第2話 切断

 ガスッ! ガタッ!


 くそ、まだやってるのか、今日はエンデがやけにしつこい。いい加減、暴行にも飽きろよ。


 ん? いや、なんだこれは、殴られてるんじゃなくて揺れている?


「んー! んんー!!」


 手足が動かせないし、声が出ない?! 猿轡さるぐつわされているのか?


「ああ、目が覚めましたか。あまりうるさくしないよう。フィーネ様が起きてしまいます」


 さっきのは夢か。いつも見る悪夢、というか日常すぎてわからなかった。


 馬車の揺れで目が覚め、相変わらず頬をヒクつかせて笑う眼鏡のテロスと、その隣で手鏡を覗いているリヨを見上げた。しかしどうして馬車に?


「ほら~、やっぱり目が覚めちゃったぁ。なんですぐに殺しておかなかったわけ?」


 リヨの発言には全く同意だ。てっきり殺されると思って逃げ出したのに……3秒とかからず捕まったが。


「やれやれ、やはりアナタは話を聞いていませんでしたね。教官が言っていたでしょう。教え子が禁忌のジョブを授かったと王に知られたら、指導をしていた自分たちも何らかの処罰を受けるのは必至。だから予定通りに儀式後ダンジョンへ赴き、そこで不幸な事故が起きたことにすると」


「やだぁ~、隠蔽体質こわ~い」


「僕はそこまで魔物を憎悪する王のほうが怖いですよ。それに僕らのパーティも隠蔽の巻き添え。おチビ君のおかげで本当にいい迷惑です」


 テロスは話しながら、転がる俺を足蹴にしてくる。


 そういうことか。だけど俺からして見ればチャンスだ。死んでいないなら道はある、何が何でも逃げ出してやる。


 俺のジョブは【魔物使いモンスターテイマー】系列の上位だろうもの。魔物嫌いの王の所為で、城の図書室でも魔物関連のジョブについての書物は見たことがない。詳細は分からないが、ジョブが変わったことで心格も上がり魔法の効果も上がっているはず。


 俺は<脅威強化>をパーティ全員にかけた。


「全く、『ダンジョンの呪い』がなければ引率を頼めたものを」


「わたしが仮病使っとくべきだったかぁ~、そうすれば代わりに教官入って5人だし!」


「いや、リヨさんは回復役だから抜けてもらっては困りますよ……」


 <脅威強化>はテロスが使う<挑発攻撃>のように、魔物からの敵意を受けやすくなる戦線維持の魔法。


 しかも普通の<強化魔法>ならかけられた側は気づくものだが、「気持ちわりーから<自然回復力強化>以外かけるな」と言われながらも、指示の穴を埋めるためかけざるを得なかった、クソパーティでの経験で習得したスキルもある。


 スキル名は<魔力同調>。自分の魔力を人の魔力に似せることができる。ただそれだけの残念なスキルだが……<脅威強化>を知られずにかけるにはうってつけだ。


「敵襲!! テロス、来い!」


 エンデの張り詰めた低い声。慌ててテロスが御者席に駆けだす。


 ……効いた、のか?


 通常ならば<脅威強化>はこんなに強くはない。あくまでも接敵している魔物から標的にされやすくなるだけ。


 【万魔物娘使いパンデモンコマンダー】の力に賭けて、当たればラッキー程度だったが、想像以上に強化されているらしい。


「ジョブで作ったアイテムを使って魔物を撒き、そのままダンジョンへ向かうそうです。揺れるので注意しろとのことでした」


 いつの間にかテロスが戻ったようだ。リヨにそう報告し、フィーネを起こそうと揺すっている。


 【竜討狩猟者ドラゴンスレイヤー】のジョブで作るアイテムか。英雄譚に出てきた中だと『音爆弾』『光爆弾』は馬を走らせる上で使えないだろうから、『煙爆弾』、『掘削爆弾』あたりなら確かに振り切れるか?


 馬車を止めて戦闘するなら逃げる隙があるかと思ったが、さすがにこの程度では混乱すらしないか。


 こんなクソパーティでもダンジョンに潜って何度も生還してるし、新たなジョブを手に入れたのは俺だけじゃない。


 ドカァアン!!


 爆発音とともに煙幕が撒かれ、急スピードで揺れる車内で荷に埋もれながら、俺は逃げる手段を考えて続けていた。




 着いたのは、俺たちパーティが何度も潜ったダンジョン。『レプリカフォレスト』。


 ひとつひとつが全く同じ見た目の樹々に、同じパターンの藪や草花。模写したかのように延々と同じ景色が続く、侵入者を阻むため作為的に並べられたとしか思えない森の迷路だ。


 もちろん、攻略したところまでのマップは頭に入っている。あまり進まれないうちに振り切れれば、逃げ道は完璧だ。


 あとはさっきのどさくさで荷物から拝借したテント用の楔で、戦闘中にでも縄を少しずつ切っていけばいい。準備ができたら魔物を呼び寄せて戦わせているうちに隙を見て逃げる。それまでは大人しくしておこう。


「ねぇ、こいつほんとに連れてくのぉ? ここで殺しちゃわない?」


 勘弁してくれよ。


「いままで役に立たなかったんだ。最期ぐらいアタシたちの役に立たせてやりたいだろ。生きてたほうが囮として優秀じゃねーか」

 

 よし、いいぞフィーネ! 初めてお前のことを応援したかもしれない!


「しかし、このまま連れていくのは問題のようです」


「んぐっ!?」


 一瞬にして後ろから現れたテロスに手を叩かれて、握って隠していた楔を落としてしまう。


 なんだ? どうやって後ろを取られた?


「ゼズ! 最期までアタシをイラつかせやがって」


「どうせ殺すならさ、足ちょんぎって軽くして持ってこうよぉ! それなら生きてるし逃げられないでしょ?」


「おいおい、ちんちくりんクンをさらに短くしちまおうってか? ヒハハハハ! いい考えじゃねーか。エンデ、鉈借りるから足押さえろ。テロスは手を放すなよ」


 動揺しているうちに、トントン拍子に最悪な状況が続いていく。腕を引かれ土の上に転がされ、あっというまに準備が整ってしまう。


 今までの経験からとっくに同じ人間だと思うことはやめたが、こんな状況文句を言ったっていいだろう! 俺が何をしたっていうんだ!


「よーし、じゃあ最初はかるーく」


 俺は無駄な抵抗をやめ、振り降ろされる大鉈をまっすぐに見る!


 そして、歯を食いしばって痛みを耐える代わりに、最大出力の<強化魔法>!!


 ザグッ!!


「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」


 うぁああああああ!!! 絶対にこの恨みは果たしてやる!! なにがあってもだ!! 死んでも祟って、必ずやり返してやるからな!!!


「あァん? 両足ともほとんど斬れちまった。もう終わりかよ、これ、切れ味良すぎるんじゃねーか」


「すみません」


「フィーネちゃん、繋がってる残りのところも斬っちゃって。回復できないと失血死しちゃうよぉ?」


「ああ、そうだな。よっ、と」


 痛みで意識が飛びかけながらも、フィーネの攻撃力を上げるためにかけた<力格強化>のおかげで拷問めいたショーから逃れられたことを幸運に思うのだった。

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