第11話.希望
熱狂に包まれた阪神競馬場。ゴール板の前を2頭がほぼ同時に駆け抜けていった。
フォルテナイトと
ルイサファイアと
2人の女性騎手と2頭の優駿が火花を散らし、大接戦となったこの京都記念。
「どっち!?」
「最後届いた気がする!!」
「いや粘ったやろ〜!?」
早めに抜け出して粘り込みを計ったフォルテを、外から驚異の末脚で差そうとしたサファイア。フォルテが粘ったようにも、サファイアの末脚が届いたようにも見える。かなり際どい勝負となった。
「差されたぁ!」
「粘られた!!」
大接戦を演じた両馬の鞍上、璃乃と結羅が顔を見合わせると同時にお互い自分の負けを認めた。
「え?サファイ届いたっしょ今のは」
最後の最後で差されたと思っていた璃乃は、結羅に確認する。だが、結羅は結羅で末脚が届かず負けたと思っているようで、こうなってしまえばキリがない。お互い素直に写真判定の結果を待つ事にした。
検量室前へと引き返す途中に、静かになりつつあったスタンドが再び沸きだった。ターフビジョンを見た璃乃は苦笑いをし天を見上げる。
「あちゃ〜また2着かいな、はっはっは」
と、厩務員の吉田さんも笑いながらフォルテの鼻筋を撫でる。
このレースは、ルイサファイアと結羅に軍配が上がった。そして、フォルテナイトと璃乃のコンビは前走の日経新春杯に続いて僅かハナ差で重賞勝利を逃した。
「少し仕掛けるのが早かったですか?」
「いや、今日は流石に相手が強すぎただけや…璃乃は普通に完璧な競馬やったべ」
検量室にて花火調教師と振り返る。フォルテもかなり頑張ってはくれたが、相手はダービー馬。今回もまた強敵に力を見せつけられる形となった。
分かってはいるが、流石に2戦連続ハナ差2着と来ると相当悔しい。僅か数センチの差で重賞勝利を逃しているため、自然と拳に力が入る。ただ、毎回負けによって得たものはある。
「やっぱり阪神がピッタリ合いますねフォルテには」
「そうやな、間違いなく得意な競馬場は阪神やろな。中京の時より気持ちよく走ってるし」
フォルテは過去に札幌、中山、東京、中京、阪神と5つの競馬場を経験しているが、間違いなく「阪神」が1番走りやすそうにしているという。勿論、成績にもそれが表れている。以前も言った通り、フォルテは全5勝中、4勝をここ阪神競馬場で挙げているのだ。
つまりフォルテは生粋の阪神巧者。それを踏まえ、花火調教師は璃乃に次走の予定を伝える。
「何事もなけりゃ阪神大賞典かな、頼むで璃乃」
阪神大賞典。阪神競馬場芝3000mの長距離で争われるGII競走。天皇賞・春(GI)に繋がる重要なトライアルレースでもある。
フォルテの父親はマナノキングダム。現役時代にGI・3勝を挙げ、そのうち2勝は天皇賞・春の連覇。フォルテにも長距離適正があっても不思議では無い。
今回も先に「頼むで」と言われたという事は、阪神大賞典の鞍上は引き続き璃乃という事になる。
「はいっ!!」
迷いなく決意に満ちた表情で返事をする。騎手の腕が問われるという長距離戦。そもそも長距離レース自体が少なく、璃乃も3000m以上のレースに参加した経験が少ない。
それでも任せてくれると言うのだから、そろそろ勝ちたい。血統的にも、今年のメンバー的にも十分に勝てるチャンスがある。
再び拳を強く握りしめ、最終第12レースの準備へ向かった。璃乃が騎乗するのは16頭中5番人気のアクアスタンブル。師匠である宮崎調教師の管理馬だ。
レース結果としては、積極的に先行策を取った璃乃とアクアスタンブルのコンビが、迫る1番人気馬の追撃を半馬身差退け勝利を掴み取った。
今年の10勝目。璃乃は、騎手デビュー後初となる2桁勝利を記録した。
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レース後、検量室。
「璃乃ちゃん、やっぱりフレアに出会ってからですよね」
「その話をさっき宮崎先生ともしてきたよ」
吉田厩務員と花火調教師が言葉を交わしている。話題は勝利を収めたばかりの璃乃についてだ。
「勿論それだけじゃ無いが、フォルテとのコンビで3戦連続馬券内、フレアとの出会い、フレアの故障…全てがあの子を強くしてると思う」
「しかし璃乃ちゃんの騎乗馬見ましたけど、結構な気性難と言うか、癖馬だらけでしたね」
苦笑いをしながらそう話したのは吉田厩務員だ。最近、騎乗依頼が確実に増えている璃乃だが、気性難や癖がある馬達がほとんどを占めている。だが、
「それもあいつの折り合い技術が、競馬界でもバレてきた証拠だろうな〜、そういう馬が増えてるのもあるけど、確実に騎乗馬の質が上がってる」
花火調教師が言う通り、昨年までは10番人気以下の馬や最低人気に近い馬に乗る事が多かった璃乃だが、最近は上位人気の馬に騎乗する機会が増え、平均人気もかなり上がっている。世間に実力が徐々に認められ、また、璃乃も人気に答え確実に結果を残している証だ。
その1つとして、先程の勝利で通算勝利数を27勝とし、GIレースへの騎乗が可能となる通算31勝以上という目標まであと4勝という所まで近付いてきた。
天才の子は、少しずつ…1歩ずつレベルアップをしている。
その成長ぶりを見て、花火調教師や宮崎調教師、吉田厩務員など璃乃の幼少期から知る人々は素直に感動している。
「先生、フォルテの次走、大賞典という事は…」
「結果次第やけど、天皇賞・春へ向かう」
普段の数倍楽しみな様子で答える花火調教師を見て、いつも通りニコニコと笑顔になる吉田厩務員。
「正直、フレアのオークスに間に合えば上出来と思ってた…けど、あいつは俺たちの想像を遥かに超えるスピードで成長してここまできた……」
「僕も、そんなに上手くいくものじゃないと思ってましたが…遂に見る事が出来ますか、
ニコニコとした表情と感極まり今にも泣きそうになっている瞳の奥。「まだ早いっすよ吉田さん」と苦笑いしながら花火調教師が声を掛ける。
「あとは信じましょう。卯月 璃乃という逸材を…!!」
天才の子が、GIという最高の舞台に立つ時は、刻一刻と迫っている。
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