり、それを確かめなかった! あなたたちの明らかな過失に他ならない!」


 ここだ。ババアのヒステリックを僕はさえぎった。


「どこまで聞き及ばれているか存じませんが、僕らの失態は魔物の異常な行動と本来ならば考慮に値しない不運が重なった結果です」


 本当は、3年間折れなかったあのチビの異常な執念も含まれるが。


「だが、私の直感は未だ油断ならぬ状況だと告げている!」


「自らの罪を認めないと?!」


 罪? お前らも同罪だ。


「ハグレが、それも女性型魔物がその場にいたという、稀有に稀有を重ねた、不幸な事故です」


「そうだ、アタシらは悪くねぇ!」


「そうやって片付けていては責任問題の解決のしようがない!」


 うるさいな、黙れ女ども。


「それを決められるのは陛下です。僕たちに今必要なのは『適正ジョブを得た初陣で愚かにも戦死したゼズ』への追及の逃れ方と、王に気づかれる前に発見して今度こそ始末する方法では?」


 ヒートアップしていつの間にか立ち上がっていたビスキー教官が不満をあらわにソファに座り込む。


「そう、ゆえに私も『禁忌のゼズ』の祖父の確保を部下に命じたのだ!」


「ハァ。まあ、いいでしょう……オモルフ、今、あなた何と言いました?」


 その言葉に、部屋のすべての視線がフォッサム教官に集まる。


「ん? 『人質惜しくば神妙に私の断罪の剣を受け入れよ』と書き、部下に託し祖父の家に向かわせて――」


「そんな話聞いていない! 勝手なマネしないで!!」


 独断専行なのはいただけないが、人質か。奴が姿をくらましてその影におびえ続けるよりは餌で釣ること自体は悪くない。


 コンココン、と独特のリズムで応接間の扉がノックされる。


「やはり運命! 話をすれば私の華装兵団が帰還したようだ」


「チッ! 入りなさい!」


 ビスキーがイラつきを隠さずに声を上げると兵士が焦った様子で入ってくる。恐縮した兵の姿はもはや嫌な予感しかしない。


「想定外の抵抗により目標が死亡し確保に失敗! その後使役したと思われる魔物と共に『禁忌のゼズ』が現われ交戦するも、戦力差を鑑み部隊は撤退! 現在隊長が『聖女』様の治療を受けております!」


「え?」


 再びフォッサムに視線が集まる。


「ふざけんなよ!!」


 僕ら全員の声を代弁するかのようにフィーネが叫び、座ったまま机を蹴り上げた。




 謁見の間。


 ゼズを除く『次期英雄パーティ』と、壇上で凄む国王を含む『元英雄パーティ』全員がここに集まっている。


「この俺様も随分とナメられたもんだな。ああ?」


 筋肉を凝縮して人の型に押し込んだような体躯に、その力で空気を握りつぶして発しているかのような底冷えのする声。


 国最強の実力者が放つ威圧感。


 今までに出会ったどんな魔物からより、『元英雄パーティ』のリーダーである国王ヴォディノ・クレアスからは潜在的な恐怖を感じてしまう。


「お前の部下が酷い怪我でよ。誰にやられたっつって聞いてみりゃあ、教え子の家にカチコミかけて、ジジイに返り討ちにあったなんて言うじゃねーか。なんでそんなことになってんだと当然聞くよな? で、なんて答えたと思う?」


 話しながらゆっくりとフォッサムの前に歩み寄り、問い詰めるヴォディノ。


「も、申し訳ございません! ただこれは部下が勝手にやったことでありますからして」


 ひざまずき、弁明するフォッサムの頭が王の片足で床ごと踏みぬく勢いで叩きつけられる。


「ぐぶっ!」


「話にならねーな。ネタは上がってんだよ。俺様に禁忌のジョブの存在を隠し騙そうとした。これに間違いないな、ラドロ」


「相違なし。しかしイコーナの元へ重篤な患者が運び込まれる段になって、無駄に兵を損耗させること、陛下への背信になることに耐えきれず、兵の証言も併せてこれまでの顛末もお伝えした次第」


「その通りです」


「あなたたち! 裏切ったの!」


 ビスキーが声を上げて2人に反論しているが、『財務卿』ゴシ・ラドロと『聖女』イコーナ・イードルムが揃って自供した形。確かに2人は教官として活動していないし、今回の件も始めから旗色が悪くなれば国王につく気だったのだろう。


「おいおい、俺様は悲しいぜ。お前たちの頭の悪さがな。もうこの場は糾弾の場じゃねー。懲罰の場なんだ」


 床に頭をこすり付け、尻を高く上げたまま気絶しているフォッサムは見せしめか。


「そいつは優秀だったらしいじゃねーか。高い心格による<強化魔法>に加えて<無詠唱>に<強化全体化>、オマケに座学はいつもトップ。将来有望だなあ!」


 その殺気に、もはや誰も口をはさめない。


「それなのに【万魔物娘使いパンデモンコマンダー】なんて牛のクソにも劣るほど忌々しいジョブを得ちまった。こりゃあ一体誰の責任だ? セルベッサ・ビスキー!」


「もちろん、私とオモルフにも非の一端はあります。しかし、寮生活の中で問題の教え子は常習的にいじめを受けていたようです。何度か注意はしたものの私もフィンネーゼ家には立場上強くも言えず。そうした中で鬱屈した精神が禁忌のジョブを目覚めさせてしまったものかと」


 反論したいが……認めよう、正直僕はビビってしまっている。このまま嵐が過ぎ去るのを待つのが得策なのだと自分に言い聞かせることが精一杯だ。


「へえ。本当か、フィーネ・フィンネーゼ」


 ヴォディノがフィーネの前に立つ。


「奴がアタシに従わなかっただけ、です」


 フィーネが絞り出したかのようになんとかそれだけ口にすると、その顔にヴォディノの強烈な蹴りが飛んできた!


 ドゴォオ!!


「従ってねぇのはテメェだろうがよ。 隠蔽だとかイキがるんじゃねー」


 床を転がり倒れ、打ちのめされてピクリとも動かないフィーネを無視して宣告する。


「よしわかった! 6人には数日間、俺様の専属シェフが腕によりをかけた、くっせぇくっせぇメシを御馳走しようじゃねーか。まずは前菜だ! 遠慮なく食えよ!」


 ヴォディノの両手に靄が集まったかと思うと、教官と僕たちパーティに向けて霧のような魔力が広がる。魔法だと! 正気か!?


「<酷毒魔煙>」


「ぎゃぁああああ!!!」

「ぐおっぐぶぅうう!!」

「だず、げ、だぐぐがががが」


 逃げることはできなかった。鼻が喉が焼けるようだと思った瞬間、もはや手足に力が入らなくなる。倒れたはずの床の感触ではなく体中に無数の虫が這いまわるような強烈な嫌悪感と、それが体内に皮膚を食い破り入ってくるかと錯覚するほどの拒絶感と生命の危機。早く意識を手放したくてたまらないが、痛みによりそうも行かない地獄だった。


 すべてあのカスチビ野郎のせいだ! 


 自死すらちらつく苦しみの中、僕は恨み続けることしかできない。

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