第12話.さぁ、今度こそ

 早くも咲き誇っている桜。訪れた人々や、ターフを駆け抜ける優駿たちを包んでいる。


 3月下旬の阪神競馬場。クラシックの開幕前に、今後の古馬GI戦線に繋がる重要な1戦が幕を開けようとしていた。


 それが、阪神大賞典はんしんだいしょうてん(GII)芝3000m。約1か月後に行われる春の天皇賞てんのうしょう(GI)や、今後のGIシリーズに大きく関わる1戦ということで、数多の名馬たちもこのレースに挑んできた伝統の1戦だ。


 観客たちもかなりの人数が集い、注目の1戦となっていた。既に出走馬は本馬場入場を始めており、観客達から拍手が次々と送られている。


 1番人気の支持を集めたのは、昨年のクラシック最終戦・菊花賞きっかしょう(GI)、年末のグランプリ・有馬記念ありまきねん(GI)共に2着のゴールドルピア。現在リーディング5位の期待の若手・美幸みゆき滉大こうだい騎手と新コンビを組み栄冠を狙う。


 そして2番人気は……


『さぁ今度こそ、今度こそ重賞初制覇へ!!卯月うつき璃乃りのとフォルテナイトです!!』


 昨年12月のチャレンジカップ3着から存在感を示すと、日経新春杯にっけいしんしゅんはい京都記念きょうときねんと2戦連続僅差の2着と好走。鞍上は4戦連続のコンビとなる「天才の子」、璃乃だ。


 今回初めての長距離戦となるが、血統的にも長距離適性はしっかりあるはず。遂に重賞制覇となるのか注目だ。


「よし、いつも通りよろしくね…フォルテ」


 首筋をポンッと叩き、相棒と呼吸を合わせ芝の上を駆け抜けていく。


「そろそろ君にも…恩返ししないとだからね」


 スタンドとは反対側にあるスタート地点へ向かう途中、思わず心の声が漏れてしまった。


 思えば、重賞初騎乗はフォルテと挑んだチャレンジカップ。


 父の背をなぞった日経新春杯もこのフォルテと共に駆け抜けた。


 フォルテにもだいぶお世話になっているのだが、コンビを組んでから今日このレースが4戦目。未だ勝利をプレゼントしてあげられていない。


 それでも私を信じて乗せてくれる花火はなび調教師、厩務員きゅうむいん吉田よしださん、この馬の所有者であるオーナー。


 思いを背負い、ここまでやってきている。もう負けられない。


 自分の中に今まで以上の「思いの火」、「闘志の火」が燃え盛る。


 観客達も盛り上がりが大きくなる中、ファンファーレが鳴り響いた。


『さぁまもなく阪神大賞典のスタートです!!』


 実況が鳴り響き、大歓声も背中を押す中、各馬がゲート入りをスムーズに行っている。


 フォルテのゲートは1枠2番。内枠だ。


「よしよし…いい子、がんばろ」



 ガシャンッ…!!



 ゲートが開き、全14頭がまずまず揃ったスタートをきった。フォルテと璃乃も内側でマイペースにポジションを取り、後方3番手でじっくりとレースを進める。


 内回りコースを約1周半する阪神大賞典。3、4コーナーではある程度ポジションを上げていきたい。

 1周目のホームストレッチ。観客の拍手に迎えられスタンド前を通り過ぎていく。


「いつも通り…いい子」


 璃乃とコンビを組んでから、驚く程に折り合いが付くようになったフォルテ。今ではそれが当たり前のようなっているが、実はこの馬結構難しい。


(やっぱり、いつでも折り合い技術なら現役トップクラスや…)


 スタンドで見守る花火調教師やレース後に彼女らを迎えるために準備している吉田厩務員も、感心を通り越して驚きの方が先であった。


 レースは平均ペースで流れ、最後の直線に向けて、スタンドが徐々にざわざわし始める。



 向正面も終盤に差し掛かった頃、スタンドから悲鳴のような声が飛び交った。



『なんと、逃げた3番人気・ヴィルキアが後退していきます!!』


 人気を集めた馬の1頭がズルズルと後退していく。その影響は、ほぼ固まってレースを進めていた後続馬にも与えられた。


「あぶない!!」

「前!!前ぇっ!!」


 鞍上の騎手達がクラクション代わりの声をあげ、危険を知らせる。


「んんッ…!!!」


 ごちゃついた馬群の中、内側でレースを進めたフォルテと璃乃ももちろん影響を受けていた。


 急に左側に馬達が殺到し、前からは後退してくる。動こうにも動けず、手網を引っ張りブレーキを掛け内側に1頭分のスペースを開ける。


 幸い落馬は無く大きな事故は免れたが、栄冠を狙う各馬に試練が与えられた。


(…切り替えよう、フォルテ)


 再び内側に進路を戻し、いよいよ3コーナー。


 さぁ今度こそ、1着を掴み取れるか。

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